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独占欲と、飼い猫(尊×市香)

ある日の夜。
いつも通り笹塚さんの部屋で夕食を作り、一緒に食べていた。
今日は時間にゆとりがあったので、献立もちょっと豪華だ。
ずらりと料理が並んだテーブルを見て、「へぇ…」とちょっとだけ機嫌の良さそうな声を漏らし、それから何事もなく一緒にご飯を食べていた。
笹塚さんが唐突に口を開いた。

「お前、初めて一緒に入った居酒屋…同期とよく行くとかいってたよな」

それはもう不機嫌そうに。

「初めて入った…
あ、あそこですね!そうですね、同期ともよく行きますし、桜川さんたちともよく」

「その同期ってあいつだよな」

「冴木くんですよ」

「はぁ…バカ猫」

わざとらしくため息をつき、出し巻き卵を口に放り込んだ。
今日の出し巻き卵には明太子が入っている、居酒屋によくあるメニューだ。

「ん、うまい」

「それ!自信作です!」

「あっそ…」

食いつくとそっけない言葉が返ってくる。
それからも料理への感想はいくつか貰い、その都度私が喜ぶとしょうがねーなと言わんばかりの表情になってはすぐ口を結ぶ…といったなんだかよく分からないやりとりが続いた。

「ごちそうさん」

「お粗末様です」

作りすぎたかと思った料理も全てたいらげてくれて私も気分が良くなる。
料理には自信あるけれど、こうして目の前で好きな人が私の手料理を食べてくれるというのは何度経験しても嬉しいものだ。
食器をシンクに下げていると、笹塚さんは何も言わずベッドへ倒れこんだ。いつもならパソコンの前に座って何かしながら私の片付けが終わるのを待っているのに珍しい。

(多分、私のことを待っているんだろうな)

それならなおのこと、急いで片付けなければ…と手を一生懸命動かした。

「笹塚さん」

「…」

名前を呼ぶが、返事はない。
ベッドに座ると、スプリングの軋む音が聞こえる。
笹塚さんの腕に触れ、軽く揺する。

「食べてすぐ横になると太っちゃいますよ」

背を向けていた笹塚さんは寝返りを打ち、触れていた私の手を掴んだ。
バランスを崩した私はそのまま笹塚さんの上に倒れこんだ。
突然、距離が詰まる。

「俺が太ってないのはお前が一番知ってんじゃないのか?」

「…っ!それは、そうですけど!」

「なんなら今から見せてやろうか?」

私の手をそのまま自分の腰あたりへ移動させる。
言わんとすることが分かってしまい、私は慌てて態勢を立て直した。

「大丈夫です!間に合ってます!!」

「嘘つくな、バカ」

「私が聞きたいのはそういう事じゃなくて!
ご飯食べてる時、ずっと機嫌悪そうにしてましたけど私何かしました?」

「自分で考えろ、バカ」

「ええ」

ヒントが少なすぎる。
笹塚さんの顔をじぃっと見つめながら、今日の数少ない会話を思い出していく。

『お前、初めて一緒に入った居酒屋…同期とよく行くとかいってたよな』

その言葉をふと思い出した。

「笹塚さん、もしかして…ヤキモチですか?」

付き合うようになって分かったこと。
笹塚さんは独占欲が強いこと。
…よくよく考えれば香月とも会えば言い争いばかり起きる。

「笹塚さんと付き合うようになってから、飲みに行ってないですよ」

それは笹塚さんも知っている事だろうけど、改めて口にする。

「お前は誰のもんだ?」

寝転んだままの態勢で私の頬へ手を伸ばす。
笹塚さんの手は少し骨ばっていて、ああ…男の人なんだという事を散々教え込まれた。
だからだろう。
笹塚さんが触れてくるだけで、私の鼓動は早くなる。

「笹塚さんです」

「ん」

頬に触れていた手が後頭部へと移動し、引き寄せられた。
唇が重なる瞬間、目を閉じようとしたが笹塚さんが私の顔をじっと見つめていることに気付いた。
恋人同士の深いキス…
求められるまま応じていたが、見られている事が恥ずかしくて笹塚さんの胸を押した。

「笹塚さん…!」

「褒美をやったバカ猫の嬉しそうな顔みてたんだけど」

「悪趣味です!それは!」

これ以上、煽られては今日も門限を破ってしまうことになりかねない。
私はベッドから降りて、笹塚さんと距離をとる。

「誰が離れていいって言った?」

「笹塚さんが意地悪するから」

「その意地悪も嬉しいくせに」

「そんな事は…!!」

「は?」

「…なくもないですけど」

「はっきり言えよ、バカ」

「好きです…好きです!意地悪言う笹塚さんだって優しい笹塚さんだってヤキモチ妬いちゃう笹塚さんだって大好きです!」

ヤキモチを妬いたって分かった時、嬉しかった。
だって、飼い殺しにしてくれる日を待ち遠しく思っている自分がいるんだから当然だろう。
思わぬ私の反撃に笹塚さんは、珍しく頬を赤らめた。

「市香」

笹塚さんは起き上がってベッドから降りると問答無用と言わんばかりに私を抱き上げ、ベッドに下ろした。
そしてその勢いのまま、私の上に覆いかぶさる。

「選ばせてやる。
今日、大人しくこのまま泊まるか。
YESかYESで答えろ」

「それ、選べてな…」

言葉を続けようとすると、キスで言葉を奪われる。
そのキスは酷く優しいもので、大事にされているんだということがどうしようもないくらい伝わってくる。

「…市香」

「笹塚さん、大好きです」

香月には怒られてしまうだろうけど、ごめんなさい。
笹塚さんの首に自分の腕を回す。

「YESで答えろって言っただろ、バーカ」

そう言いながら、笹塚さんはもう一度優しいキスをしてくれた。

10~11月プレイ感想

しばらくつけてませんでしたね…!この数ヶ月何してたっけ?ってなりましたがゲーム振り返ります~!時間空きすぎて感想うっすいので申し訳ない。まめにつけようと思いました!

 

 

 

 

 

 

TOKYOヤマノテBOYS

三作品プレイしました!フォロワーさんが薦めてくださって、プレイしたんですけど面白かった!!SUPER MINTの攻略キャラ3人と一緒にいるときのわちゃわちゃ感が大好きです!!ただの一週間の恋愛ものかと思いきや、それぞれ真相√あって、TYBの裏に隠された出来事とか伏線の回収とか凄い面白かったです!!

 

数乱digit

なぜ耶告は攻略できないのか、教えておとめーと様…!!!!
久しぶりにサブキャラ落ちでしたが、紘可ちゃんがめちゃくちゃタイプでした。可愛い。
お昼寝する紘可ちゃんの横で耶告がしょうがねーなみたいな顔して生活する日々が欲しい。私はそういうのが欲しい。
年齢差を考えると凄い美味しい。はぁ~、耶告。

 

楽園男子

漫画原作だからか、たくよって感じがあんまりしなかったですね…!
幸兎が好きです。実は内心病んでるかんじがとても美味しい…

 

円環のメモーリア

想像してたのとなんか違うな???って思いましたが、一番好きそうな幼なじみ√がくそすぎて笑いましたwww
お兄ちゃんと先生良かったな~~。えろげでしか出来ない展開がえろげでは大好きです!

 

オルフレール

円メモのえっちスチルで吐息みたいのが出てて、「え???これはなぜ????」って思って、思わず過去作を買ってしまいました。オルフレールの方が断然面白かったですね!!
どのキャラもツボをついてくるし、3P展開も割りと美味しかった。絵が綺麗。

 

黒雪姫〜スノウ・ブラック〜

久しぶりにロゼ作品やったらやっぱり面白いな~!!ってなりました。
ファルコとかルピノとかオムニアとか最高にタイプでした。

 

 

 

 

魔法が解けるとき side T.S(倫→つばさ←和)

子どものとき、絵本の世界に存在するお姫様に憧れた。
女の子なら誰だって一度は夢を見るだろう。
いつか白馬に乗った王子様が私を迎えにきてくれると。
だけど、大人になるにつれて…
いや、彼らを見つめるようになって私は…

 

魔法が解けるとき

 

 

最近、気持ちが落ち着かない。
スケジュール管理が甘くて、慌てることが多かったのか?といわれればそんな事はなく、逆に順調に行き過ぎている。

「…疲れてるのかな」

トイレの鏡に映る自分の顔をじっと見つめる。
そこに映るのはちょっと顔色の悪い自分。
こないだ、北門さんに目の下のクマを指摘された。
あれ以来、寝る前には目元を温めたりしてケアをするようにした。
しょっちゅう会う人間の顔が疲れていたらきっと彼らも気が滅入るだろう。
しっかりしないと。私はBプロのA&Rなんだから。

思い切り息を吸い込み、それから吐き出す。
私は気持ちを切り替えて、トイレを後にした。

 

 

「つばさ、最近恋とかしてる?」

「えっ!?」

金城さんのレコーディング中、愛染さんが私の隣に座ってそんな事を口にした。

「恋なんて、そんな余裕ないですよ」

「そう?恋なんて余裕があるとか関係なしにしちゃうもんんだけどね」

愛染さんはにやっと笑って、マグカップのお茶を一口飲んだ。
恋…
学生の頃は、好きな人が出来たこともあった。
だけど、片思いは実ることもなく。実らせたいと思う程の強い気持ちを誰かに抱くこともなかった。
私は今、恋をしているんだろうか。

「私はキラキラ輝くみなさんに恋してるのかもしれません」

初めて生で見た彼らの歌とダンス。
あんなに胸がときめいたのは生まれて初めてだった。
もっともっと輝く彼らを、欲をいうなら誰よりも近くで見ていたい。
そんな気持ちだった。

「じゃあ、つばさの恋のお相手に俺も入ってるのかな?」

「ふふ、そういうことになるのかもしれませんね」

最初の頃は愛染さんの言葉一つにもいちいち赤くなってしまっていたが、今では愛染さんの冗談に笑って返せるくらいには成長した。

 

 

それから収録も無事に終わり、私は会社に戻って事務作業にとりかかった。
次の新曲に備えて、ホームページを一新したいという話をしていたのだ。
イメージを伝えるために一心不乱に書き込んでいく。終わる頃にはもうすぐ日付が変わるところだった。
自分の時間をうまく管理するのも仕事の一つだ。
没頭するのは良い事だけど、私は一つのものに入れ込むと周りが見えなくなる。
だから自分で自分を律しなければいけない。
彼らの為に。彼らがいつまでもキラキラと輝く王子様でいるために。

 

急げば終電に間に合いそうだ。
私は全速力で走ると、なんとか終電に飛び乗ることが出来た。
席に座り、降りる駅までぼんやりとしていると、スマホが振動し始めた。
着信は、増長さんだった。
電車で取ることも出来ず、私は駅につくとすぐさま掛けなおした。
数コールで彼に繋がる。

「もしもし、お疲れ様です!澄空です」

『お疲れ様…あれ?もしかして、外?』

「あ、そうなんです。今、帰っているところで」

『こんな遅くまでお疲れ様』

「…ありがとうございます」

増長さんの優しい言葉に、今日の一日の疲れが吹っ飛びそうだ。

『夜道とか危ないよね…もしよければ家に着くまで話しててもいいかな』

「勿論です!あ、でも増長さん、何か用事があったんじゃ…?」

私がそう言うと、電話の向こうでなにやら声を詰まらせる増長さん。

『…あー…うん』

「?」

『ちょっとだけ…澄空さんの声が、聞きたくなった』

「…!!」

思いも寄らない言葉に、私の鼓動は高鳴った。

「…ありがとうございます」

なんと返していいか分からず、思った言葉を口にする。
増長さんの穏やかさは、心地よい。
グループをまとめる彼はやっぱり穏やかな包容力がある。
それが増長さんの全てじゃない事は分かっているが、やはり彼の本質はそれなんじゃないかと思う。

「増長さんは優しいですね」

『そうかな…俺は、自分のことばっかり考えてるような男だよ』

「そうでしょうか」

『ほら、小さい頃読んだ絵本でさ、白雪姫の女王様って俺なのかなって思ったくらいに』

「鏡よ鏡よ鏡さん?」

『そうそう。女王は世界で一番綺麗でいたかったんじゃなくて、ただ誰かの一番でいたかっただけなのにって思ったらそっちにばっかり感情移入しちゃって』

「ふふ、優しいですね」

『…だから俺は王子様になれないのかな』

その声が、酷く寂しそうに聞こえた。
だから私は、

「増長さんは王子様ですよ。キラキラ輝いて、沢山の人に夢を見せてあげられる素敵な王子様です」

思った言葉を口にした。
ただ、それだけ。

『澄空さんが、す…』

増長さんが、何かを言おうとした。
だけど、それは最後まで言われることはなく。

『す、すごい…人だなぁって今、ちょっと感動しちゃったな』

「え、そうですか?」

『うん、君は俺の欲しい言葉が分かっちゃうんだね』

「そんな事ないです。全部、私の本当の気持ちです」

『…ありがとう』

それから、他愛ないことを話している内に家へ着いた。

「ありがとうございました」

『ううん、お疲れ様。ゆっくり休んで』

「はい、おやすみなさい」

『おやすみ』

そう言って、切った電話。
私はスマホをぎゅっと握り締めた。

 

もう繋がってないのに、なんだかまだ増長さんに繋がっているような気がした。

魔法が解けるとき side T(倫→つばさ←和)

ガラスの靴を忘れていったシンデレラ。
俺はその靴を持って君を探した。
着飾った君に一目ぼれしたわけじゃない。
けれど、俺に会うために身につけたそれは一体誰に用意させたんだろう。
素直に君を見つめられない、もう。

 

魔法が解けるとき

 

「…というわけで以上です。不明点などありますか?」

「ううん。大丈夫。遅くまでつき合わせちゃって悪かったね、つばさ」

「いいえ。北門さんこそお疲れ様でした」

打合せを終えて、つばさは相棒の手帳を閉じた。
これで彼女の仕事の時間は終わりだ。

「つばさ、この後は家に帰るだけ?」

「そうですね。直帰する予定にしてきてあるので、家に帰って、まとめておきたいことがあるのでそれをやって…ですかね」

「…いつもありがとう、つばさ」

「いいえ、そんな」

つばさの目の下をそっと指でなぞる。

「クマ、出来るくらいまで頑張ってくれてるんだね。ありがとう、つばさ」

「…北門さん」

つばさはどうしていいか分からないといったように視線をさ迷わせた。
そして、ゆっくりと瞬きをしてから俺の手をやんわりと拒絶した。

「私は皆さんのお力に少しでもなりたいです。
今日はお疲れ様でした、ゆっくり休んでくださいね」

つばさは笑顔を貼り付けた顔で、俺にそう言った。
俺も作り笑いを浮かべて、つばさへ返事をした。

 

 

先日、MooNsの部屋につばさがいるという話を聞いて、会いに行こうとした。
チャイムも鳴らさずに入ろうとした俺が悪かった。
ドアをそっと開けて入り、リビングを見ると和の膝枕で眠るつばさが飛び込んできた。
それだけでも驚きだったのに、和がつばさに…
あれを見て、初めて和の気持ちを知った。
そして、それと同時に自分の気持ちも自覚した。

 

初恋は幼いとき。
パーティーを抜け出した庭で。

それ以降、誰かと出会ってもトクベツ心が惹かれるということはなかった。
綺麗な人、可愛い人。何かを頑張っている人。
魅力的な人間は世の中に沢山存在する。
だけど、俺は澄空つばさという子に恋をした。

初めて出会った時はポニーテールの髪が揺れて、みんなの前で緊張する姿を見て、ああ可愛いなと思った。
だけど、その印象はすぐ崩れた。
可愛いな、という印象は勿論変わらなかったけれど、可愛いだけではなかった。
天才的な耳と、彼女なりの言葉で俺たちを助けようとしてくれた。

彼女の頑張りに応えたい。
いつしか強くそう思うようになっていったし、気付けば彼女の隣を誰にも渡したくないと強く思うようになっていった。

 

「恋とは、誰かを傷つけるものである」

「…どうしたの?竜持」

つばさが去った後もソファに座ったままの俺の隣に竜持が座った。
チョッパチャロスをいつものように舐め、一つ俺に差し出してくれた。

「ありがとう、竜持」

「トモ、らしくない顔してた」

「そうかな…うん、自分で思ったよりもショックだったのかもしれない」

つばさに拒絶されるように、逃げられるみたいに。
彼女自身が何を思っていたか分からないけれど、今まで触れてもつばさは露骨な拒絶はしなかった。
どうしよう、困った…という風な様子は見て取れたけど、嫌がってはいなかった。
だから俺もある程度の距離感で触れていたのだ。

「トモは王子様だよ、大丈夫」

竜持がそう言って笑った。
俺は「ありがとう」と小さく返して、チョッパチャロスを口に含んだ。

 

 

夜、眠る時つばさのことを考える日が増えた。
そんなことばかりしていたからか、ついに夢にまでつばさが出てくるようになった。
けど、それは幸福な夢ではなくて、彼女の笑顔は決して俺に向けられない。
そんな悲しい恋の夢だった。

 

そんな夢を見た日だった。
仕事が終わり、マンションへ帰ってくるとちょうど外出しようとする和と出くわした。

「やあ、和」

「お疲れ、トモ」

それだけ言葉を交わすと、俺の横を和が通り過ぎていく。

「和、あのさ…」

振り返って、和の背中に言葉を投げかける。
自然と口が動いていた。

「俺、つばさが好きみたいなんだ」

そう、言葉にするとこんなに簡単なのに。
どうして俺は今、こんなに苦しいんだろう。

「…だから何なんだよ」

「…」

「俺に諦めろって言ってるのかよ…!!!彼女を、諦めろって!?」

血でも吐き出すように、苦しそうに和はその言葉を口にした。
驚いて俺は動けなかった。
振り返って、俺を睨みつけた和の瞳には怒りなのか哀しさなのか…色んな感情が混ざり合っているように見えた。

「俺は諦めない。誰にも譲れない…!」

そう言葉を吐いて、和は出て行った。
俺はただ黙ってその場に立ち尽くした。

 

『恋とは、誰かを傷つけるものである』

 

ふと、竜持の言葉を思い出していた。
恋とは、ただ甘くて優しいだけの感情じゃないんだと、今更俺は自覚したんだ。

魔法が解けるとき side K(倫→つばさ←和)

小さな時に呼んだ絵本にはこう書いてあった。
悪い魔法使いにかけられた魔法は王子様からのキスで解け、お姫様と王子様は幸せに暮らしましたとさ。
俺は魔法使い、王子様…君にとってどっちなんだろう。

 

 

魔法が解けるとき

 

 

 

「澄空さん、あとこれ…」

届け物でマンションを訪問した彼女。
せっかくだからお茶でもしようということになり、みんなでお茶を飲みながら最近の仕事の話やらなんてことない話に花を咲かせていた。
追加のお茶を用意しようと席を立ち、そういえば頂き物の美味しいチョコレイトがあったことを思い出して、冷蔵庫から取り出した。
北海道で人気の生チョコだと聞いていたから、もしかしたら澄空さんも喜ぶかもしれない。
ティーポットと生チョコを持って、みんなのもとに戻ると急に静かになっていた。

「あれ、どうかしたの?」

「あ、リーダー!つばさちゃん、疲れてたみたいで気付いたら眠っちゃってさぁ!」

「暉、声がでかいぞ」

「俺たち撤収するから少し寝かせてあげてよ!よろしく、リーダー!」

そういってメンバーたちはそれぞれの部屋へ引き上げていった。
澄空さんの顔を見れば、みんなが言う通りすやすやと眠っていた。

(…どうしよう)

俺は悩みつつも少し距離を置いて、彼女の隣に座った。
空になっていた自分のティーカップに新しい紅茶を注ぎ、手持ち無沙汰なあまり生チョコを口に放り込んだ。
カロリー制限、というほどのことはしていないがあまり甘いものは食べ過ぎないように気をつけてはいる。
けれど、たまに食べるとなんだか気持ちがほどけていくような優しさと甘さがある。
なんだろう、それはまるで…今、俺の隣で眠っている彼女のような―

そんな乙女みたいな事を考えてしまい、慌てて首を振った。
紅茶を一口飲むと、こくりこくりとしていた澄空さんが急にバランスを崩した。

「-っ!」

危ない、と思うとそのまま彼女は俺の膝の上に着地した。
ふわり、と彼女の髪が眼前を横切った。
衝撃で目を覚ましたんじゃなかろうかと心配したが、彼女は変わらず寝息を立てていた。

(最近忙しそうだったもんな)

一人で全員の面倒を見ているのだ。
きっと彼女一人じゃもう処理切れない量だろう。
それでも彼女は俺たちにも、他の誰にも弱音を吐くこともせず懸命に働いてくれている。

「…ありがとう、つばさ」

そっと彼女の頭に触れる。
まるで母親が子どもを褒める時のように、俺は彼女の頭をゆっくり撫でた。
起きている時には決して呼べない彼女の名前を口にして…

 

 

 

そして、俺は誰にも言えない事をした。
それを誰かに見られるとは思っていなかった。

 

 

 

「ねえ、和」

今日はBプロのメンバー数人でのロケ番組だ。
過去にもコンビを組んでいた俺たちはなんだかんだと組まされる確率は高い。
あと、おそらくキャラ的なものもあるだろう。
この人ならあの人を組ませた方が動かしやすい…といった番組側からの要望で、俺でいうならトモが多い。
おそらくMooNsにいる俺はまとめ役に収まりやすいから、色々な面を引き出したいという思惑なんだろう。
今日もチームごとに分かれての食レポだ。

「なに」

「俺、知らなかったんだけどさ。和ってつばさのことが好きなの?」

今日の澄空さんは別チーム(デザートチーム)の担当のため、この場にはいない。
だけど、周囲には沢山のスタッフがいる。
そんな場でそんな事言われると思っていなかったので、俺は怒りなのか羞恥なのか分からない気持ちで赤くなる。

「何言ってるの、トモ。こんなところで」

「いや、こないだ見ちゃったから。確認しておかないと…って思って」

「見ちゃった?何を?」

「和が眠っているつばさに…」

「!!! トモ!」

声を荒げると、トモは楽しそうに目を細めて笑った。

「好きなの?」

「…それをお前に言う必要はない」

トモの視線から逃れるように背を向けた。
一番見られたくない相手に見られてしまった。
彼女の耳に入ったら、どうなるんだろう。
嫌われるんだろうか…

 

その後のロケも順調に進み、日が沈む頃には全てのロケが終了した。
帰りのロケバスの中

「お疲れ様でした、みなさん!北門さんと増長さんの方はどうでした?」

「こっちも順調だったよ。揚げたての唐揚げとか美味しかったなぁ。ねえ、和」

「う、うん。そうだね」

北門さんと増長さん。
俺は二番目に呼ばれる。
その事実を今知ったわけでもないくせになんでこんなに苦しいんだろう。
まるで俺は二番目だと言われてるみたいだ。

そして、バスが俺たちのマンションに着いてみんな順番に降りた。

「そうだ、つばさ。明日の歌の収録の打合せ、したいんだけどこれから大丈夫?」

「はい、大丈夫です!」

「ありがとう、つばさ。じゃあ、俺たちの部屋に行こうか」

そう言って、トモは澄空さんの腰に手を回した。
それはいやらしさはなく、まるで王子様がお姫様をエスコートするみたいな…
そんな労わるような優しい動きにさえ、俺は…

 

俺は手を…伸ばせなかった。

彼女を引きとめようとした手は何も掴めず、ただ立ち尽くすだけだった。

キラキラ輝く(マイアリ)

血が繋がっているからといって相手のことが他人よりも分かるわけではない。

「おーい、アリシア。なんか元気ないぞ」

私の名前を気遣わしげに呼ぶ(一応)血の繋がった兄が何を考えているのか私には分からない。
頬杖をついて見守っていた兄のよく分からない研究を見守っていた。
私には無縁の何かを兄は懸命に追いかけているようだ。
何を追いかけているのかは知りたくない。

「あんたって嫌な人よね」

「そうかぁ?こーんなにいいお兄ちゃんはなかなかいないと思うけどなぁ」

「あんたのどこがいいお兄ちゃんなのよ」

小さい私の手を離したくせに。
それをうらみに思っているわけじゃないけれど、あの頃の私にとってマイセンはトクベツだった。
魔法が使えない私の手を握って、笑ったり…時には泣きそうになったり一生懸命になってくれたたった一人のひとだったのに。
兄離れが出来ていないんだろうか。
その考えにちょっとだけ腹が立つ。

「あんたはもう離れたのにね」

私だけが縋るなんて冗談じゃない。
そう思いながらも夜毎、兄のいるこの場所へ来てしまうのはどうしてなんだろうか。

「アリシア、ちょっとこっち来いよ」

「なに」

私を手招きするマイセン。
小さい頃もそうやって私のことを呼んだことをふと思い出した。

「ほら」

動こうとしない私にため息をつくこともせず、マイセンは私へ一歩一歩近づいた。
そうして、彼は自分の両手にあるものをそっと私に見せた。

「…綺麗!!」

それはキラキラと輝く星のようなもの。
マイセンはそれを一つ手にとると、私の口の中に押し込んだ。

「…金平糖?」

「そ、うまいだろ?」

しかも金平糖っぽいのにほんのりと私の好きな味がした。

「いちごの味がするわ」

「お前の機嫌が直るようにって願いをこめてみた」

「私はもう子どもじゃないんだから」

マイセンマイセンと慕っていたころの私はもういない。
兄に守られてばかりの妹はいないんだから。
私が睨みつけるとマイセンは少しだけ寂しそうに笑った。

「…知ってるよ、もう子どもじゃないってことなんて」

そしてきらきら輝く金平糖が入った小さな瓶を私に握らせると、私の頭をぽんぽんと撫でて私から離れた。

「…ありがとう」

「おう」

渡された瓶を両手でそっと握る。
相手を理解するのには、血が繋がってるかどうかじゃないのだ。
血の繋がりなんてただの事実のうちの一つだ。
私はマイセンのことを全く知らない。
兄がここでどんな学生時代を送ったのか、
どうして放浪の旅をしているのか、
どうして私から離れたのか…
私は知らないし、知りたくもない。

「お兄ちゃん」

小さく言葉にしてみたが、多分マイセンには届かない。
兄の背中を見て、なぜだか無性に寂しくなった。

ロールキャベツ男子(契市)

「そうだ、市香ちゃん。一緒にお風呂に入ろう」

岡崎さんはとんでもないことを名案だといわんばかりに口にした。
明日は遅番なのでゆっくりしていける日だ。
だからいつもより手の込んだ料理を作っていると、それを知ってか知らずか岡崎さんはうろうろと私の傍にいた。
そんな時、お風呂が沸いたというお知らせの音声が流れた。
そして話は冒頭へ戻る。

 

「岡崎さん、入ってきていいですよ。私、今手が離せないんで」

「あれ?オレの台詞聞こえなかったのかな。
一緒に入ろうって誘ったんだけど」

「聞こえてます。岡崎さんこそ聞いてました?
見てのとおり、私は今手が離せないんです」

今日はロールキャベツを作ろうと思い、キャベツを丸々一個買ってきたのだ。
キャベツをお鍋で茹で、それを丁寧に一枚一枚慎重に葉をはがす。
それが終わる頃には炒めておいたたまねぎの熱がある程度とれていたので、ボウルにいれてひき肉としっかり混ぜる。
そしてここからが大事だ。
タネをキャベツの葉でくるんでいくのだ。
葉が破けてしまわないように慎重にやるからとても気を遣うが私はロールキャベツを作る過程でここが一番好き。
難しいけど、それが綺麗に出来た時が嬉しい。
今、その一番難しくて好きな工程の真っ最中で、私は手が離せないのだ。巻き終わった一個をトレイに置いて、次のに取り掛かろうとすると岡崎さんの手が私の手を掴んだ。

「ほら、手離せた」

「…岡崎さん、邪魔をするとご飯が出来ませんよ」

「うーん。それは嫌なんだけど、キミの手料理はすっごく美味しいし。
だけど、一緒にお風呂入りたいんだよなぁ」

岡崎さんは私の手をぎゅっと握る。

「そうだ、オレも手伝うよ!」

「気持ちだけで大丈夫です。だから岡崎さんお風呂に入ってきてください」

「えー…」

不満げに色素の薄い瞳が、私を見つめた。

「お風呂から上がってきたらご飯も出来てると思いますし!」

「キミがそこまで言うならしょうがないなぁ」

「タオルとか、後で持っていくんで」

「うん、ありがと」

ようやく諦めてくれた岡崎さんは私の手を離すと、お風呂に一緒に入らない代わりにといわんばかりに掠めるようにキスをしていった。

(…岡崎さんってば)

彼の突拍子もない言葉に驚かされて、振り回されてばかりだけどそれも悪くないと思うようになってきた自分はすっかり毒されている…ような気がする。
最初の頃は外泊を渋っていた香月も最近では諦めたのか何も言わなくなった。
むしろ外泊から家に戻ると、時々「…お疲れ」といわれる始末だ。
香月が岡崎さんに懐く日は…いつか来ると信じよう。

さて、岡崎さんもいなくなったし私は残りの作業に取り掛かる。
せっせと巻き終わると、ロールキャベツを鍋に一つ一つ並べてく。
そこにニンニクとホールトマト、コンソメ、ローリエなどなど材料を入れて蓋をする。
時間短縮のために最近買った圧力鍋は私の味方だ。
圧力鍋で調理すればあっという間に出来上がるので、私は煮込んでいる間に食器を洗ったり、他のおかずを用意する。

夕食の準備も終わり、脱衣所に岡崎さんの着替えとタオルを持っていく。

「岡崎さん、着替えとタオル置いておきますよー」

「ありがとう。あ、ねえ市香ちゃん」

「はい」

「悪いんだけど、シャンプーなくなっちゃったから新しいの取ってくれる?」

「分かりました。でも、こないだ新しいのにしたばっかりだったような…?」

棚から新しい詰め替え用のシャンプーのボトルを取り出し、浴室のドアを開けると…

「うん、そうだね。だって嘘だから」

にっこりと笑う岡崎さんに腕を掴まれて、浴室に引きずり込まれた。

「岡崎さん!わたし、服…!!!」

「ああ、濡れちゃうね」

にっこりと笑うと、私の抵抗なんてお構いなしに自分のお願いを叶えてしまった。

 

 

 

お風呂から上がり、一息ついてから夕食を始めた。
岡崎さんはロールキャベツを一口食べるなり、子どもみたいに目を輝かせた。

「市香ちゃん、これすっごい美味しい!」

「…良かったです」

「これなんていうんだっけ?」

「…岡崎さんみたいな食べ物です」

私がそう言うと、岡崎さんは小首をかしげたがまた一口…とロールキャベツを食べるのだった。

最後のピース(愛市)

休みの日。
愛時さんのところへ向かっている時のことだった。
愛時さんからメールが届き、『悪いんだが、これを買ってきて欲しい』というリストが届いた。
私はそれに了解です、と返して頼まれたものを買いに近くのお店に入った。
そこで会計に並んでいるときにふと良いものを見つけた。

 

 

 

「こんにちは」

「ああ、悪かったな。買い物頼んで」

「いいえ、大丈夫です」

頼まれたものが入った買い物袋を手渡し、私は自分の鞄やコートを定位置へと置く。
愛時さんは買ってきたばかりの電球を切れてしまっていた部屋の電球と早速交換していた。

「愛時さんもコーヒー飲みますか?」

「そうだな、頼む」

「はい」

愛時さんのデスクから飲みかけのカップを下げ、新しくコーヒーを淹れなおす。

「冷蔵庫にプリンあるぞ」

「え!?本当ですか!」

「ああ、さっき依頼人からお土産に頂いたんだ」

冷蔵庫を開けると確かにプリンが入っていた。
しかも、それは駅前に最近出来たばかりで1時間以上並ばないと買えないというお店のプリンだ。
私はいそいそとプリンを二つ取り出し、トレイに置く。
それからコーヒーを丁寧に淹れて、愛時さんのところへもっていった。

「お待たせしました」

「来たばっかりなのにやらせて悪いな」

「いいえ、これくらいなんてことないです」

ソファに座っている愛時さんの隣に迷いなく座る。
そんな私を見て、愛時さんはちょっとだけ嬉しそうに笑った。

「どうかしました?」

「いや、可愛らしいなと思っただけだ」

「…だって隣が良いじゃないですか」

「ああ、そうだな」

愛時さんの隣は落ち着く。
出来ることならいつでもぬくもりを感じられる距離でいたいのだ。
そんな乙女心を分かっているのかいないのか、愛時さんは私の頭をぽんぽんと撫でてからコーヒーを一口飲んだ。

「うまい」

「愛時さんの好み、分かってきたので」

そう得意げに微笑んで見せると、愛時さんは私から視線を逸らした。
耳が赤くなっていることに気付き、私は嬉しい気持ちでプリンに手を伸ばした。

「愛時さん、このプリンなかなか買えないものなんですよ?」

「そうなのか、榎本がいたら喜んでたな」

「まだ後2個ありましたよ?」

「賞味期限が切れる前に遊びに来たら出してやるよ」

プリンをスプーンですくって口へ運ぶ。
口の中に入れた瞬間、とろりととけて消えるような優しい口当たり。

「っ!愛時さん!すっごく美味しいです!!これ!!!」

ちょうど今、食べ始めようとした愛時さんの方をくるっと向き、私は訴える。

「…残り2個持って帰って食べるか?」

「…頂いて帰ります」

ごめんなさい。榎本さん。
ちょっとだけ申し訳ない気持ちになりながらも、きっと香月も喜ぶだろうし、明日の楽しみが出来て私はちょっと…いや、大分嬉しい。
それから二人でプリンを平らげ、コーヒーを飲みながらまったりしていると、ふと、さっきのお店でレジに並んでいるときに見つけたそれの存在を思い出した。
私は鞄のところへ行き、それを持って愛時さんのところへ戻った。

「そういえばさっき寄ったお店で半額になっていたので、買ってきちゃいました!」

じゃん!と見せたのは1000ピースのパズルだ。

「完成すると、2匹の子猫です」

「…これはまた難しそうなのを買ってきたな」

愛時さんは受け取ると、苦笑いを浮かべた。

「パズル、苦手だって前に言ってたじゃないですか。
だからこれを二人で少しずつやっていったら楽しいかなーって!」

榎本さんや笹塚さんも今はもういないのだ。
たまに遊びに来るとしても、以前のようにいつの間にかパズルを完成されてしまうという事はないだろう。

「私がいない時にやってもいいですけど、一人で完成させないでくださいね?」

愛時さんは包装を破き、箱を開けた。
そこから適当に一つ手に取ると、私の手のひらに乗せた。

「じゃあこれはお前が持ってればいい。
そうすれば完成なんて出来ないだろ?
…まぁ、お前が心配しなくても俺一人で完成するとは思えないから手伝ってくれると助かる」

「ふふ、分かりました。じゃあ、これは大事に持ってますね」

渡されたパズルのピースをぎゅっと握る。

「あとさっきのプリンなんだが、持ってきたのは年配の男性だ。
家族へのお土産のついでだと言っていたぞ」

愛時さんはなんてことないみたいにそう言うと、パズルのピースを箱にいくつかザァーっと出した。
そこから角になりそうなものを探し始める彼の指を見つめながら私は口を開いた。

「…なんで私がヤキモチ妬いたの分かったんですか?」

並んでまでプリンを買ってきてくれた人がもしかしたら女の人で、もしかしたら愛時さんに好意を抱いているかも…なんて事をちらりと考えてはいたが、まさか気付かれるだなんて。

「おまえの彼氏だからな」

そう言って笑った愛時さんがとってもかっこよくて私は何も言わずに思い切り抱きついた。

初めての朝、君と(アベラン)

季節はめぐる。
私がニルヴァーナにやってきてもう一年が過ぎた。
あの季節がやってくる。

そう、サマルナの季節だ。

 

 

「でもさー、ラン」

「どうかした?」

ユリアナが枕を抱えながら私をじっと見つめる。

「アベルんところ行くんなら、鍛える必要ないんじゃないの?」

「うーん、そうといえばそうだけど」

アベルはロムアの王になったのだ。
私は普通の村の出の娘。
一国の王には不釣合いだ。だけど、アベルはそんな事関係ないって言ってくれたけど、それでもやっぱり…

「アベルの隣にいたいから、自分の身は自分で守れるようにならないとね」

毎日の素振りは欠かさない。
ここに来てからそれだけは私が出来る最低限の事だと思っているから。

「後、欲を言えばアベルも…アベル以外の大切な人たちを守れるようになりたいな」

「はぁ~、本当にあんたっていい子だね」

私の大きな夢を聞いて、ユリアナは優しく微笑んだ。
ロムアの王になったアベルの噂は町をぶらついている時にも噂に聞く。
しかめっ面だけど、そこがクールで素敵だと女の子たちが噂しているのを聞いて、ちょっとだけヤキモチを妬いてしまう。
彼に他愛のない事を綴った手紙を送れずに引き出しにいれている事はユリアナさえ知らないことだ。

彼から届く手紙は二週間に一度。
忙しそうなのが文面からにじんでいて、隣で支えてあげたいと想う自分がいるけれど、私にはまだ隣に並ぶ資格がないように感じた。
せめて強くなりたい。
私は、手をぎゅっと握った。

 

 

 

待ちに待っていたサマルナの日がやってきた。
昨年同様、ユリアナはデートに出かけていった。
また、パシュやアサカと出会って昨年のように祭りに誘われる。
私はそれを断って、一人でサマルナで賑わう町へ出た。

「わあ…やっぱり綺麗」

私はランタンを人目見ようと海岸沿いにやってきた。
キラキラと輝くランタンは、まるで宝石のようで見ていてため息が出る。
去年もこうして一人でランタンを見て、そうしたらティファレト達と出会って…

「おい」

そう、私を強引に連れて行こうとしたのがアベルだった。

「ラン」

私を呼ぶ声がして、振り向こうとすると強引に腕を引かれた。

「!?」

「一人で来るなって言っただろう…」

久しぶりの彼の腕の中は、どうしようもなく心臓が高鳴った。

「アベル、どうして?」

「…去年、ろくに一緒に見て回れなかっただろう」

「それはアベルが教室に行っちゃったから」

「……」

「ふふ、ごめんなさい」

図星をつかれて苦虫を噛み潰したような顔になるアベルがちょっとだけ可愛くて私は笑った。
しばらくして、彼の腕の中から解放されるとすぐさま手を繋がれた。
去年は逃がすまいといわんばかりに強く握られた手が、今日はちょっとだけ優しい。

「アベル」

「ん?なんだ」

「久しぶり」

「ああ、久しぶりだな」

外交などでこちらに来る時はキオラ様が気を利かせて私を呼んでくれたり、アベルが時間を作って会いにきてくれたりはするものの、そんなに頻繁ではない。
だから彼と離れて過ごすようになって、会ったのは片手で足りるくらいだ。素振りの回数を増やしたことや、ユリアナとお茶したお店のマフィンが美味しかったこと。
緑の滴亭で美味しいメニューが増えたこと。
話したい他愛のないことが次から次へと浮かんだけど、どれも言葉にしなかった。
ただ、アベルと手を繋いで歩くこの時間が何よりも愛おしかった。

「ラン」

「なに?」

「お前は、俺のものだよな?」

「俺のものって言われるより…違う言い方がいいな」

人が少ない場所を見つけ、私達はその付近にあったベンチに腰を下ろした。
アベルに突然昼食に誘われて、一緒にサンドイッチを食べたのをふと思い出す。

「…好きなヤツは、俺のままか?」

「私の好きな人は、そうだね…」

好きなヤツはいるのかと聞かれ動揺したこと。
アベルに想いを伝えたら言葉より先にキスをされたこと。
アベルの青碧の瞳が綺麗だと思ったこと。
彼の黒髪に触れたらどんな風なんだろうと考えたこと。
彼の全てを見て、私は自分とは違う生き物だと強く意識したこと。
彼が、好きなんだと想ったことを思い出していた。

「今、私の目の前にいる人です」

私がそう言うと、アベルは顔を真っ赤にした。
ああ、アベルに対してこんな気持ちになる日が来るなんて。

(可愛い人…)

私はくすりと笑うと、アベルが私の肩を引き寄せて唇を重ねた。

「好きだ…お前が好きだ、ラン」

あの日みたいにアベルはそう言ってまた口付けた。

「そろそろお前を奪いたいんだが、いいだろう?」

「…え?それってどういう」

青碧の瞳に自分が映る。
彼の強い瞳に見つめられると、心臓が壊れてしまいそう。

「今夜…俺と過ごさないか」

アベルの言葉に今度は私が赤くなる番だった。

 

 

 

 

初めて一緒に迎えた朝、アベルは私に「迎えに来た」と笑った。

二人で叶える願い事(ティファラン)

季節はめぐる。
私がニルヴァーナにやってきてもう一年が過ぎた。
あの季節がやってくる。

そう、サマルナの季節だ。

 

 

ルナリアの花を摘んでティファレトのお店へ届ける。
そして少しだけ彼と二人だけの時間を過ごして門限までには寮へ帰る。
そんな日々を相変わらず過ごしている。

「ティファレトってさ、丸くなった…と思いきやそんな事ないよね」

「え?」

ユリアナがお気に入りのマグカップにカモミールティーを注ぐ。
私の分も淹れてくれて、それを受け取って一口飲んだところでそんな事を言われた。

「あんたと付き合うようになる前は来るもの拒まず去るもの追わず…
誰とも深く付き合おうとしない、なんていうかふらふらーっとしてる不思議な魅力のある人みたいな印象だったけど。
あんたと付き合うようになったの見ると、大事なものを腕の中に収めておきたいというか。
そんな感じするなー」

「…はは」

なんと答えていいのか分からず、私は苦笑いを浮かべた。
確かにティアファレトは毎晩のように私と離れたくないと甘く囁く。
何度も落ちてくる唇と、愛の言葉を受け止めていくうちに私はいつか蜂蜜みたいに溶けてしまうんじゃないかとさえ思う。

「でも、あんたが幸せそうに笑うから良かった」

「…ありがとう」

魔剣が消えて、私は普通の女の子に戻った。
ヴィルヘルムが『女が泣いてると可哀相だから』と言って最期の力を使って守ってくれた私の居場所。
今の幸福があるのはヴィルヘルムのおかげだと思うから、私は泣いてはいられないと思ったから。
幸せそうに笑うことが出来るようになったのは、ヴィルヘルムやユリアナ…ニルヴァーナで関わった皆や…
ティファレトのおかげだ。

 

 

 

「ティファレト」

サマルナの日。
私は少し早めにティファレトのお店を訪れた。

「ああ、もう来てくれたんだ」

「うん。ルナリアの花の紅茶、飲みたくなっちゃった」

茶葉は持っているものの、やっぱりティファレトと飲むのが一番美味しく感じられる。

「どうぞ、座って」

「うん、ありがとう」

お湯を沸かし、紅茶を淹れてくれる所作全てを見つめているとティファレトはくすりと笑った。

「君は僕のことが大好きなんだね」

「え!?」

「違うの?」

「…そんな事はないけど」

「好きじゃないんだ」

分かっているくせにティファレトはわざとらしく肩を落としてみせる。

「…好きよ、ティファレトのことが」

「うん、僕も君が大好きだよ」

ティファレトは満足そうに微笑んだ。

「ティファレトの指って綺麗だなぁって思ったの」

「そうかな?君が気に入ってくれて何よりだけど」

男の人に綺麗だという言葉は褒め言葉ではないのかもしれない。
だけど、ティファレトって綺麗だと思う事が何度もある。
それは何気ない時の横顔だったり、嬉しそうに微笑んでくれたときだったり。
綺麗な人…と思う気持ちと、ただただこの人が愛おしいとも強く思った

「ラン」

綺麗だと褒めたその指が私の唇をなぞった。

「僕は君の全てが愛おしいよ」

月の色をした瞳が、私を捉えた。

 

 

 

 

早めにティファレトのお店に行ったにも関わらず、結局町へ出たのは日がすっかり落ちた頃だった。

「ティファレト、あっちも見よう」

「そんなに急がなくても何も逃げないよ」

繋いだ手がきゅっと握られて私は少し恥ずかしくなる。

「子どもみたいって思った?」

「ううん。はしゃぐ君はとっても可愛いよ」

「…そういうことじゃなくて」

火照る頬を誤魔化したくてそっぽを向くが、ティファレトが微笑んでるのは見なくても分かった。

「あ!」

そっぽ向いた先に、素敵なアクセサリー屋さんを見つけた。

「ティファレト、いい?」

「うん、いいよ」

私は彼の手を引いて、そのお店を覗く。
どれもこれも硝子細工で作られたパーツが綺麗なアクセサリーだ。

「わあ…綺麗」

手にとって灯にかざしてみるとどれも凄く綺麗だった。
いくつか手にとって見せてもらったが、結局私は何も買わないでそのお店から離れた。

「良かったの?あんなに目を輝かせてみていたのに」

「うん。いいの」

「君はやっぱり無欲なのかな」

「…だって私にはこれがあるから」

そう言って以前、ティファレトが作ってくれた指輪を見せる。
この輝きが私には一番似合っているから…
たまにああやって見たりはするが、結局これが一番だと思って何も買えないのだ。

「君の躯に触れていいのは僕だけだからね」

「…もう」

ティファレトはそんな事を嬉しそうに言った。

 

 

そうしてランタンをあげる場所へ移動をし、ティファレトはいくつかのランタンを手にしていた。

「願い事、今年は見つかった?」

「私は…うん。でも、これは自分で叶えるからいいの」

手にしたランタンには何も願いを込めない。
手から離すと、それは緩やかに上昇していき、あっという間に他のランタンたちにまぎれてしまった。

「私の願い事はあなたとずーっと一緒にいることだから」

「…ラン」

両手に持っていたランタンを手放し、彼は私をきつく抱き締めた。

「その願い、僕が叶えてみせるから」

「…うん。二人で叶えていこうね」

誰かと寄り添うことは、多分一人では叶わないから。
ティファレトのランタンも他のランタンにまぎれてしまってもう分からない。
でもきっと、私のあげたランタンの傍にいるのかも。
そんな事を思いながら私は彼を抱き締め返した。

乗り越えた先(ヴィルラン)

季節はめぐる。
私がニルヴァーナにやってきてもう一年が過ぎた。
あの季節がやってくる。

そう、サマルナの季節だ。

 

 

「ランは今年もヴィルヘルムと行くんだよね?サマルナ」

「うん、そのつもり」

最近新しく出来たラスクのお店が私とユリアナの間で流行っている。
夜、そのラスクを食べながらお茶をして、二人でとりとめのない会話をする。

「そっかぁー。正直、一時はどうなるのかなって思ったけど順調で良かった」

「…うん、ありがとう」

「男子寮でも仲良くやってんでしょ?」

「そうみたい」

最初の頃は手のつけられない手負いの獣…といったら失礼だけど、ひたすら周囲を警戒していた頃が懐かしい。
最近では、楽しそうにわいわいと話している姿も見かける。

「楽しそうで嬉しいけど、私はちょっと寂しい…みたいな?」

「…!!!? ユリアナ!」

「冗談冗談。でもランの顔にそう書いてあるから」

「もう…」

私はラスクを一齧り。
子どもじみた独占欲が、ちらちらと自分の中で見え隠れしていた。

 

 

 

 

サマルナの夜。

「去年もすげえと思ったけど、すっげえな」

ヴィルヘルムは人でごった返す道を見て、深いため息をついた。
私はそれを見て、ふふと笑う。
去年のことを思い出す。
あの時、ヴィルヘルムにこれが平和だということなのかと問われてすぐには答えられなかった。
二人で歩いていると、以前アサカがくれたたいやきのお店を見つける。

「ね、ヴィルヘルム。あれ食べよう」

「ああ?あれ、去年アサカに食わされた甘いやつじゃねえか」

「…縁起物だって言ってたし」

私がじっとヴィルヘルムを見つめると、彼はしょうがないなと言わんばかりに繋いでいた手を強く引き、ずんずんと歩いた。

「すいません、これとこれ。一つずつください」

「毎度ー!」

そのまま食べるので、紙に挟んだ状態で受け取る。

「あったかい!」

「お前、前もそう言ってたな」

「だってそうなんだもん」

タイヤキを受け取り、二人で歩きながら食べる。
ヴィルヘルムは迷わず、頭からかぶりついた。

「そういえば前にアサカに聞いたんだけど、このタイヤキを食べる順番って人によって分かれるらしいよ」

「はあ?順番?」

「うん。頭から食べるか、尻尾から食べるか…」

「そんなもん頭からだろ」

「ヴィルヘルムはそうだね」

私は持ち方を変えて尻尾から食べる。
するとヴィルヘルムはその様子を不思議そうに見つめていた。

「なんで尻尾から食べるんだ?」

「だって頭には顔書いてあるから…いきなり食べるのって申し訳なくて」

「へえー。それにしても甘えな」

去年と変わらない言葉を言いながらヴィルヘルムはタイヤキをぺろりと平らげた。

「甘くて、美味しい」

文句じみた事を言いながら、それでも私の我侭に付き合ってくれる。
そんな彼が、私は好きだ。

 

 

港の方まで来ると既にランタンはあがっていて、空を鮮やかに彩っていた。
私たちはそれをしばし見上げ、

「あ、ねえヴィルヘルム」

「ん?」

「ランタンに願い事書かない?」

「願い事、なぁ」

去年は出来なかったそれを誘ってみる。
ヴィルヘルムはしばし考えて、「書くか」と頷いた。二人でランタンに願い事を書き、それを手放す。

「ヴィルヘルムはなんて書いたの?」

「さあな」

「意地悪」

「そういうお前は?」

「さあ」

「お前だって意地悪いじゃねえか」

そう言い合いながらも私たちはそれぞれ舞い上がるランタンをみつめた。

「私たちのランタン、一緒の高さまで行けるといいなぁ」

「…だな」

それからしばらくランタンを見て、もう少し歩こうということになって広場まで足を運んだ。

 

 

「お、今年もやってんじゃねえか」

広場では去年のように音楽が流れ、そこで踊っている人がいた。

「踊っていくか?」

「…うん、おどろっか」

私が頷くと、ヴィルヘルムは嬉しそうに笑った。
そうして以前のように一曲がおわり、私たちでも入りやすいワルツに変わる。
ヴィルヘルムが私をリードするように手をとり、そっと腰を抱く。

「去年の覚えてるか?」

「あ、あんまり自信ないけど」

「まあ、大丈夫だ。任せておけ」

ヴィルヘルムに身を任せ、ステップを踏む。
昨年とはまた少し違った気分で彼と踊る。
あの時はまだヴィルヘルムへの気持ちが恋なのかどうなのか分からなかった。
ただ、時々投げかけられるヴィルヘルムの言葉に馬鹿みたいに動揺したりドキドキしたのをよく覚えてる。
…それは今もあまり変わらないんだけど。

「ねえヴィルヘルム」

「ん?」

「願い事、何書いたの?」

「それを今聞くのか」

「うん」

二人しか聞こえない距離。
私は甘えるようにヴィルヘルムに尋ねた。

「…お前と、来年もサマルナに来れますように」

「…え?」

ぶっきらぼうに告げられたその言葉に胸が高鳴る。
思わず足が止まりそうになるが、ヴィルヘルムに引き寄せられ慌てて合わせる。

「そういうお前は?」

「…その」

「あ?なんだよ」

「…ヴィルヘルムとおんなじこと」

来年もヴィルヘルムとサマルナに来れますように。
私がランタンに込めた願い事。

「ははっ、なんだよ一緒じゃねーか」

ヴィルヘルムは心底嬉しそうに笑う。

「じゃあお前の願い事は俺が叶えてやらないとな」

「…お願いします」

私も貴方の願い事を叶えるから。
来年も再来年も…おじいちゃんとおばあちゃんになってもこうやってサマルナに来れますように。
私が望んだ願い事。

ヴィルヘルムの笑顔を見ていると、なんだか叶う気がした。

 

 

これは、運命を乗り越えた、後のお話。

幸福の証(パシュラン)

季節はめぐる。
私がニルヴァーナにやってきてもう一年が過ぎた。
あの季節がやってくる。

そう、サマルナの季節だ。

 

 

「最近…じゃないけど、ラン綺麗になったよね」

「え?」

お風呂から上がって、髪を乾かした後鏡にむかっているとユリアナがそんな事を口にした。

「いや、前々からランのことは可愛いなーって想っていたんだけどさ。
なんだろう、可愛いっていうだけじゃなくて…綺麗になったなぁって」

「そんな事ないよ」

鏡に映る自分は以前と変わらないように感じる。
ここに来たばかりの頃より、少し…いや、大分筋肉はついたかもしれないけどそれくらいしか自分で気付く変化は見当たらない。

「やっぱり恋は女を綺麗にするんだね」

「なっ…!!」

「パシュとは順調?」

ユリアナの言葉の真意にようやく気付き、私は思わず言葉に詰まる。
パシュとユリアナは幼なじみだ。
幼い頃を共に過ごしたユリアナにとっては、パシュは弟みたいな存在だと笑っていたのを思い出す。

「…うん。パシュは優しいよ」

「そっかぁ。あんたを泣かせたら許さないけどね!」

「ふふ、ありがとう」

パシュは周囲の人から愛されている。
そんな彼を見ているだけで私は自分のことのように嬉しく感じる。
彼の精霊の加護の証であるオレンジ色の光は、まるで彼のように優しい色合いだ。
あれを見て以来、私はオレンジ色を好きになった。

 

 

「あ、あのさぁ。ラン」

「パシュ、どうかしたの?」

教室移動の合間、パシュに声をかけられる。
私は立ち止まると、隣にいたユリアナは慣れた様子で先に行ってるねと告げて先へ歩いていく。

「もうすぐサマルナ、だろ?」

「うん、そうだね」

「今年も、その…俺と一緒に行かないか?」

「…!! うん、行きたい」

誘われなくてもなんとなく一緒に行くのだろうと思っていたが、やはりこうやって言葉にされると凄く嬉しい。
私は嬉しさのあまり首を縦にふると、パシュはそれ以上に嬉しそうに笑った。

「そっか!良かった…!それじゃあ、また!」

「うん!」

パシュは次の授業は実践の講義だったはずだ。
手を振り去っていくパシュの後ろ姿を私はぼんやりと見つめていた。

 

 

 

そうこうしている内にサマルナの日になり、パシュとの待ち合わせ場所へと急ぐ。
私が行くとそこにはすでにパシュが落ち着かない様子で待っていてくれた。

「お待たせ、パシュ。ごめん待たせちゃった?」

「いや、全然」

そう言って、パシュは私へ手を差し出した。

「はぐれたら危ないだろ?だから」

「…うん」

パシュと付き合うようになってもうすぐ一年だというのに、まだ手を繋ぐだけでドキドキする自分がいる。
初めて会った頃は、アベルやラスティンたちよりも年が近い男の子…という印象を持った。
だけど、手を繋いだ時に私よりずっと大きな手。骨ばった感じ。
そういう事から彼が男の子じゃなくて、男の人だと強く意識するようになった。
多分…手を繋ぐ方がキスをするよりも、ずっと男の人だと意識してしまうのだ。

「…ねえパシュ」

「ん?」

「ちょっと背伸びた?」

隣を歩くパシュを見つめる。
以前より彼を見上げている気がする。

「え、そうか!? まあ、俺はまだまだ成長期だからな!ラスティンやアベルだって目じゃない!」

「ふふ、そうかもね」

私が笑うと、パシュは少し頬を赤らめた。

「ランはさ、その…き、綺麗になったよな」

「!!」

きゅっと握られた手が熱い。
私は思わぬ言葉に顔が火照るのを感じた。
何か言わなきゃ、と思うが言葉が続かない。

「お二人とも!良ければこちら食べていってください!」

「コレット!」

緑の滴亭の前を通りがかったときだった。
コレットが私たちの姿を見つけて、満面の笑みで串に豪快に刺さった海老を差し出した。

「あら?お二人ともなんだか顔が赤いような?」

「そんな事ないよ!!ありがとう、コレット。おいくら?」

「いいえ、これはサービスです。いつもご贔屓にしてくださってますから、お二人とも」

「え、いいの?ありがとう」

「素敵な夜にしてくださいね」

「サンキュ、コレット!」

コレットから串を受け取ると、私たちは海岸を目指した。
手は、変わらず繋いだまま。

 

「あ、あそこに座ろうか」

「うん」

ちょうど見つけた空いているベンチに私たちは並んで座った。
ここからだと上を見上げれば、ランタンも見える。
素敵な場所だ。

「これ、美味いなあ!」

「だよね!こないだコレットが試食させてくれたんだけど、この岩塩が凄く合ってて美味しいよね」

二人でもらった海老を食べながら、行き交う人をなんとなく見る。
みんな楽しそうに笑っている。
戦いなんてこの世に存在しないみたいに素敵な笑顔だ。
村が襲われた時のこと、レオニダス教官のこと。
ふと思い出すと、やはり苦しくなる。
争いがなくなる事はないのかもしれない。
だけど、目を背けないで私は胸を張って生きていきたい

「どうした?ぼーっとして」

「みんな楽しそうだなぁって」

「ああ、そうだな」

パシュも同じことを考えていたのかもしれない。
少しだけ寂しそうに笑った。

「…こないだ試食させてもらったって言ったでしょ?これ」

「うん」

「だけど、今日食べてる方が美味しく感じるの。
それは多分…パシュと一緒に食べてるからじゃないかな」

「え?」

「…好きな人と美味しいものを食べるって凄く幸せな事だよね」

私がそう言うと、パシュの若葉色の瞳が揺れた。

「あー、俺って…」

「え?」

一瞬、周囲に気を配ったかと思えばパシュは掠めるようにキスをした。

「俺ってすっげー幸せ者だ」

「パシュ…」

そう言って、パシュはただ幸せだといわんばかりに私をきつく抱き締めた。

「パシュ、ここ…人沢山いるし!」

「うん、知ってる」

「…だったら」

「だけど、もうちょっとだけ。
ランがこうやって俺の隣にいて、幸せだって思ってくれることがすっげー嬉しいから…」

「…しょうがないなぁ」

私の腕にはもうパシュが描いてくれたおまじないは残っていないけど、あのおまじないの言葉を聞いた時のように幸せで胸が一杯になった。

「パシュ、大好き」

私は小さく笑った。

灯火(ニケラン)

季節はめぐる。
私が魔剣に出会い、ニルヴァーナにやってきた時から一年が過ぎた。
あの季節がやってくる。

そう、サマルナの季節だ。

 

 

ポストを覗くとユリアナから手紙が届いていた。
私はそれを大事に両手で胸に抱き、家に入る。

「おかえり、ラン」

「ただいま、ニケ」

「ユリアナからの手紙?」

「うん、そう」

キッチンに立っていたニケは私を見てくすりと笑う。

「ランはすぐ顔に出るから分かりやすいね」

「…それに近いことを前にアベルに言われたことあったなぁ。
捕虜になったらすぐうっかりしゃべりそうって」

「はは、アベルも手厳しいね」

私はペーパーナイフで手紙の封を切り、便箋を取り出した。
いつも通り私を気遣う文面から始まり、ユリアナの近況などが綴られていた。
そしてその中に『もうすぐサマルナだ』ということが書かれていた。

「サマルナ、かぁ」

「懐かしいね」

「私、結局ランタン見てないんだけどニケは見たことある?」

「ううん、なかったよ。ランに出会うまで…そういうものに興味なかったから」

「…そっか」

サマルナの名物だと聞いたランタン。
願いを込めて、舞い上がる沢山のランタンはそれはそれは綺麗だとユリアナに聞いた。

「今日は何のジャムを作ってるの?」

話題を無理矢理変えようとニケの傍へ寄って小鍋の中を覗く。

「今日はブルーベリーのジャムだよ」

「いい匂い」

ふつふつと煮込まれるブルーベリーが美味しそうな香りを運んでくる。
私が微笑むと、ニケは少しだけ視線をさ迷わせる。

「…サマルナ、行きたい?」

「ううん。大丈夫」

二度と行ってはいけない場所だというわけではない。
けれど、まだ戻ってはいけない場所だと思う。
ニケ以外何も要らない、ただ彼と離れたくないという想いから飛び出してきたんだ。
近況はユリアナの便りで知ることが出来る。
それだけで十分。
甘えるようにニケにもたれかかると、ニケが私の頭を撫でてくれた。

 

 

 

魔剣に出会うことがなく、ニルヴァーナではない場所で生きていく未来があったとして…
そう、戦うことなんかなくてパンを焼いて平和に静かに暮らすような未来だってあったかもしれない。
そんな事を考えたことが一度あった。
それがこうやって叶うなんて思っていなかった。

ニケと二人で住む小さな部屋。
そこで二人で毎日パンをこね、ジャムを作って町へ売りに行く。
あのおばあさんみたいく、ハムやベーコンも作れるようになりたくて、今二人で研究中だがまだまだ納得のいくものが出来ないから完成は先だろう。
だけど、そういう小さな目標を積み重ねていって…
贅沢ではないけれど、ニケと静かに暮らしていけたら…他に欲しいものなんてなかった。

 

ユリアナからの手紙が届いて数日。
私は何を書こうかな、と考えながら時間を過ごしていた。
クロワッサンに挑戦してみたら凄く美味しくできたこと。
だけど、お店に出すには時間が経つとどうしてもさくさく感がなくなってしまって難しいこと。
パン屋さんの情報ばかり綴ってしまう。
…あと、ニケとも仲良く過ごしていること。
結局いつもそんな事ばかり書いてしまう。
その日は私だけパンを売りに行き、ニケは家で新作の研究をすることになっていた。
昼過ぎにはパンを売り切り、その足で日用品を買い足し、最後に家の傍に木苺を摘みに行った。
これはジャムにする用じゃなくて、ニケと一緒に食べたくて摘んだもの。
全てのことを終えて、家に着くと周囲は少し暗くなっていた。

「ただいまーニケ」

部屋に入ると、カーテンを締め切っていて暗かった。

「どうしたの?ニケ…」

電気をつけようとすると、暗闇からニケが現れた。
そして、私の手から荷物をさっと奪う。
あっけにとられてその様子を見ていると、ニケににっこり微笑まれた。

「え、ニケ?」

そしてなぜかタオルで目隠しをされる。

「どうしたの?これ。外してもいい?」

「だーめ」

顔は見えないけど、ニケはにっこりと笑っているだろう。
ニケに手をひかれながら、私は部屋の中をおそるおそる歩いた。
寝室に辿りつき、ベッドに座らされる。
何をしたいんだろうと、ドキドキしているとしばらくしてニケが私の目隠しを解いた。

「目、開けて」

促され、目を開けるとそこにはいくつかの色とりどりのろうそくが灯っていた。

「ニケ…これ!」

「ランタンにはほど遠いけど…少しは楽しめたらいいなって」

暗闇を灯すろうそくを、こんなに綺麗だと思ったことはない。
私は嬉しくて、思わず隣にいたニケに抱きついた。

「ありがとう、ニケ…!」

ランタンを見に行くことよりもずっと素敵な贈り物。
ニケが私のためにしてくれたことがどうしようもないくらい嬉しい。

「ニケ、大好きよ」

「…うん、ありがとうラン。傍にいてくれて」

ニケは泣きそうな顔でそう言って笑った。

「明日からも、ずっと隣にいるから…」

「うん」

私は、彼の想いに応えるようにニケの右手を強く握った。

 

 

ユリアナへの手紙にニケがしてくれたことを綴って手紙を出した。
後日届いたユリアナからの手紙には幸せそうで良かったと綴られていて、私はニケにそれを自慢げに見せると、ニケはその様子を見て、愛おしそうに微笑んでくれた。

願いを叶えてくれた人(ラスラン)

季節はめぐる。
私がニルヴァーナにやってきてもう一年が過ぎた。
あの季節がやってくる。

そう、サマルナの季節だ。

 

「今年もユアンさん来るの?」

「え?」

「ほら、もうすぐサマルナだから」

夜、ユリアナとお茶をしていると話題はもうすぐ行われるサマルナについてに変わった。

「そういうランはラスティンとでしょ?」

「…う、うん」

未だにラスティンとのことを人に言われるのは慣れなくて恥ずかしい。
ラスティンは私のことを周囲の人に言われるのが嬉しいと以前話していた。

「ユアンさんって独占欲、強い?」

「え?ユアン?うーん、どうだろう。ヤキモチ妬いたりっていうのはもう記憶にないなぁ」

随分長く付き合っているから、そういう期間ももう終わったのだとユリアナは笑う。
そういうもんなんだろうか。

「ラスティンは…あー、なんかなんとなく分かる。意外と独占欲強そう」

「…そう見える?」

「うん、見える」

そう言ってユリアナは笑った。
ラスティン自身、独占欲が強いと私に言い聞かせるけどそういう事で機嫌が悪くなったり…といったような姿を見たことがない。
大人なんだなぁ…と私はラスティンのことをひっそりと思っていた。

 

村にいた頃。
男の子と関わることもほとんどなかった私にとって、ラスティンは初恋の人だ。
恋というものは本に出てくるようなキラキラしたような、それでいて苦しかったり悲しかったり…
舐めていると味がころころと変わる飴のようなものだと思った事がある。
無縁だと思っていた恋を、私はラスティンにしているのだ。

 

 

「そこのかーのじょ」

回廊を歩いていると、ぽんぽんと肩を叩かれる。
振り返らなくても誰かは分かっている。

「ラスティン」

「今日の授業はもう終わり?」

「うん。ラスティンは?」

「実は俺もなんです。なので、一緒にお茶でもしませんか?」

そう言ってラスティンは軽くウィンクをする。
本当は素振りでもしようかと思っていたけれど、ラスティンのその言葉に私は小さく笑った。

「うん、したいな」

ラスティンのエスコートに私は大人しく従った。
二人で町へ行くと、ジェラードのお店へ向かった。
お茶と言いながらなぜかジェラードを食べているんだけど、私を喜ばせようと思ってくれているのは分かった。

「美味しい?」

「うん、とっても!」

ジェラードをすくって口へ運ぶと、さわやかな甘さが口の中に広がる。
レモン味は私のお気に入りだ。

「本当、あんたって美味しそうに食べるからいいよな」

「…! あんまり見られてると、恥ずかしい…です」

以前にも何度か言われたことがあるが、ラスティンは私が何かを美味しそうに食べる姿が好きらしい。
口を開けて、頬張る姿を好きな人に見られているというのはやはり恥ずかしい。

「そうやって照れるランも、いつまでも初々しくて好きだけどね」

そう笑ってラスティンは口を開けた。

「あーん」

「…もう」

私はラスティンの口へ、お気に入りのレモン味のジェラードを運んだ。

 

 

 

 

サマルナの夜。
ラスティンとの待ち合わせの場所へと急ぐ。
制服の中で揺れるラスティンから貰った私の瞳と同じ色の宝石がついたペンダントが揺れる。

「ラスティン!」

待ち合わせの15分前なのにラスティンはやっぱりいて…

「たまには私に待たせてくれたっていいのに」

いつも待ち合わせより早く行ってもラスティンは私より先にいる。

「だーめ。これは俺の特権」

そんな事を言って、ラスティンは笑った。

「お手をどうぞ、愛おしい人」

私の王子様はそんな風に優しく微笑んで私の手を差し出した。

 

二人で屋台を見て回っていると、やたらとラスティンの知り合いに出会う。
暁の鷹のメンバーたちも含まれており、私の知っている顔もちらほらあったがそうでない人も多かった。

「ラスティンって顔広いよね」

「ヤキモチ?」

「ううん。そうじゃないけど」

「なーんだ、残念。たまには妬いちゃうランも見てみたかったな」

「…もう」

そう言いながらもラスティンが私を不安にするような要素を一切見せないようにしてくれている事を知っている。
それは彼の優しさだ。おかげで私はヤキモチというものをほぼ妬いた事はないんだけど、ラスティンのそういう気配りに内心ときめいている。

一通り屋台を堪能した後、私たちはランタンを見るために港へ向かった。

「わあ、凄く綺麗…!」

昨年も見たけれど、やはり何度見てもこの光景は素晴らしい。
空へ舞い上がっていくランタンを見つめて、私ははしゃいだ声を出す。

「そういえば、今年はやらなくていいの?」

「え?」

「去年もやらなかっただろう、やりたいんじゃないの?ランタン」

ランタンには願い事を込めるという。
去年、これを見た時に願いたいと思った事は…

「ううん、やらなくて大丈夫」

私が小さく首を振ると、ラスティンは「そう?」と言った。

「…もう願い事は叶ったから」

好きな人の隣にいつまでもいれますように。
私が願いたかったのはそれだから。

「それにラスティンがくれたペンダントが私の願い事みたいなものだし」

「え?」

「あ…」

服の上からペンダントを押さえる。
思わず出てしまった言葉にラスティンも驚く。

『このペンダントには実は呪いがかかっていて、あんたはもう俺から離れられない』

私の首にかけた後、ラスティンはそう言った。
嘘だと言っていたけど、このペンダントを貰った日。初めてキスをしたサマルナの夜。
あの瞬間に私の願い事は叶ったのだ。

「あんた、反則」

そう言ってラスティンは私の頭を引き寄せ、肩に押し付けた。

「…ラスティン」

周囲にはランタンを見上げる沢山の人がいる。
私たちのように寄り添うカップルや家族で見ている人だっている。
私は貴方のもの。
そして、貴方は私のもの。

「ラスティン、大好きよ」

普段は恥ずかしくてなかなか口に出来ないけど、私はようやく言葉にした。

「ああ、俺もあんたが好きだ。あんたの居場所は俺の隣だからな」

ラスティンが耳元で私にそう囁いた。
その言葉に私は小さく頷いた。
見上げるランタンは、昨年よりも輝いて見えた。

幸福の一ページ(アリス×ありす)

幸せというものは、目には見えないけども生活の中に潜んでいるものだ。
ふと、そんな事を考えたある日の朝。

 

 

「…あ」

目を覚ますと、隣ですやすやと寝息を立てているアリス君の顔が飛び込んできた。
触れてみたい気持ちになるが、きっと彼はちょっと触れるだけでも起きてしまうだろう。
それに昨夜はなんとか説得して、一緒に眠りについたのだ。
彼のあどけない寝顔に自然と頬が緩む。

「可愛いなぁ、アリス君」

眠り姫よろしくすやすやと眠る彼の表情は穏やかで、こんなに安心して彼の寝顔を見るのは初めてのことなんじゃないかとおもった。
金髪(今は目を閉じていて見えないけど)碧眼の男の子。
私の王子様。

「ふふっ」

これは、そう。幸せというものを描いたような朝だ。
私が嬉しさをこらえきれず両足をばたばたとさせると、穏やかな表情をしていた彼の眉間に皺がよった。

「おはよう、アリス君。起きた?」

「…ああ。僕はどこかの誰かと違って、寝顔をまじまじと見つめられた挙句に隣でバタ足の練習でもするんですか?と言わんばかりの勢いで足を動かされて眠っていられる程図太い神経をしていないものでね」

「私、これでも泳ぎはクロールばっちりだよ!」

「ああ、はいはい。ハイスペックな自慢は寝言としてなら聞いてやろう。ただし、僕も寝ているから聞こえないんだがな!!」

「アリス君は泳げなさそうだよね、なんか」

「そしてさりげなく僕をディスるな!!」

「それにしてもよく起きてすぐそんなに元気いっぱいだね」

「…君がそうさせてるんだろう。大体今何時だ」

アリス君は近くにある置時計で時間を確認すると、布団の中にもう一度潜っていってしまった。

「アリス君!もう6時だよ、朝の6時!!」

「……」

「ほら、見るからに外は良い天気!今日は絶好のピクニック日和だよ!」

カーテンはまだ開けていませんが、隙間から差し込む日差しが今日も良い天気だと訴えかけているのは分かります。

「ねえねえアリスくん」

名前を呼んでみても返事はない。
だから強めに彼の体を揺すってみるが、それでも反応なし。

「アリス君アリス君」

しばらく彼の体を揺すっている。
そうすると観念したのか、がばりとアリス君は起き上がった。

「アリ…」

「君は!!!夏休みのラジオ体操に親を巻き込む子どもか!!
第一こんな早く起きたってピクニック日和もあったもんじゃないだろう!」

そうまくしたてると、アリス君は私の腕を掴んで布団の中へと引きずり込みました。

「僕はまだ眠いんだ。夕べ、僕と寝たいがために全力で駄々をこねたどっかの誰かに追い掛け回された体が睡眠を要求しているんだ」

「ふふっ」

「…なんだ、その顔」

「ううん。なんか一緒の布団に潜るとか、子どもみたいで楽しいなって想っただけ」

「君の頭は常にお花畑だからな」

そう言って、アリス君は目を閉じてしまった。
ああ、どうやら本気で眠るつもりのようだ。

「ねえねえ、アリス君」

「……」

「御伽噺によると、眠り姫が目を覚ますのは愛する王子様からのキスなんだって」

「……」

「だからキスしてもいい?」

「誰が王子様で誰が眠り姫なんだ……」

「私が王子様で、アリス君が眠り姫かな、今の場合」

「はぁ~」

アリス君はわざとらしくため息をつくと、嫌そうに目を開いた。
そして、私を強く引き寄せて、彼の唇が私の額に触れた。

「王子様からの口付けによってお姫様は眠りにつきましたとさ。めでたしめでたし」

「え!?え!!めでたくないよ!アリス君!」

うっかりデコチューにときめいてしまって流されそうになるが、必死に抵抗してみる。

「起きたら、君の好きな紅茶を淹れよう。それでどうだ」

「…もう、しょうがないなぁ」

彼の腕のなか、私も目を閉じる。

「アリス君でもベタな事、するんだね」

私の首の下あたりにあるのは彼の腕。
普段散々私のことをゆるふわ恋愛脳というくせに、こういうベタな事はしてくれるんだから。

「たまには恋人らしいことをしてもいいだろう」

そう言った彼の頬が紅くなっていたのかどうか、布団にもぐりこんでいたせいで分からなかったけど。
私はただただどうしようもなく幸せを感じてしまった、そんな朝。

Only You(アキアイ)

「アーイちゃん」

ご機嫌で彼女の名前を呼ぶと、アイちゃんは苦笑いを浮かべる。

「もうアキちゃん…勉強始めてからまだ10分だよ?」

試験前に一緒に勉強しようとねだったオレにしぶしぶながらも頷いてくれてオレとアイちゃんは絶賛試験勉強中だ。
去年アイちゃんを教えていた数学の教師が、今年はオレを教えているから過去問とか見る為にアイちゃんの家で勉強をしているんだけど…

「だってアイちゃんがノートしか見てないから」

「だって勉強してるんだもん。
アキちゃんも頑張って勉強しないとあの先生のテスト、難しいよ?」

過去問を見ると、確かにちょっと癖がある。

「絶対あの先生、モテない」

「えー?確かあの先生って愛妻家で有名じゃなかった?」

「いやいや、奥さんにモテても他の人にはモテないでしょ」

「奥さんにさえ好きでいてもらえればいいんじゃないの?」

「それはそうだけど」

嫌われるより好かれた方がいい。
誰だってそうだと思うけど。
ふと、アイちゃんからの痛い視線に気付く。

「アキちゃんは、私以外にも好かれたいって思ってるんだ」

「え?いやいやまさか」

「だってそういう事じゃないの?
私は自分の好きな人が自分を好きでいてくれるだけで十分だけどなぁ」

「オレだってそうだよ、アイちゃん以外正直どうでもいいし」

オレの本気がどこまでアイちゃんに伝わっているのか、時々不安になる。
大事に、大事に想ってきたアイちゃん。
想いでいれば圧倒的にオレの方が強いのも分かっているから。
アイちゃんが怯えて逃げてしまわないようにオレは精一杯気をつけて愛情を注いでいる。

アイちゃんの手を握ろうとすると、アイちゃんは慌てて手をひっこめてしまった。

「アキちゃん、勉強!」

「はいはーい」

逃げられてしまったのでオレは観念して目の前の問題にとりかかった。
アイちゃんから時折送られる視線に反応したいのをこらえながら、結構真面目に勉強した。

時計の長針が一周半はしただろう。
一段落ついたので、ノートを閉じて思い切り伸びをする。

「お疲れ様、アキちゃん」

「オレ頑張ってたでしょ?」

褒めて褒めてといわんばかりにアイちゃんを見つめる。
すると、アイちゃんは手を伸ばし、オレの頭を優しく撫でた。

「うん、頑張ってた」

子ども扱いされてる感じはするが、アイちゃんの手が心地よくてオレは目を閉じた。
アイちゃんが触れてくれるならなんだっていい。
そう想うくらいオレはアイちゃんしか見えてない。

「じゃあご褒美ちょうだい」

「テスト勉強は自分のためでしょう?」

「えー。オレは人参がないと走れないタイプなのにー」

そう言うと、アイちゃんはまた困ったように笑った。

「じゃあ、昨日焼いたクッキーとってくるから待ってて」

「はいはーい」

お菓子がご褒美っていうのも子ども扱いされているようだけど、アイちゃんの手作りなんだから喜ばないわけがない。
立ち上がったアイちゃんはなぜかオレに近づいてきて、

オレの額にそっと口付け…いわゆるデコチューをしてくれた。

「……!」

「こっ…紅茶もいれてくるからちょっと時間かかるかもしれない!」

呆然とするオレを置き去りにしてアイちゃんは部屋を出て行ってしまった。

「うっわ、なにこれ。めっちゃくちゃ彼氏扱いじゃん。」

期待以上のご褒美をもらってしまい、オレはたまらずテーブルに突っ伏した。
溢れそうになる好きという気持ちは、アイちゃんにも少しずつ伝わっているんだろう。
そう想うと、顔がどうしようもなくにやけてしまった。

涙雨がやむ時(緋影×紅百合)

悲しい恋をした。

私が忘れてしまったら全て消えてしまうような、そんな悲しい恋だった。

 

 

 

 

 

「緋影くん、何の本読んでるの?」

ある日の夜。
夕食も終わり、各々の部屋に戻っている中緋影くんだけはソファに腰かけて古い本を読んでいた。

「ああ、ちょっと懐かしいタイトルを見つけてな」

「ふーん」

私に視線をくれることもせず、緋影くんは本を読み進める。
私は一旦キッチンへ戻り、お湯を沸かす。
お茶っ葉の残りを確認すると、もう少しで茶筒が空になりそうだった。
明日にでも補充をしなきゃと考えながら二つのマグカップにお茶を注いだ。

「はい、どうぞ」

「…僕は頼んだ覚えはないんだが」

「自分が飲むついでだったから」

緋影くんの隣に座り、本を覗き込む。

「君は時々大胆になるんだな」

「え?」

指摘されて気付く。
本を覗き込んだ私と緋影くんの距離は非常に近くて、肩と肩が触れ合っていることに気付いた。
服越しなのに、緋影くんの体温がほのかに伝わってきて、私は自分から近づいたのに恥ずかしくなって慌てて離れた。

「…え、えと、ごめんなさい」

最近、ウサギちゃんからのアドバイスで緋影くんに質問を投げかけまくっていたからか、彼の傍にいることが自然になってきていた。
人にはパーソナルスペース、というものがある。
鴉翅くんは、あっという間に近づいてきてぐいぐいと距離を詰めていく。
紋白さんも鴉翅くんとはちょっと違うけど、気付いたら私にべったりくっついている。
だからなんだろうか、私にはパーソナルスペースがほとんどないのかもしれない。
あんまりべったりくっつかれると困るけど、不快には思わない。
だから打ち解けてきた(と私はちょっと思ってる)緋影くんに対して躊躇なく近づいてしまったんだろうか。

「今は夜だ。冷えるのは分かるが僕で暖をとるのはおすすめしない」

「えーと、そうだね」

そういうつもりはなかったけども。
曖昧に私が笑うと、緋影くんはようやく私へ視線を投げた。

「…ところでなんで日本茶なんだ?」

「緋影くん和食好きだし。本当はコーヒーより日本茶の方が好きかもって思って」

「そうか」

それだけ言って、緋影くんはマグカップに口をつけた。

 

雨の音が聞こえる。
ザアザアと、朝も昼も晩もずっと聞こえる音。
一人で部屋で聞いているとたまに言いようのない不安に襲われるけれど。
どうしてだろう。
緋影くんの隣で聞くと、なんだか心地よく感じている自分がいた。

 

 

 

 

 

初めての恋は、幼い自分に深く傷を残した。
結婚しようと子どもながらに誓った優しい思い出を思うと今でも苦しくなる時がある。

そして、二度目の恋は…

 

「アイ、今週も湖行くの?」

「うん、そのつもりだよ」

「ふーん、そっかぁ」

転校してきた彼女は、言動もかっこいい男の子のような不思議な少女。
今までずっと他人と距離をとってきた私に初めて出来た女の子の友達。
彼女にだけは話した、彼のこと。
もう二度と会えるかも分からないけれど、私は月に一度はあの湖へ足を運んでしまう。
もう一度会えたら、私は何を伝えるつもりなんだろうか。
…もう一度なんて来るのか分からないけど。

 

そして週末。
湖を目指していた私は、あのバスに乗り込んだ。
バスに揺られているうちに天気は崩れ、気付けば土砂降りになっていた。

「あー…これはちょっと厳しいのかな」

バスから降り、私はどうしたものかと思案する。
とりあえず少しでも雨脚が弱まらないとあそこへ向かうのは厳しいだろう。
バス停で雨宿りをしていると、一人の男性が歩いてきた。
そして、その人は傘を閉じて、一人分空けて私の隣に座った。

「君は、どうしてこんなところにいるんだ?」

「…蝶を、探していました」

声が震えそうになる。
人が亡くなると、まず最初に忘れてしまうのは声だという。
どんなに思い出そうとしても声は記憶の中では再生されない。
どんな言葉を交わしたか、会話は思い出せても彼の声は再生できない。
だから、この声が合っているのかちょっと怖い。

「白い蝶が、黒い蝶になってまで探した…その場所を、探していたのかもしれません」

「…そうか」

「……あなたは?」

「僕も似たようなものだよ。紅い蝶を探していたんだ、ずっとずっと。
その蝶の声も、顔も、何もかもよく思い出せないのに。
僕はただ探していたんだ」

そう言って、彼は私を見つめた。
私の頬に涙が伝った。

「おかえりなさい」

 

 

ああ、雨が上がる。

 

 

 

 

例えばこの手でキミを奪えるのなら(ゆづる×市香)

※コピー本企画に収録したものです。

 

 

 

 

俺が彼女にはめた枷。
いや、枷なんかじゃない。
彼女をこの事件の渦中に引きずり込んだ大切な証。

「星野、最近いっつもココ、絞めてるんだな」

「え?」

自分の首元をトントンと叩いてみせると、星野の表情は分かりやすく固まった。
気付かないふりをして話しを続けると、星野は苦笑いを浮かべて誤魔化した。
その隠された場所にある首輪を思い浮かべる。
それは俺と星野が繋がっている証だ。
他の男と話している会話も全て聞こえる。星野が、誰かに心惹かれていくのも、全部聞こえている。

そして、ゼロが誰なのか分かった時、星野の声が震えた。
ああ、その場に居合わせられなかった事だけが悲しい。
星野が絶望する顔が見たかった。

 

 

 

「なあ、星野」

ソファに据わっている星野に声をかけると、虚ろな目で俺を見上げる。
俺はわざとらしいため息をついてから、彼女の耳元へ唇を寄せた。

「弟、どうしてるんだろうな」

「……っ! 香月に何かしたらただじゃおかない」

弟のことを口にすれば、そうやって俺を睨みつける。

彼女を助けにきた奴らを俺が殺してから、星野は虚ろな目をする事が増えた。
俺は星野を壊したかったわけじゃない。
同志として、俺の隣に並んで欲しかっただけだ。

「殺すわけないだろう? お前の大事なものはもうこれ以上奪わない」

「……」

疑うように俺を一睨みしてから、目を逸らす。

「星野」

名前を呼んでもこちらを向かない。
仕方がないから星野の隣に身を寄せるように座ると、肩が震えた。

「ほーしの」

同期として一緒に警察にいた頃。
彼女を何度もこうやって呼んだ。
あの頃は二人でよく飲みにいって、仕事の愚痴とか、正義について熱く語った。
冴木弓弦という人間として生きていたあの頃。
星野は酔っ払った俺をよく家まで送ってくれたり、タクシーに突っ込んだりしてくれたっけな。

「なあ、星野」

一向にこちらを向こうとしない星野の首を指でなぞる。

「俺がどうしてお前に首輪をはめたと思う?」

「どうしてって…」

確かに命を握られてるって思ったら怖いだろうな。
監視するにしても、そこがベストだったというのも勿論ある。

「星野」

今しがた指でなぞった場所へ唇を寄せる。

「-っ!? 何するの? やめて…!」

暴れようとする星野の両手を片手で押さえつける。
そのまま押し倒すと、先ほどとは違う瞳で俺をとらえた。

「何って、いわなきゃ分かんないほど子どもじゃないだろ?」

本当はそこまでするつもりなんてない。
酷い言葉を投げかければ星野の瞳に光が灯る。

「……っ、ゼロ」

その名前で呼ばれて、俺は言葉に詰まる。
ああ、そうだよな。
星野はもう俺を『冴木くん』なんて呼んでくれないんだ。

『冴木くんと飲むのが一番楽しいよ。やっぱり同期っていいよね』

いつだったか星野がそう笑ってくれた瞬間が頭をよぎる。
俺もお前といる時間が、どうしようもなく楽しくて、幸福だった。

 

「いちか」

彼女の名前を口にして、俺は無理矢理唇を奪った。

「-っん…ふっ、ん」

頑なにきつく閉じる唇をこじ開けるように舌をねじ込むと苦しそうな声が漏れた。
もうこの世にはいない好きな男とは何回キスしたんだろう。
そんなどうでもいい事を考えながらキスを続けた。
腕の中でしばらく暴れていたが、唇を離す頃には息も上がっていて、頬を紅潮させていた。

「好きな男のキスでも思い出した?」

下卑た笑みを浮かべると、星野の手が振り上げられた。
平手打ちを素直に受け入れてやろうと目を閉じるが、痛みはいつまで経ってもやってこなかった。

「…どうして、どうしてなの?」

星野の目から涙が零れ落ちた。

「どうしてって?」

「冴木くんは…、私が警察学校からずっと一緒で…ふらっと私のところに来て飲みに誘ってくれて、仕事の愚痴とか、夢とかそんな事たくさん話した冴木くんは…どこにいるの?」

どこにもいないんだよ、そんな男。
はらはらと零れる涙を見つめることしかできない。

「冴木くん…さえきくん……」

俺の名前だった言葉を何度も何度も繰り返して星野は泣いた。

「あなたは誰なの? 冴木くんはどこにいったの」

星野だって答えが分かっているくせに、そんな事を言う。
もしかしたらこれは復讐なのかもしれない。
彼女の大事なものを奪った俺への、復讐。
俺を認めないことで、俺を否定することで、復讐をしているのかもしれない。

「ゆづる」

冴木弓弦でも、ゼロでもない。
ゆづる。
その名前で呼んで欲しくて、言葉にする。

「…ゆづる」

「そう、そうだよ。いちか」

俺にとっての星野はもういない。
今、俺が見つめている女は、大事なものを奪われて、それでもまだ手の中に残っている大事なものまで奪われまいと抵抗している普通の女だ。
いや、普通じゃないのか…普通じゃなくしたのは、俺だ。

いちかの両手を取り、自らの首へと持っていく。

「お前が俺を殺す日を、待ってるんだ」

純粋な正義を抱いていたかのじょを俺と同じ場所まで引き寄せた。

「私があなたを殺す日なんて…」

彼女の手に力が入る。
首をぎりぎりと絞められる。
絞めてる彼女の方が苦しそうな顔をしていて、笑いそうになる。
彼女が、誰かを殺めるのならまず俺がいい。
綺麗な顔で笑って、怒って、呆れたり。
そんな姿ばかりみていた。
隣に並んで歩いても、触れる距離にいても決して触れられなかった。

「なんでおまえがそんな顔してんの」

「わかんない、わかんない」

涙を零しながら、大きく首を振った。

「だって、私にはもうあなたしかいないから…!」

俺しかいないなんて事はないのに。
だけど、その言葉は今までのどんな言葉よりも響いた。

「バカだな、お前」

目の前のいちかをそっと抱き締める。

「…ふっ…ああああっ!」

殺したいほど憎い相手の腕の中で彼女は泣き叫んだ。
首輪をつけたのは、星野市香という存在に執着していたから。
欲しくて欲しくて仕方がなかったから。

この計画では絶対欠かせない人物…としてだけではなくて、俺は本当はずっと…

 

 

 

初めて抱き締めた彼女は、とても小さくて頼りなくて、愛おしかった。

陽のあたる場所(景市)

※コピー本企画に収録したものです。今後、この世界軸で景市を書くので掲載しました。

 

初恋は実らないとよく言われる。
私にとって、この恋は初めての恋で生涯一度きりの恋だ。

「私は、白石さんのことを待ち続けようと思っています」

私がそう告げた時、事務所のみんなはそれぞれの反応を見せた。誰も何も言わない中、柳さんだけが小さく「そうか」と呟いたのがひどく印象に残った。

― 白石さん

お元気ですか? すっかり寒くなったと思ったらもう十二月なんですね。白石さんに出会った季節が今年もやってきました。―

いつも通り、近況を綴る便箋。
私が送った二週間後には白石さんから返事が届く。私はそれを楽しみに毎日励んでいた。
香月も高校を卒業し、しばらくは一緒に暮らしていたけれど、二十歳を過ぎた香月は家を出た。
本当は白石さんが戻ってくるまで一緒にいてやりたかったと香月は言った。
私の我侭に香月をつき合わせるつもりはなかったけど、その言葉が酷く嬉しかった。

数多の罪があったけれど、彼の過去の事情など様々なことから減刑はあった。
けれど、それでも十年の実刑判決が下った。それが長いのか、短いのか分からない。
犯した罪は、どうすれば赦されるのだろうか。
私も待ち続ける時間、それを考えていた。

「白石には会いに行っていないのか?」

「出所するまで、会わないつもりです」

「そうか」

私は警察を辞めた。
私が胸に抱いた正義を貫きたいという気持ちはあった。
けれど、私は白石さんと共に生きる未来を選んだ。

「柳さん…ありがとうございます」

「俺はこれでもお前のこと、買ってるからな」

警察を辞めた私を誘ってくれたのは柳さん。
あの事務所には今、私と柳さんだけだ。
榎本さん・笹塚さんは警察に復帰し、岡崎さんは相変わらずSPをしている。
もしかしたら柳さんだって警察に戻るという道があったはずなのに、探偵事務所を続けてくれている。

 

彼のいない十二月が、もう十回もめぐってきた。待ちに待った日が、ようやくやってきたのだ

塀の向こうにいる彼に会いたくて、何度も何度もやってきた。
けど、面会はしなかった。
一度でも会ってしまったら私は残りの日々を一人で立っていられなくなるんじゃないかって怖かったから。

門が開く音がする。心臓が痛い。
だけど、私も…彼もこの日をただただ待ち続けた。

「白石さん、おかえりなさい」

久しぶりに見た彼は少しやせた気がした。

「…市香ちゃん。ただいま」

だけど、彼の笑った顔はあの頃と変わらなかった。
私は堪えきれなくなり、彼の胸へと飛び込んだ。
久しぶりに感じた彼の温度は、泣きたくなる程温かかった。

「前、手紙にも書いてあったけど、今は柳くんと二人で探偵やってるんでしょ?」

「そうですよ。こないだ浮気調査もしました。なので至って普通の探偵事務所ですよ」

「へえ、浮気調査ねぇ」

壮絶な修羅場を迎えたという話は今はしないでおこう。
隣を歩く白石さんをちらちらと見ていると、彼は意地悪そうに笑う。

「何、そんなに俺のこと見て。久しぶりに会って年取った俺にがっかりした?」

「馬鹿な事言わないでください! それに年をとったのは私もです」

「…そうだね、君の大事な二十代を奪ってしまったんだね」

「そうですよ」

やっと会えたのに、悲しそうな顔をしないで。
私はあなたに笑っていてほしい。
いつまでも離れたままの手を、きゅっと握った。

「だから…離れていた分まで、これからはずっと傍にいます」

「…市香ちゃん」

「ほら、猫たちがいましたよ」

ここは以前、白石さんと野良猫たちを見に来た場所。
白石さんがいなくなってから、私はたまに一人でここに来て、彼が可愛がっていた猫たちを見守っていた。

「あの子、五番が産んだ子なんですよ」

「え?」

私が指さしたところにいたのは、ぶち猫。
彼が五番と呼んでいた猫が産んだ子だ。

「それにあの子も八番の子どもですし…あと、あの子は」

次々説明していくと、白石さんは驚いた目で私を見つめた。

「どうかしました?」

「…俺がいない間、見ててくれたの?」

「ここはあなたと私の思い出のデートコースですよ」

二人で猫を追いかけたあの時間。
手を繋いだ時の幸せそうに笑う白石さんを何度も何度も思い出していた。

「市香ちゃんはずるいなぁ」

白石さんは泣くのをこらえるように、顔をゆがめた。

「ずっと、君に会いたかったよ…」

そう言って、白石さんは私をきつく抱き締めた。

 

 

 

「でも二人しかいない探偵事務所も少し寂しそうだね」

「そんな事ないですよ!
榎本さんや笹塚さんもたまに遊びに来てくれますし、たまに向井さんや桜川さんとも飲みに行ったりしてますよ」

「へえ、そっか」

事務所の階段を一段一段登る。ドアの前に着き、私は白石さんにドアを握らせる。

「さあ、開けてください」

「…うん」

がちゃりとドアノブが回る音がして…
パァーン!とクラッカーの音がいくつも響いた。

「白石さん、おかえりなさーい!」

榎本さんの元気な声が響く。

「…え、これって」

固まったまま動けない白石さんの背中をそっと押して、中へ入る。
中には柳さん、榎本さん、笹塚さん、岡崎さん、香月、吉成さん、さっき話題に出ていた向井さん、桜川さんまで揃っていた。

「おかえりなさい、白石さん」

私がそう笑うと、白石さんは小さく頷いて、それからみんなへ「ただいま」と口にした。

 

 

* * * * *

「市香ちゃん、何を見てるの?」

「アルバムです」

それはあの日から思い出を形に残す意味をこめて沢山撮った写真の数々が収められている。

「景之さんは幸せ者ですね」

「うん、君がいうなら…いや、君が傍にいてくれるから幸せだね」

景之さんは初めて手を繋いだ時みたいに幸せそうに笑った。

「初恋が実らないなんて、嘘でしたね」

「え?」

「独り言です」

例外が好きだと言った遠い昔の彼を思い出して、私はただただ幸せをかみ締めるように彼に手を伸ばした。

 

誰にも内緒(アキアイ)

「そういえば姫野って年上の彼女いるじゃん?どこまで進んでるんだよー」

華の男子高校生が考えている事といえば、まあぶっちゃけていえばエロい事だということは分かる。
彼女がいる奴はこうやって、どこまで進んでるのか…興味津々だ。

「さあ、どこまでだろ?」

「コイツ、彼女との事になると口固いからダメダメ」

「なんだよ、もったいぶって」

笑いながら友人に小突かれる。
それでもオレは変わらず、のらりくらりとかわす。
だってアイちゃんとの一つ一つの積み重ねを他の誰かになんて勿体無くておいそれと話す気になんてならないのだ。

「ま、期待されるような内容の話はないんだけどね」

「何か言った?アキちゃん」

「今日もアイちゃんが可愛いなーって」

「…アキちゃんはいっつもそうやって冗談言って」

「冗談じゃないもーん」

今日は天気も良いので、二人で公園に寄って思い出のベンチに座って、とりとめのない会話を交わす。
コンビニで買ったおやつのポッキーをポリポリと食べているとふとアイちゃんからの視線が強くなったことに気付いた。

「アイちゃんも食べなよ」

そう言って箱を差し出すと、アイちゃんはおずおず…といった様子でポッキーを食べ始める。
なんだかリスみたいで可愛いな~とその様子を見つめていると、アイちゃんが突然オレの視界を遮ってきた。

「そんなにじっと見つめられたら恥ずかしいよ…!」

「でもアイちゃんだってさっきオレのことじーっと見てたじゃん。不公平だー」

「それは…!」

「…それは?」

アイちゃんの手をどかすと、驚いたことにアイちゃんは頬を赤らめていた。

「もしかしてアイちゃん、やらしい事でも考えてた?なーんて、」

赤くなっているアイちゃんを茶化してみると、正解だったのかアイちゃんが両手で顔を覆った。

「え!?アイちゃん?」

「ち、違うの!そうじゃなくて、違うの!」

何が違うんだか分かんないけど、とりあえずうんうんと頷いてみる。
少し頬の熱が落ち着いてきたアイちゃんはようやく顔を上げてくれた。

「…その、今日友達に」

「うん」

「彼氏とどこまで進んでるの?って聞かれて」

アイちゃんの友達に彼氏、と言われてることがめちゃくちゃ嬉しくて、顔がにやけそうになるけどアイちゃんが真面目に話してるからなんとか真面目な表情を保つ。

「うんうん。それで?」

「…そういえばここでアキちゃんに初めて抱き締められたのを思い出しちゃって」

ああ、オレも座ったとき思い出したよ。
だってオレたちの始まりの一歩がここだったんだから。

「最近ぎゅってされてないなぁ…なんて考えちゃったら、ついつい見つめてしまいました」

そう言ってアイちゃんは恥ずかしそうにオレを見つめた。
ああ、それはもう大変可愛らしくて…

「あー、アイちゃん大好き」

オレはお望みどおり、あの日みたいにアイちゃんをぎゅっと…ぎゅうっと抱き締めた。

「アイちゃん好きだよ、大好き」

あまり言い過ぎると、安っぽくなって信じてもらえなくなるかもしれない。
だけど、アイちゃんを好きだと思う気持ちが溢れてしまうのだからしょうがない。

「私もアキちゃん大好きだよ」

アイちゃんはそう言って、オレをぎゅっと抱き締め返してくれた。

次の日。
また、いつも通り友人と話しているとオレの顔を見て、一人の友人がにやりと笑った。

「お、なんか今日姫野機嫌よさそうだな!彼女となんかあったんだろう!」

「さあ、どうでしょう?」

いつものとおりかわすが、アイちゃんと何かあったのはバレバレのようだ。
そんなオレを見て、友人達は彼女つくりてーっと笑うのだった。

そんな君が好き(剛士×つばさ)

芸能人だって人間だ。
テレビや雑誌で見る顔が全てではない。
俺たちにもプライベートというものが存在するのだ。

 

「ねえねえ!ごうちんは変装とかしないの?」

「はあ?変装だぁ?」

ダンスレッスンが終わり、各々着替えていると阿修がそんな事を言い出した。

「アイドルたるもの、いつ誰に見られているか分からないんだから変装は必要だと思うぞ、剛士」

「お前と違って俺はやましいことねえっつーの」

「ふーん?つばさのことは?」

「別にやましくねえだろ」

俺たちのA&Rである澄空つばさと付き合うようになって早数ヶ月。
メンバーたちには、周知の事実となっているが職業が職業なだけにオープンな付き合いは難しい。
それを分かっているから、どこかへ出掛けたり…ということは出来ていない。

「つばさだって女の子なんだから、デートとかに憧れあると思うけどなー」

愛染が俺を煽るみたいにそんな言葉を吐いた。
俺は舌打ちをして、手に持っていた飲みかけのスポーツドリンクを飲み干した。

 

 

 

変装…変装と考えてもめがねとマスクくらいしか思い浮かばない。
よく週刊誌に隠し撮りされているヤツとかを見かけるが、そんな風にしてたってバレるだろうと呆れていたものだ。
それをいざ自分がすることを考えても全く想像できない。

「金城さん、お疲れ様です」

「おう」

支度を済ませ、更衣室を出るとつばさが立っていた。

「今日はこれで終わりですよね?」

「お前は?」

「私はこの後、社に戻って打合せが一本あります」

「そっか」

会話が途切れても、立ち去らない俺を不思議そうに小首をかしげて見つめてくる。
そういう動き一つ一つが可愛く感じてしまうのはなんなんだろうか。
火照る頬をごまかすように俺をつばさから顔をそむける。

「おまえさ」

「はい」

「眼鏡とか、どう思う?」

「金城さんがかけたら、普段と違う魅力があって、かっこいいと思います!!」

間髪いれず、そんな言葉が返ってきたもんだからそらしたばかりの顔をつばさの方へ向ける。

「そういう事を聞いてんじゃねーよ!」

こいつはいつだって俺を認めて、良いときは良いと褒めてくれる。
それがこそばゆくて、少し照れくさいのだが褒められて悪い気はしない。

「え?あ、間違えましたか!?でも、金城さんが眼鏡かけてる姿想像したらとってもかっこよかったです!」

そういう事を聞きたいんじゃないのに、たたみかけるように俺を喜ばせる言葉を続ける。

「ああ、もう…おまえは」

いちいち可愛いな…
その言葉はぐっと堪えて、つばさの腕を引き寄せてかすめるようにキスをした。

「-っ、か、かねしろさ」

「うるせぇ」

何も言うな、と言葉を続けてもう一度唇を塞いだ。

 

 

 

「おまえさ、どっか行きたいところとかねーの?」

「私は金城さん…いえ、剛士くんといられるならどこだっていいんです」

キスが終わり、聞きたかったことを尋ねればそんな無欲な言葉が返ってきた。

「はぁ、おまえってやつは」

変装する方法を考えて、あとはこいつが喜びそうな場所を…なんてガラにもない事を考えながらつばさの頭をぽんぽんとなでた。
何を考えてるのか分からないだろうが、つばさはそんな俺を見て、嬉しそうに笑った。

 

ダーリンダーリン(倫毘沙×つばさ)

「き…北門さん!」

「ん?どうしたの、つばさ」

いつも通り笑みを浮かべた北門さんの表情。
だけど、その顔が至近距離に迫ってきている。
私は思わず一歩、一歩と後ずさっているんだけど私が逃げる度に北門さんが近づく。
逃げ場はもうない、というところに来て私は堪えきれなくなった声をあげた。

「どうしたじゃないです、誰かに見られたら…」

「ここは俺たちの部屋だし、竜持も今はいない。だから安心して」

北門さんとお付き合いするように変わった事といえば、彼の少し強引な姿を見るようになったこと。
アイドルとA&Rだけの関係のとき、彼はひたすら優しくて、アイドルなのに私のことを酷く気遣ってくれた。
それは今も変わらないんだけど。

「つばさ」

私の名前を愛おしそうに囁くと、耳朶にキスを落とす。
それから頬、額、鼻…といたるところにキスをしていくが肝心の場所にはいつまで経っても与えてくれない。

「北門さん」

「なに?つばさ」

そして、付き合うようになってから北門さんは少し意地悪になった。
唇にキスを自分から絶対してくれないのだ。
私がしてほしいとねだるのが嬉しいそうで、絶対してくれない。

「…意地悪です」

「うん。つばさが可愛いからついつい意地悪しちゃうんだ」

そう笑って、また額にキスをする。

「きたかどさん」

キスしてほしいなんて恥ずかしくて言葉に出来ない。
熱の籠もった瞳で彼に訴えるが、にっこり微笑まれるだけだ。こんなに意地悪されてるのに、嫌だといえないのは…それだけ私が北門さんを好きだということ。

「…あんまり意地悪しないでください」

そう言って目の前にいる彼に勢いよく抱きついてみると、驚いたのかいつもより少し抱き締めるのが遅かった。

「つばさが可愛いから、いけないんだよ」

彼の手が私の顎を持ち上げて、唇が重なるギリギリのところまで顔を近づけられる。

「つばさの口から聞きたいな」

もう限界だ。
こんなに近くに好きな人がいるなんて、クラクラする。

「…キス、してください」

恥ずかしさを懸命にこらえて、私は彼が求める言葉を口にした。

「姫の仰せのままに」

北門さんは幸福だといわんばかりに目を細めて笑い、優しくない大人のキスをくれた。

ハニーミルク(倫毘沙×つばさ)

彼女が駆け回る姿を見ることが好きだ。
一生懸命俺たちのために駆け回ってくれて、その表情はいつも輝いて見える。
彼女が駆けることによってトレードマークであるポニーテルが揺れるのを見ることが俺の密かな楽しみだ。

 

「つばさっ、お疲れ様」

「お疲れ様です、北門さん」

雑誌のインタビューを終えると、つばさが笑顔で出迎えてくれる。

「始まる時にいなかったから来ないのかと思った」

「すいません。前のスケジュールが押しちゃって」

「竜持はつばさがいなくて寂しかったんだって」

「トモ!」

インタビューが終わってからすぐチョッパチャロスを取り出して舐めていた竜持が俺をにらみつけた。
照れ隠しで素直につばさに気持ちを伝えられないところが竜持の可愛いところだ。

「心配かけてしまってすいません。次からは間に合うようにもっと頑張りますから」

「俺たちのためにいつも頑張ってくれてありがとう、つばさ」

俺がそういうと、つばさは頬を赤く染めて笑った。
ああ、好きだ―と素直に感じた。

 

 

 

つばさは今まで出会った女の子たちと違った。
可愛い子も綺麗な子も沢山見てきたけれど、つばさはその他の女性たちと明らかに違っていた。

 

「お疲れ様です。すいません、夜分遅くにお邪魔して」

「ううん。つばさもこんな時間までお疲れ様」

時計を見ると23時を過ぎていた。
竜持はもう眠っているが、彼女を部屋へ招き入れた。

「これ、次回新曲の打合せ資料とデモテープ…あと、こないだのインタビューが掲載された雑誌も頂いたので持ってきました」

大きめの封筒を鞄から取り出し、俺に手渡す。ずしりとした重み。

「つばさの鞄って重そうだね」

「色々詰めてたらいっつも重くなっちゃって…」

つばさは苦笑いを浮かべて同意した。

「ちょっと掛けてて。今、温かいもの用意するから」

「あ、お気遣いなく!もうこんな遅い時間ですし」

「遅い時間だから。少し休んでいって」

頑張る彼女が好きだ。
キラキラと輝いた瞳で俺たちを見守る瞳も好きだ。
俺たちが馬鹿にされれば、誰よりも悔しそうに唇をかみ締める。
俺たちが褒められれば、まるで自分のことのようにはしゃいで喜んでくれる。
頑張りすぎる彼女が、今は少し心配だ。

小さな鍋に牛乳を入れて温める。程よく温まったところに蜂蜜を流しいれた。
つばさが来た時にだけ使うピンク色のマグカップを取り出して、そこにミルクを注いだ。

「お待たせ、つばさ」

「ありがとうございます」

キッチンからつばさの元へ戻ると、彼女の隣に腰掛けた。
そして、つばさはマグカップを両手で受け取ると、ふうふうと息を吹きかけてから一口飲んだ。
つばさの一つ一つの動作を見逃したくなくて、俺はつい彼女を見つめてしまう。

「ん、甘くて美味しいです!なんだろう、この甘いの…砂糖よりも優しい感じで」

「蜂蜜だよ」

「ああ!なるほど。蜂蜜は喉にも良いですしね」

「つばさは俺たちのこと、本当に大切に思ってくれてるんだね」

「え?」

「だって、蜂蜜って言ってすぐ喉のことを浮かべるなんて」

アイドルは喉も大切だ。そういう知識を日ごろから取り入れるように心がけてるという事も知っている。

「私、みなさんが歌ったり、踊ったりしている姿を見ることが凄く好きなんです」

みなさんのことが大好き。
その言葉は何度も何度も聞いた。
俺は、つばさにとってその他大勢の一人でしかないんだろうか。
俺が今まで見てきた女の子たちへ抱くような…その程度の感情しかないんだろうか。

「じゃあ俺のことは?」

「え?」

「俺のことは、好き?」

肩と肩が触れる距離で、つばさの顔を覗きこんだ。

「もちろん、好きです」

「じゃあ、大好き?」

「き、北門さん…!あの、」

「ねえ、教えて。つばさ」

つばさの手からマグカップを奪い、テーブルの上に置く。
顔を近づけると、動揺したのか潤んだ瞳で俺を見つめた。
そんな顔、他の男にもしちゃうんだろうか。

「つばさの口から聞きたいな」

「~っ!!北門さんのこと、大好きです。キラキラしていて、宝石みたいで…だけど、かっこよくもあるし、絵本の中から飛び出してきた王子様みたいな…!!」

息をするのを忘れたみたいにつばさは一気に吐き出した。
思いもよらないご褒美に俺は目を丸くしてしまった。

「…あ、あの!」

「つばさ、ありがとう」

不安げに俺を見つめるつばさが、可愛くて愛おしくて、俺も本音が零れた。

「はやく俺だけのつばさになってね」

小さな声で彼女の耳元で囁く。

「それってどういう」

その意味を言葉にして伝えても、彼女はどう受け取るか分からないから。
答えを求める唇を人差し指でおさえて、そこに口付けた。

「さあ、どういう意味かな」

つばさがいつか自分からキスして欲しいと強請るまで。

「北門さんは、ずるいです」

そう言ってつばさは真っ赤になった顔を両手で覆った。

「まだ残ってるからゆっくりしていって」

つばさ専用のマグカップを指差して微笑むと、つばさは小さく頷いた。

夢みたいだ(和南×つばさ)

今まで生きていて俺の人生で、いくつか大きな転機があったと思う。
一つはこの業界に入ったこと。
一つはMooNsのメンバーになったこと。
一つはB-projectのメンバーになったこと。

そして、彼女に出会ったこと

 

 

 

 

収録が終わった帰り道。
今日はこの現場で仕事が終わりだということで、つばさと夕食を一緒に食べようという事になった。

「あ、でも…外で二人きりで食事とかしない方がいいですよね。
大したものは作れませんが、よければ私が作ります!」

好きな子の手料理を嫌だという男が存在するんだろうか。
俺はその申し出に嬉しすぎて、こくこくと首を縦に振った。

自分は感情を誤魔化すのが得意だと思っていた。
ポーカーフェイスだと。
確かにカメラが回っていれば難なく出来る事もあるが、つばさの前だとうまく取り繕えない。
もう少しかっこいいと思ってもらえるようにしたいのに。
どんな俺でも好きだと言ってくれるけど、やっぱりかっこいいと思ってもらいたいのは男としての見栄だろうか。

 

「どうぞ、あまり広くないんですけど」

「おじゃまします」

彼女の部屋に入るのは初めてだ。
部屋に入るとすぐ対面式キッチンがあって、その奥にソファやテーブル、テレビだったりがあった。
俺はソファに案内され、そこに腰を落ち着かせる。

「結構広いね」

「そうですか?皆さんのお部屋を見てると広すぎて、家に帰ってくると凄く小さく感じちゃいます」

「だけど、一人暮らしなら…」

周囲を見渡そうとして振り返ったのがいけなかった。
奥には彼女の寝室があった。
それくらいのことで、頬が火照る。

「お茶、どうぞ」

「あ!ありがとう!」

「すぐ作りますから待っててくださいね」

「う、うん」

麦茶が入ったグラスに手を伸ばす。
熱を冷ますために麦茶を飲むが、そんな視界の端にエプロンをつけたつばさがいて、それどころではなくなる。
家に来るというのはこういう事だ。
きっと彼女はそんな事考えていないだろうし、食事に誘われた時点で俺もそこまで考えていなかった。
だけど、彼女の部屋は…彼女の匂いがする。
それだけでクラクラしているのに、エプロン姿を見て、熱は上がる一方だ。

「つばさ」

「あ、麦茶のおかわりですか?」

空になったグラスのことだと思ったらしい彼女は俺の傍にやってくる。
グラスに伸ばされた手を掴むと、つばさが俺の方を向いた。
そして、俺の顔を見て頬を赤らめた。

「ま、増長さ…」

引き寄せると、そのまま唇を重ねる。
触れるだけのキスを数回繰り返しながら彼女の体をきつく抱き寄せる。
キスの合間に漏れる吐息にさえ、反応してしまう。

「つばさ…つばさ…」

「んっ…かずなさ…っふぁ」

彼女の愛らしい口で自分の名前が紡がれる。
その感動に震えそうになりながら、開いた口の隙間から舌を割り込ませる。
彼女の舌を追いかけるように口内をまさぐる。
唇と唇が触れると、まるで愛情がそこから伝わるような優しさがあるのに。
どうして舌が触れ合うと欲望めいてしまうんだろうか。
漏れる声が艶めく。
ようやく唇を離して、彼女を見つめた。

「つばさ…俺のものにしてもいい?」

つばさは、言葉の意味を理解したのか更に頬を紅潮させた。
そして俺の頬に優しく触れて、こう言った。

「私はもう和南さんのものです。だけど…その、ここじゃなくてあっちがいいです」

つばさは恥ずかしそうに寝室の方を指差した。
俺は頷くと、彼女を抱き上げた。

「えっ!?和南さん!」

「いいから、俺に任せて」

抱き上げると恥ずかしそうに俺の胸に顔をすり寄せる。
ベッドに下ろしてから、すぐキスをする。
啄ばむようなキスをしながら手は彼女の服を脱がせようと動かす。

「つばさ、脱がせていい?」

「…あまり見ないようにしてください」

上目遣いにそう強請られるが無理な話だ。
それにはにっこり笑って返事をせず、彼女の服を脱がせていく。
下着姿になった彼女を見て、頭に血が昇っていく感覚に襲われる。

「そ、そんなに大きくないんで…!あんまり見ないでください…!」

「それは無理だよ」

もう限界だった。
恥ずかしそうに頬を赤らめて体を隠そうとする手をベッドに押し付け、唇を塞ぐ。
ブラジャーを上にたくしあげるようにすると、彼女の胸の突起に触れた。
キスで口を塞がれているせいでくぐもった声しか出ないが、彼女の体が震えた。
指の腹で優しく突起を刺激しながらもゆっくりと胸を揉む。

「つばさの胸、やわらかい」

「んっあぁ…!そんなはずかしいこと…っ!!」

ちゅ、とつばさの頬に口付けると、そのまま体を下にずらしていく。
首筋に舌を這わせると彼女の声が漏れる。

「声、かわいい」

「んっ…あぁ…っ!」

下着をずらそうとすると、つばさの手が俺の手をおさえた。

「いやだった?」

「そうじゃなくて…かずなさんも脱いでください」

そう言って、俺のシャツをきゅっと握った。
彼女に触れたいばっかりに自分が脱ぐのを忘れていた。
俺は自分の着ているシャツを脱ぎ捨てた。

「……」

「どうかした?」

「…かずなさんはえっちです」

「え!?」

「どうしてシャツを脱ぐだけでそんなにえっちなんですかー!?」

つばさは赤くなった顔を両手で覆い隠してしまう。

「つ、つばさ?」

「ずるいです、かずなさん」

さっきから何度も何度も俺の名前を口にする。
それがいつもより少し舌足らずな感じがしてぐっと来る。

「つばさも俺にさわって?」

彼女の手を取ると、自分の腰当たりに触れさせる。
赤く染まった顔で俺を見上げる。

「…かずなさん、かっこよくてどうしていいかわかんないです」

ぷつりと理性の糸が切れた。

「つばさは俺だけを見ていてくれたらいいよ」

返事は聞かずに再び唇を塞いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「和南さんって…ずるいです」

「ん、どうして?」

腕枕をしていると、彼女が頬を膨らませた。
普段はトレードマークになっているポニーテールも、今は解かれていつもより大人に見える。

「私ばっかりドキドキしてた気がします」

そう見えていたなら良かった。
彼女をようやく自分のものに出来ると思ったら高揚と少しの不安でゴムをつける手が震えたなんて言えるわけがなかった。
初めて抱いた彼女の体は柔らかくて、温かくて、ずっとそうしていたいと思う程だった。
けど、全てが終わってこうして彼女が俺の腕の中にいてくれることの幸福はそれとは違った安らぎをくれた。

「俺もすごくドキドキした…つばさが綺麗で」

「もう…」

甘えるように彼女が擦り寄ってくる。
それが嬉しくて、俺は彼女の肩を抱く。
と、きゅぅと忘れていた空腹が訴え出した。

「…今日は僕がご飯つくろうか?」

「あ、そういえばご飯まだでしたね」

「うん、無理させちゃったから」

今さっきのことを思い出したのか、つばさが顔を赤くした。

「…っ」

「次こそはつばさの手料理、期待してます」

「はい…!
でも、今はもう少しだけ…このままでもいいですか?」

「うん、キミが望むならいくらでも」

ベッドの中、体を寄せ合うと愛を示すような優しいキスを交わした。

 

王子様になりたいわけじゃない(悠太×つばさ)

夏はいつだって熱い。
じりじりとした日差しのおかげで汗が止まらない。

「はーい!!一旦休憩はいりまーす!」

今日はとある番組のロケ。
15分ぐらいの尺だけど、毎週Bプロメンバー数人が出演させてもらえるありがたい枠だ。
今日は阿修くんと是国さんの二人のロケだ。
二人といえばスイーツ…と周囲の人間も思っているのだろう。
そのおかげで今日はアイスクリーム特集だ。
何軒かのお店へ行き、二人が新作アイスを食べる。
美味しそうに食べる二人を見てると、こっちまで幸せな気持ちになる。

「つばさ、生きてる?」

是国さんが私の傍に来ると、ぐっと顔を近づけてきた。
是国さんは女の子と見間違えるくらい可愛い顔立ちをしていて、睫なんかも私よりも長いし目もぱっちりだし…
顔を近づけられるのは心臓に悪い。

「だ、大丈夫です!」

慌てて一歩後ずさると、体から力が抜けた。
まずい、倒れる…!と思った時、誰かに抱きとめられた。

「つばさちゃん、大丈夫?」

「あ、阿修くん…!」

振り返ると、阿修くんが私を抱きとめていてくれた。

「すいません、ありがとうございます!」

離れようとするが、阿修くんは私の肩と腰を掴んだまま離してくれない。

阿修くん、その…もう大丈夫なので」

「ううん。離さない」

にっこりと笑う阿修くんが、なにやら怒っている気配を感じる。
助けを求めるように正面にいた是国さんを見つめるが、目をそらされる。

阿修くん…!私、汗いっぱいかいてるし!その!」

「はいはい、つばさちゃんこっち」

体から手は離れたが、代わりに手をひかれて二人の移動車へと連れて行かれる。
外からは覗けないようにスモークガラスにカーテンをしている車内。
今は休憩中だし、運転手さんもいない。
あれよあれよという間に奥へと追いやられ、後部座席まで移動させられる。

「はい、どうぞ。つばさちゃん」

「え?」

阿修くんはにっこり笑うと、自分の膝の上をぽんぽんと叩く。

「え?じゃなくて、膝枕」

「えーと…どうしてですか?」

「つばさちゃん、ふらついてたでしょ。ちょっと休んだ方がいいよ」

戸惑っていると、再び手をつかまれそのままされるがまま、阿修くんの膝の上に頭を乗せた。

「つばさちゃんはいい子いい子」

そういいながら私の頭を優しく撫でてくれる。
さっきも思ったけど、阿修くんは無邪気な明るい子…というイメージが強かったけど私を支えてくれたときの力強さやこうして撫でてくれる手の大きさとか。
ああ、男の人なんだと急に自覚させられる。

「あれ、つばさちゃん顔赤い」

「え!?いや、熱くて…!」

「ふーん?」

ぱたぱたと手で自分の顔を仰ぐも、阿修くんの視線に耐え切れずに顔を逸らす。
なんでこんな状況になっているんだろう、恥ずかしい。

もしかしてつばさちゃん、ドキドキしてたりしてー」

「~っ!!」

図星をつかれて、私は言葉を失う。
そう…今すごくドキドキしている。
歌をうたったり、演技をしたり…そんな皆さんを見ていて胸がときめく事は何度も何度もあった。
けど、このドキドキは…

「もうすぐ休憩終わっちゃうけど、いい子にして俺たちのこと見ていてね」

阿修くんはそう笑うと、私の前髪をそっとよけて、キスを落とした。

「あ、阿修くん…!?」

「ねえ、つばさちゃん。
俺も今、すっごいドキドキしてる」

私の手をとると、自分の胸へと持っていく。
ドクンドクンと彼の鼓動が伝わる。

「なんでだろうね?」

「そ、それは」

ある日少年は、大人の男の人になるって聞いたことがある。
今まで可愛い可愛いと思っていた人が、急に…

 

 

 

「つばさー!悠太ー!そろそろ出てこないと収録再開だってー!」

「はーい!今行くー!」

是国さんの声が聞こえると、阿修くんが元気いっぱいに返事をする。
私は起き上がり、阿修くんが先に下りようと動く。

「つばさちゃんはもう少ししてから来たほうがいいよ」

「え?」

「顔、真っ赤」

私のほっぺたをつんつんとつつくと、阿修くんはいつも通りの笑顔を浮かべた。
阿修くんが降りた後、私は手鏡で自分の顔を確認した。
いわれたとおり、顔が真っ赤だった。

(…阿修くんに、こんな風にドキドキするなんて)

火照りはその後もなかなかひいてくれなかった。

 

Trick or Treat(剛士×つばさ)

XOXOの撮影で、ハロウィンの仮装をすることになった。
初め、その撮影の内容を聞いた時とってもわくわくした。

「えーと、愛染さんがミイラ男手、阿修くんがかぼちゃ…?
で、金城さんは…!?」

金城さんは狼男だった。
狼ということは…獣耳をつけるということだ。
私が担当になったばかりのXOXOの撮影で猫耳をつけろという指示に激怒した金城さんが頭の中で蘇った。

(まずい…まずいんじゃ、これ!)

「あ、これが今日の衣装?うわー!見てみて、ごうちん!ごうちん狼男だって!」

頭を抱えていた私の横を通り過ぎて、阿修くんはその衣装を見つけて金城さんを呼んだ。

「はぁ?狼?」

「ほら、耳ある」

「やったじゃん、剛士」

「うるせえ。そういうお前らはなんなんだよ」

私の杞憂なんてそっちのけで、三人で衣装を確認し、笑い合っていた。
その姿を見て、私は一人胸をなでおろした。

 

 

そして、準備が終わると撮影が始まった。
それぞれの衣装に着替え、ハロウィンのセットに移動した三人を見て、私は頬が緩んだ。
Bプロの中でもTHRIVEはクールというか、かっこいい路線がとても似合うし、そういう撮影が多い。(昔のにゃんにゃんポーズ事件はさておき)
だけど、そんな彼らも今回ばかりはとても可愛かった。

「金城くん笑ってー」

カメラマンさんの指示に、以前なら機嫌を損ねた金城さんが今は笑っている。
金城さんは随分丸くなった気がする。
ストイックな部分はそのままといえば、そのままだけど、まとう空気も少し柔らかくなった気がする。

 

「はーい、一旦休憩でーす」

スタッフさんの声がかかり、私は三人に飲み物を手渡す。

「お疲れ様です」

「さんきゅ、つばさ」

「ありがとー!つばさちゃん」

「ん、サンキュ」

愛染さん、阿修くん、金城さんの順番で手渡すとそれぞれ飲み始める。
金城さんの耳と尻尾に目がいってしまうのは仕方がない…と思う。
私の視線に気付いたのか、金城さんと目が合う。

「なんだよ、そんなに見て」

「あ、いえ…!」

「ごうちん可愛いよねー!」

「うるせえ、阿修」

阿修くんの言葉を一蹴し、金城さんはスタジオから出て行こうと歩き出した。

「剛士、どこ行くんだ?」

「トイレだ!」

愛染さんの言葉に言い返すと、金城さんはそのままの格好で出て行った。

「…剛士、意外と気に入ってるんじゃない?あれ」

「はっ!金城さん!!」

耳と尻尾をつけたまま出歩くなんて勇気のいることを…!
私は慌てて金城さんの後を追ってスタジオを飛び出した。

 

 

 

「金城さん!!」

尻尾を揺らしながら歩く金城さんをなんとか捕まえる。
人通りは全くなくて、私はほっとして息を吐いた。

「ん?どうした、澄空」

「その…耳と尻尾がついたままだったので、外してからお手洗いに行った方がいいかなって」

「-っ!」

金城さんは忘れていたらしく、私の言葉に慌てて頭の上の耳に触れた。

「ったく…ハロウィンなんて、日本に関係ないだろうが」

「でも!ハロウィン特集のおかげでこんな可愛い金城さんが見られたので私は凄く素敵だと思います!!」

恥ずかしさを誤魔化すように吐き捨てるようにハロウィンへの不満をいう金城さんに食い気味に伝える。
心なしか頬が赤くなった金城さんが私をじっと見つめる。

「俺が可愛い…だって?」

「はい!狼の耳と尻尾がとってもよく似合っていて…」

言葉を続けようとしたその時-
気付けば私の背中は壁に押し付けられ、金城さんとの距離があと数センチ…いわゆる壁ドンと言われる格好になっていた。

「え!?金城さん?」

「狼に可愛いなんて言って、覚悟できてんのか?」

至近距離で見つめられた事なんてなくて、金城さんの視線にドギマギしている自分がいた。

「澄空」

金城さんが私の耳に唇を寄せて、こう囁いた。

「Trick or Treat」

さすが金城さん。発音が良いなと場違いな事がまず頭に浮かんだ。
だけど、その後にすぐ恥ずかしさで逃げ出したくなった。普段も綺麗な人だと思っていたけれど、こんなに近くでこんな風に囁かれたらもう駄目だ。
膝の力が抜けて崩れ落ちそうになると金城さんの手が私を抱きとめた。

「澄空…っ、」

「あ、すいません…!」

慌てて顔を上げるとキスが出来そうな距離だということに気付いてしまった。

「~っ!」

私はポケットからのど飴を取り出し、金城さんの口の中に無理矢理押し込んだ。

「んっ!!!」

「お、お菓子です!!」

私は金城さんの腕からなんとか抜け出し、スタジオまで走っていった。

「…のど飴って、お菓子か…?」

金城さんのぼやきは、私の耳には届かなかった。

 

 

 

「おかえりー!ってあれ?つばさちゃん、ごうちんは?」

「え!?あ、金城さんはお手洗いに行くって」

阿修くんは私の手を確認して、首をかしげる。

「耳と尻尾は?」

「あっ!!」

それを止める為に追いかけていったのに。
火照った頬を両手で押さえる。

「…ハロウィンって凄いですね」

「へ?」

さっきの金城さんの声や視線を思い出してしまい、また顔が熱くなった。
そんな私を見て、何にも知らない阿修くんがさらに首をかしげた。

fall in love(和南×つばさ)

人生には思い切りが大切だ。
この業界に入る時、俺はその言葉を何度も反芻した。

 

「ま…増長さん?」

なぜ今そんな事を思い出したかといえば勢いに身を任せて彼女を押し倒しているから。
呆然と俺を見上げる栗色の瞳に、自分の姿が見えた。
彼女の瞳に自分しか映らない状況になる日がどれだけ渇望したか分からない。

「澄空さん、俺は…」

 

 

 

 

 

番組のロケ。
地方での撮影なので、宿泊の予定にはなっていた。
もちろん夜はスタッフさんも一緒に食事会になることは分かっていたが、まさかお酒を薦められるとは思っていなかった。
なんとかかわそうと努力はしてみたものの、明日は東京に戻るだけだったので、断りきれず飲むことになった。
元々あんまり強くない上に、すぐ顔が赤くなってしまい、俺を心配した澄空さんがそっと連れ出してくれた。
もう宴会状態になっていたので、俺たちがいなくなっても誰も気にしなかった。

「増長さん、大丈夫ですか?」

足元がおぼつかない俺を心配して、澄空さんは俺の腰あたりを支えてくれる。
彼女の体温が伝わってきて、ぞくりとした。
なんだろう、コレ。
今日は、 珍しくひとり部屋。
色々と条件は揃っていた気がする。
部屋のなかまで俺を運ぶと、冷蔵庫の中からミネラルウォーターを取って渡してくれた。

「はい、お水です」

「ありがとう」

「それじゃあ、私はこれで…」

「す、澄空さん!」

彼女の腕をとっさに掴んでいた。
振り返ったとき、彼女の愛らしいポニーテールが揺れた。

「少し話でも…どうかな」

「体調、大丈夫ですか?」

「うん、さっきよりは楽になったよ」

「それでしたら、少しだけ」

アイドルの部屋にいるのはさすがにまずいと彼女も思っているようで、少しそわそわしている。
そわそわしているのに、彼女は俺の隣…つまりベッドに座った。

「今日のロケ、凄かったですね」

「うん、まさか俺もあんなことするなんて思ってなかったからびっくりしたけど貴重な体験だったなぁ」

「アイドルって色んな事をするんですね、凄いです!」

改めて、そう思ったんだと彼女は笑う。
その笑顔を見て、なぜか理性の糸がぷっつりと切れてしまった。

彼女の肩に手を置く。
それからそのまま後ろへ押し倒した。

「ま…増長さん?」

彼女の瞳が動揺で揺れた。

「澄空さん…澄空さん」

彼女を呼ぶ。

「どうしましたか、増長さん」

俺が酔っていると思っているんだろうか、澄空さんはなんとか平静を保ったような声で俺の声に応える。

「ごめん…キス、するね」

「えっ!?」

さっき俺の体を支えるために添えられた手だけで、正直ぐらついていた。
あっさりそのぐらつきに従ってしまったのは、酒のせいだろう。
だけど、いつも彼女との距離をつめようとしてもうまく出来ない。
彼女の紅く色づく頬に触れることさえ出来なくて、何度も拳を握り締めた。澄空さんに覆いかぶさった状態で、そのまま顔を近づける。
彼女もどうしていいか分からない様子だったが、顔を近づけるときゅっときつく目を閉じた。
顔を背けられると思ったのに、まさかこんな反応されると思ってなくて頭の中が真っ白になった。

(触れて、いいんだ…)

そう思うとたまらない気持ちになる。
目を瞑る彼女にキスをしようとした時ー

ガツ、

とキスをする時にしないような音がした。

「~っ!」

「ご、ごめん!!」

思い切り歯がぶつかってしまった。
さっきとは違う意味で頭が真っ白になるし、恥ずかしくて顔が熱い。

「いえ!大丈夫です!」

口をおさえながらも澄空さんは俺をフォローしようとしてくれる。
さっきのいつもと違う雰囲気はどこかへいってしまった。
自分の愚かさに泣きたい気持ちになり、そのまま澄空さんの上に倒れこんだ。

「増長さん?」

「ごめん…了承もなくキスしようとしたのに、失敗して…なんだかもう色々とごめん」

俺がそう言うと、澄空さんはくすりと笑った。

「いつも完璧な増長さんの意外な一面が見れちゃいました」

「え?」

「お酒があんまり強くないことも今日初めて知りましたし、こうやって…恥ずかしくて赤くなったりとか。
当たり前のことなんですけど、私の知らない増長さんがたくさんいるんだなぁってちょっとだけわくわくしちゃいました」

「…澄空さん」

「はい、なんでしょうか」

「もう一回、キスしてもいい?」

自分でも驚くくらい、甘い声が出た。
すぐ近くに見える彼女の耳が真っ赤になった。

「その前に聞きたいことがあります」

「うん、なに?」

「その…どうしてキスを」

ああ、肝心なことを言ってなかった。
俺は彼女の手を包み込んだ。

「俺はキミが好きなんだ」

ようやく言えた告白に、澄空さんは

「私も、増長さんが大好きです」

そう言って、とびきりの笑顔を見せてくれた。

狼になりたいお年頃(和南×つばさ)

「ねえねえリーダー!!俺らもハロウィンやろうよ!!」

そんな事を暉が言い出したのはTHRIVEが雑誌の取材でハロウィンの仮装をしたという話を聞いたからだ。
生憎俺たちにはそんな企画ものの予定はないから、プライベートでやりたいという事だ。

「うーん、そうだね」

たまにはそんな事するのも悪くないだろう。

「わーい!やったあ!たつ!たつは何の仮装する!?」

「落ち着け、暉。ソファの上で跳ねるなといつも言っているだろう」

「ももたす!ももたすはまみりんのコスプレですよね!?」

「みか…それは仮装じゃない」

思い思いに喜ぶメンバーを見て、受け入れてよかったと笑う。

 

 

それから数日経ち、仕事が早く終わる日にMooNsでハロウィンパーティーをする事になった。
準備していた衣装に着替えてると、チャイムが鳴った。

「あれ、誰か来たのかな」

「そうそう!つばさちゃんに声かけておいたんだー!」

「え!?澄空さんが!?」

耳を装着したところだった。
何の耳かというと、これは…その狼だ。

「はいはーい!今あっけまーす!」

「ちょ、待って!暉!」

暉が玄関に駆け出していくのを静止しようとするが遅かった。

「こんばんは、皆さん」

「澄空さん…!」

「わぁ!増長さん!可愛いですね!!」

俺の姿を見て、澄空さんは両手を合わせてはしゃいだ声を出す。

「可愛いって…」

「それは…わんちゃん?の格好ですよね!」

「いや、これは…」

「つばさちゃん!見てみて!俺はねー!じゃーん!!ドラキュラ!!」

「暉くん似合ってます!かっこいいですね!」

「へへーん!やっぱり?ほら、牙とかもちゃんとあるんだよー!」

暉があっという間に澄空さんをかっさらっていく。
その無邪気さに澄空さんも笑顔を絶やさない。
それから他のみんなの仮装を見て、褒めちぎっていく。
ハロウィンパーティーということで、ももと帝人がメインになって用意してくれた料理を一緒に食べる。

「つばさちゃんも仮装すればいいのに」

「私は皆さんみたいに似合いませんよ~」

「そんな事ないです!つばささんには魔女っこまみりんの!」

「みか、落ち着け」

みんなでわいわいやるのも好きだし、楽しい。
だけど、そわそわしている自分がいる。

(彼女にこんな格好してるのを見られるなんて考えていなかった…どうしよう)

わんちゃんと言われてしまったが、俺の仮装は狼男だ。
それに気付いてもらえないくらい…俺は格好いいとは思われていないんだと思うと少し胸が痛んだ。

「お茶でも淹れてくるね」

テーブルの上の飲み物が切れそうになったのを見つけ、俺は席を立った。

「私も手伝います!」

「大丈夫だよ、澄空さん」

「手伝わせてください」

「…それじゃあお願いしようかな」

二人でキッチンへ移動すると、ヤカンに水を入れて沸騰を待つ。

「今日、誘っていただけて凄く嬉しかったです。ありがとうございます」

「楽しんでくれたなら良かった」

「なんだか貴重な増長さんも見られて、ラッキーです。私」

「そうかな」

「普段、かっこいい増長さんを見てる分…今日の増長さんは可愛らしいですし」

「-っ!」

普段かっこいいと思われていたなんて初耳だ。
動揺を悟られまいと首筋を撫でる。

「澄空さんには、これ…何の仮装に見えてるのかな」

「わんちゃんですよね!尻尾と耳が可愛いです!」

今日はハロウィンパーティーだ。
少しだけ、少しだけ…

「澄空さん、トリックオアトリート」

澄空さんとの距離を詰める。

「え!?あ、今お菓子持ってなくて」

「トリックオアトリートの意味、分かってる?」

もう数センチという距離まで近づくと、澄空さんの頬が紅くなった。
耳元へ唇を寄せ、

「お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞってこと」

「~っ!ま、増長さん!」

耳朶にちゅっ、と音を立ててキスをすると、彼女の愛らしいポニーテルが跳ねた。

「ひゃっ…!」

彼女の口から漏れた可愛らしい声にもっと触れてみたくなる衝動にかられる。
ダメだ、悪戯の範疇を越えちゃダメだ。
少しだけだから、悪戯なんだから

「増長さんってば!!」

「だって澄空さんがお菓子くれないから。ごめんね?びっくりした?」

「もう…ドキドキさせないでください」

ぽろりと出たその言葉に俺がドキドキする番だった。
ちょうどい良いタイミングで、ヤカンが沸いたことを告げた。

 

 

「おかえりー!二人とも!」

「あれれ?なんだか二人とも顔赤いですよ、何かありましたか?」

「え!?な、何もないですよ!ねえ、増長さん!」

「うん、そうだね」

からかうメンバーたちの元に戻り、パーティーを再開する。
いつか、もっと…もう少し長く彼女に触れられるように。
ハロウィンパーティーに感謝しながら、僕はさっきの澄空さんを思い出す。
今夜は、眠れないかもしれない。

恋の落し物(和南×つばさ)

反発心というと、子どもじみてる気がする。
ことある事に耳に残る、その言葉。

『つばさ、今日の予定はどうなってるの?』

『つばさ、こっちにおいでよ』

『つばさ、・・・』

 

名前を呼ばないとしゃべれないのか、と思わずにはいられない。
彼女の隣も露骨にキープしている。
澄空さん自身は気にしていないようだが、俺はその声を聞くたびにもやもやとした気持ちが生まれる。

 

「あ、増長さん!」

雑誌のインタビューが終わり、一息ついてると澄空さんが現れた。

「お疲れ様です」

「お疲れ様、澄空さん」

「これ、良かったらどうぞ」

紙コップを手渡され、手の中にほんのり温かみが伝わる。
彼女みたいに優しい香りがした。

「カモミールティー?」

「はい、喉にもいいって言いますし」

「ありがとう」

今回のインタビューはMooNsメンバーひとりずつ特集してくれるそうだ。
トップバッターが俺だったので、それで心配してくれたのか澄空さんがついてきてくれたのだ。
普段、ひとりの仕事の時に彼女がついてくるということはほぼない。
何がいいたいかと言うと、緊張している。
仕事に対してではなくて、彼女とふたりだけの時間が突然舞い込んできたことに対してだ。

カモミールティーを飲む俺をみて、澄空さんはにこにこと笑っている。

「…その、そんなに見られたら飲みづらいかな」

「あ!すいません!そんなつもりはなかったんですけど!」

慌てて両手をぱたぱたとさせる。

「増長さんと二人だけってあんまりないから、少しだけ嬉しくて」

「-っ、嬉しい?」

思わぬ言葉に頬が熱くなる。

「はい!増長さんのこと、もっと知りたいって思いますし。
普段、みなさんといるとき、増長さんは周囲にとっても気を配っていらっしゃってなかなか自分のやりたいような発言、出来ないのかなって」

「自分のやりたいこと、出来てないつもりなんてないよ」

確かにみんなをまとめたり、バランスをとることは多いが、嫌でやっているわけではない。
ただ、彼女が俺を気遣ってくれていることが嬉しい。
俺に限ったことではない。
彼女はみんなをそれぞれ良く見ている。
だから、それだけだ。

だけど…

「澄空さんがそうやって気にしてくれて嬉しいよ、ありがとう」

「いえ、そんな…!」

恥ずかしそうに頬を紅くして、俯いた。
そんな表情、きっと誰にでも見せてるんだろうな。
…きっと、いつも傍にいようとするアイツのほうが、見ている
そんな事がよぎったら、たまらない気持ちになる。

「澄空さん」

名前を呼ぶと、彼女が顔を上げた。
手を伸ばして、彼女の頬に触れようと…

「糸くず、ついてる」

「あ、ありがとうございます!」

彼女の柔らかい髪に触れた。
糸くずなんてついてなかった。伸ばしてしまった手が触れたかったのは、彼女の色づいた頬だったのに。
臆病な俺は、誤魔化して触れる事しか出来ない。

 

反発心だけかと思ってたけど。

もしかしたら…

「澄空さんは、好きな人とかいる?」

唐突に、その言葉を投げかけた。

「私はBプロのみなさんが大好きです!」

間髪なく返ってきた言葉は、きっと本音だ。
つまり、誰も彼も今は同列ということ。

「そっか」

なら俺にもきっとまだチャンスはある。
澄空さん…いや、つばさが淹れてくれたカモミールティーを飲み干す。

「ごちそうさま、つばさ」

「え?」

初めて、彼女を名前で呼んだ。
驚いたように俺を見つめる彼女が、微笑んだ。

「増長さん、顔真っ赤です」

「-っ!慣れないこと、したからかな」

恥ずかしさを誤魔化すようにもう一度紙コップに口をつけるが、そういえば今飲み干したんだった。

「もう一杯持ってきますね!」

「あ、うん」

席を立って消えていく姿を確認してから机に突っ伏した。

「まずは俺が慣れなきゃ…」

彼女に意識してもらうためにも、俺がまず変わらなきゃ。
そんな事を決意した、初めての二人の時間。