小さな時に呼んだ絵本にはこう書いてあった。
悪い魔法使いにかけられた魔法は王子様からのキスで解け、お姫様と王子様は幸せに暮らしましたとさ。
俺は魔法使い、王子様…君にとってどっちなんだろう。
魔法が解けるとき
「澄空さん、あとこれ…」
届け物でマンションを訪問した彼女。
せっかくだからお茶でもしようということになり、みんなでお茶を飲みながら最近の仕事の話やらなんてことない話に花を咲かせていた。
追加のお茶を用意しようと席を立ち、そういえば頂き物の美味しいチョコレイトがあったことを思い出して、冷蔵庫から取り出した。
北海道で人気の生チョコだと聞いていたから、もしかしたら澄空さんも喜ぶかもしれない。
ティーポットと生チョコを持って、みんなのもとに戻ると急に静かになっていた。
「あれ、どうかしたの?」
「あ、リーダー!つばさちゃん、疲れてたみたいで気付いたら眠っちゃってさぁ!」
「暉、声がでかいぞ」
「俺たち撤収するから少し寝かせてあげてよ!よろしく、リーダー!」
そういってメンバーたちはそれぞれの部屋へ引き上げていった。
澄空さんの顔を見れば、みんなが言う通りすやすやと眠っていた。
(…どうしよう)
俺は悩みつつも少し距離を置いて、彼女の隣に座った。
空になっていた自分のティーカップに新しい紅茶を注ぎ、手持ち無沙汰なあまり生チョコを口に放り込んだ。
カロリー制限、というほどのことはしていないがあまり甘いものは食べ過ぎないように気をつけてはいる。
けれど、たまに食べるとなんだか気持ちがほどけていくような優しさと甘さがある。
なんだろう、それはまるで…今、俺の隣で眠っている彼女のような―
そんな乙女みたいな事を考えてしまい、慌てて首を振った。
紅茶を一口飲むと、こくりこくりとしていた澄空さんが急にバランスを崩した。
「-っ!」
危ない、と思うとそのまま彼女は俺の膝の上に着地した。
ふわり、と彼女の髪が眼前を横切った。
衝撃で目を覚ましたんじゃなかろうかと心配したが、彼女は変わらず寝息を立てていた。
(最近忙しそうだったもんな)
一人で全員の面倒を見ているのだ。
きっと彼女一人じゃもう処理切れない量だろう。
それでも彼女は俺たちにも、他の誰にも弱音を吐くこともせず懸命に働いてくれている。
「…ありがとう、つばさ」
そっと彼女の頭に触れる。
まるで母親が子どもを褒める時のように、俺は彼女の頭をゆっくり撫でた。
起きている時には決して呼べない彼女の名前を口にして…
そして、俺は誰にも言えない事をした。
それを誰かに見られるとは思っていなかった。
「ねえ、和」
今日はBプロのメンバー数人でのロケ番組だ。
過去にもコンビを組んでいた俺たちはなんだかんだと組まされる確率は高い。
あと、おそらくキャラ的なものもあるだろう。
この人ならあの人を組ませた方が動かしやすい…といった番組側からの要望で、俺でいうならトモが多い。
おそらくMooNsにいる俺はまとめ役に収まりやすいから、色々な面を引き出したいという思惑なんだろう。
今日もチームごとに分かれての食レポだ。
「なに」
「俺、知らなかったんだけどさ。和ってつばさのことが好きなの?」
今日の澄空さんは別チーム(デザートチーム)の担当のため、この場にはいない。
だけど、周囲には沢山のスタッフがいる。
そんな場でそんな事言われると思っていなかったので、俺は怒りなのか羞恥なのか分からない気持ちで赤くなる。
「何言ってるの、トモ。こんなところで」
「いや、こないだ見ちゃったから。確認しておかないと…って思って」
「見ちゃった?何を?」
「和が眠っているつばさに…」
「!!! トモ!」
声を荒げると、トモは楽しそうに目を細めて笑った。
「好きなの?」
「…それをお前に言う必要はない」
トモの視線から逃れるように背を向けた。
一番見られたくない相手に見られてしまった。
彼女の耳に入ったら、どうなるんだろう。
嫌われるんだろうか…
その後のロケも順調に進み、日が沈む頃には全てのロケが終了した。
帰りのロケバスの中
「お疲れ様でした、みなさん!北門さんと増長さんの方はどうでした?」
「こっちも順調だったよ。揚げたての唐揚げとか美味しかったなぁ。ねえ、和」
「う、うん。そうだね」
北門さんと増長さん。
俺は二番目に呼ばれる。
その事実を今知ったわけでもないくせになんでこんなに苦しいんだろう。
まるで俺は二番目だと言われてるみたいだ。
そして、バスが俺たちのマンションに着いてみんな順番に降りた。
「そうだ、つばさ。明日の歌の収録の打合せ、したいんだけどこれから大丈夫?」
「はい、大丈夫です!」
「ありがとう、つばさ。じゃあ、俺たちの部屋に行こうか」
そう言って、トモは澄空さんの腰に手を回した。
それはいやらしさはなく、まるで王子様がお姫様をエスコートするみたいな…
そんな労わるような優しい動きにさえ、俺は…
俺は手を…伸ばせなかった。
彼女を引きとめようとした手は何も掴めず、ただ立ち尽くすだけだった。