魔法が解けるとき side T(倫→つばさ←和)

ガラスの靴を忘れていったシンデレラ。
俺はその靴を持って君を探した。
着飾った君に一目ぼれしたわけじゃない。
けれど、俺に会うために身につけたそれは一体誰に用意させたんだろう。
素直に君を見つめられない、もう。

 

魔法が解けるとき

 

「…というわけで以上です。不明点などありますか?」

「ううん。大丈夫。遅くまでつき合わせちゃって悪かったね、つばさ」

「いいえ。北門さんこそお疲れ様でした」

打合せを終えて、つばさは相棒の手帳を閉じた。
これで彼女の仕事の時間は終わりだ。

「つばさ、この後は家に帰るだけ?」

「そうですね。直帰する予定にしてきてあるので、家に帰って、まとめておきたいことがあるのでそれをやって…ですかね」

「…いつもありがとう、つばさ」

「いいえ、そんな」

つばさの目の下をそっと指でなぞる。

「クマ、出来るくらいまで頑張ってくれてるんだね。ありがとう、つばさ」

「…北門さん」

つばさはどうしていいか分からないといったように視線をさ迷わせた。
そして、ゆっくりと瞬きをしてから俺の手をやんわりと拒絶した。

「私は皆さんのお力に少しでもなりたいです。
今日はお疲れ様でした、ゆっくり休んでくださいね」

つばさは笑顔を貼り付けた顔で、俺にそう言った。
俺も作り笑いを浮かべて、つばさへ返事をした。

 

 

先日、MooNsの部屋につばさがいるという話を聞いて、会いに行こうとした。
チャイムも鳴らさずに入ろうとした俺が悪かった。
ドアをそっと開けて入り、リビングを見ると和の膝枕で眠るつばさが飛び込んできた。
それだけでも驚きだったのに、和がつばさに…
あれを見て、初めて和の気持ちを知った。
そして、それと同時に自分の気持ちも自覚した。

 

初恋は幼いとき。
パーティーを抜け出した庭で。

それ以降、誰かと出会ってもトクベツ心が惹かれるということはなかった。
綺麗な人、可愛い人。何かを頑張っている人。
魅力的な人間は世の中に沢山存在する。
だけど、俺は澄空つばさという子に恋をした。

初めて出会った時はポニーテールの髪が揺れて、みんなの前で緊張する姿を見て、ああ可愛いなと思った。
だけど、その印象はすぐ崩れた。
可愛いな、という印象は勿論変わらなかったけれど、可愛いだけではなかった。
天才的な耳と、彼女なりの言葉で俺たちを助けようとしてくれた。

彼女の頑張りに応えたい。
いつしか強くそう思うようになっていったし、気付けば彼女の隣を誰にも渡したくないと強く思うようになっていった。

 

「恋とは、誰かを傷つけるものである」

「…どうしたの?竜持」

つばさが去った後もソファに座ったままの俺の隣に竜持が座った。
チョッパチャロスをいつものように舐め、一つ俺に差し出してくれた。

「ありがとう、竜持」

「トモ、らしくない顔してた」

「そうかな…うん、自分で思ったよりもショックだったのかもしれない」

つばさに拒絶されるように、逃げられるみたいに。
彼女自身が何を思っていたか分からないけれど、今まで触れてもつばさは露骨な拒絶はしなかった。
どうしよう、困った…という風な様子は見て取れたけど、嫌がってはいなかった。
だから俺もある程度の距離感で触れていたのだ。

「トモは王子様だよ、大丈夫」

竜持がそう言って笑った。
俺は「ありがとう」と小さく返して、チョッパチャロスを口に含んだ。

 

 

夜、眠る時つばさのことを考える日が増えた。
そんなことばかりしていたからか、ついに夢にまでつばさが出てくるようになった。
けど、それは幸福な夢ではなくて、彼女の笑顔は決して俺に向けられない。
そんな悲しい恋の夢だった。

 

そんな夢を見た日だった。
仕事が終わり、マンションへ帰ってくるとちょうど外出しようとする和と出くわした。

「やあ、和」

「お疲れ、トモ」

それだけ言葉を交わすと、俺の横を和が通り過ぎていく。

「和、あのさ…」

振り返って、和の背中に言葉を投げかける。
自然と口が動いていた。

「俺、つばさが好きみたいなんだ」

そう、言葉にするとこんなに簡単なのに。
どうして俺は今、こんなに苦しいんだろう。

「…だから何なんだよ」

「…」

「俺に諦めろって言ってるのかよ…!!!彼女を、諦めろって!?」

血でも吐き出すように、苦しそうに和はその言葉を口にした。
驚いて俺は動けなかった。
振り返って、俺を睨みつけた和の瞳には怒りなのか哀しさなのか…色んな感情が混ざり合っているように見えた。

「俺は諦めない。誰にも譲れない…!」

そう言葉を吐いて、和は出て行った。
俺はただ黙ってその場に立ち尽くした。

 

『恋とは、誰かを傷つけるものである』

 

ふと、竜持の言葉を思い出していた。
恋とは、ただ甘くて優しいだけの感情じゃないんだと、今更俺は自覚したんだ。

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