ある日の夜。
いつも通り笹塚さんの部屋で夕食を作り、一緒に食べていた。
今日は時間にゆとりがあったので、献立もちょっと豪華だ。
ずらりと料理が並んだテーブルを見て、「へぇ…」とちょっとだけ機嫌の良さそうな声を漏らし、それから何事もなく一緒にご飯を食べていた。
笹塚さんが唐突に口を開いた。
「お前、初めて一緒に入った居酒屋…同期とよく行くとかいってたよな」
それはもう不機嫌そうに。
「初めて入った…
あ、あそこですね!そうですね、同期ともよく行きますし、桜川さんたちともよく」
「その同期ってあいつだよな」
「冴木くんですよ」
「はぁ…バカ猫」
わざとらしくため息をつき、出し巻き卵を口に放り込んだ。
今日の出し巻き卵には明太子が入っている、居酒屋によくあるメニューだ。
「ん、うまい」
「それ!自信作です!」
「あっそ…」
食いつくとそっけない言葉が返ってくる。
それからも料理への感想はいくつか貰い、その都度私が喜ぶとしょうがねーなと言わんばかりの表情になってはすぐ口を結ぶ…といったなんだかよく分からないやりとりが続いた。
「ごちそうさん」
「お粗末様です」
作りすぎたかと思った料理も全てたいらげてくれて私も気分が良くなる。
料理には自信あるけれど、こうして目の前で好きな人が私の手料理を食べてくれるというのは何度経験しても嬉しいものだ。
食器をシンクに下げていると、笹塚さんは何も言わずベッドへ倒れこんだ。いつもならパソコンの前に座って何かしながら私の片付けが終わるのを待っているのに珍しい。
(多分、私のことを待っているんだろうな)
それならなおのこと、急いで片付けなければ…と手を一生懸命動かした。
「笹塚さん」
「…」
名前を呼ぶが、返事はない。
ベッドに座ると、スプリングの軋む音が聞こえる。
笹塚さんの腕に触れ、軽く揺する。
「食べてすぐ横になると太っちゃいますよ」
背を向けていた笹塚さんは寝返りを打ち、触れていた私の手を掴んだ。
バランスを崩した私はそのまま笹塚さんの上に倒れこんだ。
突然、距離が詰まる。
「俺が太ってないのはお前が一番知ってんじゃないのか?」
「…っ!それは、そうですけど!」
「なんなら今から見せてやろうか?」
私の手をそのまま自分の腰あたりへ移動させる。
言わんとすることが分かってしまい、私は慌てて態勢を立て直した。
「大丈夫です!間に合ってます!!」
「嘘つくな、バカ」
「私が聞きたいのはそういう事じゃなくて!
ご飯食べてる時、ずっと機嫌悪そうにしてましたけど私何かしました?」
「自分で考えろ、バカ」
「ええ」
ヒントが少なすぎる。
笹塚さんの顔をじぃっと見つめながら、今日の数少ない会話を思い出していく。
『お前、初めて一緒に入った居酒屋…同期とよく行くとかいってたよな』
その言葉をふと思い出した。
「笹塚さん、もしかして…ヤキモチですか?」
付き合うようになって分かったこと。
笹塚さんは独占欲が強いこと。
…よくよく考えれば香月とも会えば言い争いばかり起きる。
「笹塚さんと付き合うようになってから、飲みに行ってないですよ」
それは笹塚さんも知っている事だろうけど、改めて口にする。
「お前は誰のもんだ?」
寝転んだままの態勢で私の頬へ手を伸ばす。
笹塚さんの手は少し骨ばっていて、ああ…男の人なんだという事を散々教え込まれた。
だからだろう。
笹塚さんが触れてくるだけで、私の鼓動は早くなる。
「笹塚さんです」
「ん」
頬に触れていた手が後頭部へと移動し、引き寄せられた。
唇が重なる瞬間、目を閉じようとしたが笹塚さんが私の顔をじっと見つめていることに気付いた。
恋人同士の深いキス…
求められるまま応じていたが、見られている事が恥ずかしくて笹塚さんの胸を押した。
「笹塚さん…!」
「褒美をやったバカ猫の嬉しそうな顔みてたんだけど」
「悪趣味です!それは!」
これ以上、煽られては今日も門限を破ってしまうことになりかねない。
私はベッドから降りて、笹塚さんと距離をとる。
「誰が離れていいって言った?」
「笹塚さんが意地悪するから」
「その意地悪も嬉しいくせに」
「そんな事は…!!」
「は?」
「…なくもないですけど」
「はっきり言えよ、バカ」
「好きです…好きです!意地悪言う笹塚さんだって優しい笹塚さんだってヤキモチ妬いちゃう笹塚さんだって大好きです!」
ヤキモチを妬いたって分かった時、嬉しかった。
だって、飼い殺しにしてくれる日を待ち遠しく思っている自分がいるんだから当然だろう。
思わぬ私の反撃に笹塚さんは、珍しく頬を赤らめた。
「市香」
笹塚さんは起き上がってベッドから降りると問答無用と言わんばかりに私を抱き上げ、ベッドに下ろした。
そしてその勢いのまま、私の上に覆いかぶさる。
「選ばせてやる。
今日、大人しくこのまま泊まるか。
YESかYESで答えろ」
「それ、選べてな…」
言葉を続けようとすると、キスで言葉を奪われる。
そのキスは酷く優しいもので、大事にされているんだということがどうしようもないくらい伝わってくる。
「…市香」
「笹塚さん、大好きです」
香月には怒られてしまうだろうけど、ごめんなさい。
笹塚さんの首に自分の腕を回す。
「YESで答えろって言っただろ、バーカ」
そう言いながら、笹塚さんはもう一度優しいキスをしてくれた。