子どものとき、絵本の世界に存在するお姫様に憧れた。
女の子なら誰だって一度は夢を見るだろう。
いつか白馬に乗った王子様が私を迎えにきてくれると。
だけど、大人になるにつれて…
いや、彼らを見つめるようになって私は…
魔法が解けるとき
最近、気持ちが落ち着かない。
スケジュール管理が甘くて、慌てることが多かったのか?といわれればそんな事はなく、逆に順調に行き過ぎている。
「…疲れてるのかな」
トイレの鏡に映る自分の顔をじっと見つめる。
そこに映るのはちょっと顔色の悪い自分。
こないだ、北門さんに目の下のクマを指摘された。
あれ以来、寝る前には目元を温めたりしてケアをするようにした。
しょっちゅう会う人間の顔が疲れていたらきっと彼らも気が滅入るだろう。
しっかりしないと。私はBプロのA&Rなんだから。
思い切り息を吸い込み、それから吐き出す。
私は気持ちを切り替えて、トイレを後にした。
「つばさ、最近恋とかしてる?」
「えっ!?」
金城さんのレコーディング中、愛染さんが私の隣に座ってそんな事を口にした。
「恋なんて、そんな余裕ないですよ」
「そう?恋なんて余裕があるとか関係なしにしちゃうもんんだけどね」
愛染さんはにやっと笑って、マグカップのお茶を一口飲んだ。
恋…
学生の頃は、好きな人が出来たこともあった。
だけど、片思いは実ることもなく。実らせたいと思う程の強い気持ちを誰かに抱くこともなかった。
私は今、恋をしているんだろうか。
「私はキラキラ輝くみなさんに恋してるのかもしれません」
初めて生で見た彼らの歌とダンス。
あんなに胸がときめいたのは生まれて初めてだった。
もっともっと輝く彼らを、欲をいうなら誰よりも近くで見ていたい。
そんな気持ちだった。
「じゃあ、つばさの恋のお相手に俺も入ってるのかな?」
「ふふ、そういうことになるのかもしれませんね」
最初の頃は愛染さんの言葉一つにもいちいち赤くなってしまっていたが、今では愛染さんの冗談に笑って返せるくらいには成長した。
それから収録も無事に終わり、私は会社に戻って事務作業にとりかかった。
次の新曲に備えて、ホームページを一新したいという話をしていたのだ。
イメージを伝えるために一心不乱に書き込んでいく。終わる頃にはもうすぐ日付が変わるところだった。
自分の時間をうまく管理するのも仕事の一つだ。
没頭するのは良い事だけど、私は一つのものに入れ込むと周りが見えなくなる。
だから自分で自分を律しなければいけない。
彼らの為に。彼らがいつまでもキラキラと輝く王子様でいるために。
急げば終電に間に合いそうだ。
私は全速力で走ると、なんとか終電に飛び乗ることが出来た。
席に座り、降りる駅までぼんやりとしていると、スマホが振動し始めた。
着信は、増長さんだった。
電車で取ることも出来ず、私は駅につくとすぐさま掛けなおした。
数コールで彼に繋がる。
「もしもし、お疲れ様です!澄空です」
『お疲れ様…あれ?もしかして、外?』
「あ、そうなんです。今、帰っているところで」
『こんな遅くまでお疲れ様』
「…ありがとうございます」
増長さんの優しい言葉に、今日の一日の疲れが吹っ飛びそうだ。
『夜道とか危ないよね…もしよければ家に着くまで話しててもいいかな』
「勿論です!あ、でも増長さん、何か用事があったんじゃ…?」
私がそう言うと、電話の向こうでなにやら声を詰まらせる増長さん。
『…あー…うん』
「?」
『ちょっとだけ…澄空さんの声が、聞きたくなった』
「…!!」
思いも寄らない言葉に、私の鼓動は高鳴った。
「…ありがとうございます」
なんと返していいか分からず、思った言葉を口にする。
増長さんの穏やかさは、心地よい。
グループをまとめる彼はやっぱり穏やかな包容力がある。
それが増長さんの全てじゃない事は分かっているが、やはり彼の本質はそれなんじゃないかと思う。
「増長さんは優しいですね」
『そうかな…俺は、自分のことばっかり考えてるような男だよ』
「そうでしょうか」
『ほら、小さい頃読んだ絵本でさ、白雪姫の女王様って俺なのかなって思ったくらいに』
「鏡よ鏡よ鏡さん?」
『そうそう。女王は世界で一番綺麗でいたかったんじゃなくて、ただ誰かの一番でいたかっただけなのにって思ったらそっちにばっかり感情移入しちゃって』
「ふふ、優しいですね」
『…だから俺は王子様になれないのかな』
その声が、酷く寂しそうに聞こえた。
だから私は、
「増長さんは王子様ですよ。キラキラ輝いて、沢山の人に夢を見せてあげられる素敵な王子様です」
思った言葉を口にした。
ただ、それだけ。
『澄空さんが、す…』
増長さんが、何かを言おうとした。
だけど、それは最後まで言われることはなく。
『す、すごい…人だなぁって今、ちょっと感動しちゃったな』
「え、そうですか?」
『うん、君は俺の欲しい言葉が分かっちゃうんだね』
「そんな事ないです。全部、私の本当の気持ちです」
『…ありがとう』
それから、他愛ないことを話している内に家へ着いた。
「ありがとうございました」
『ううん、お疲れ様。ゆっくり休んで』
「はい、おやすみなさい」
『おやすみ』
そう言って、切った電話。
私はスマホをぎゅっと握り締めた。
もう繋がってないのに、なんだかまだ増長さんに繋がっているような気がした。