灯火(ニケラン)

季節はめぐる。
私が魔剣に出会い、ニルヴァーナにやってきた時から一年が過ぎた。
あの季節がやってくる。

そう、サマルナの季節だ。

 

 

ポストを覗くとユリアナから手紙が届いていた。
私はそれを大事に両手で胸に抱き、家に入る。

「おかえり、ラン」

「ただいま、ニケ」

「ユリアナからの手紙?」

「うん、そう」

キッチンに立っていたニケは私を見てくすりと笑う。

「ランはすぐ顔に出るから分かりやすいね」

「…それに近いことを前にアベルに言われたことあったなぁ。
捕虜になったらすぐうっかりしゃべりそうって」

「はは、アベルも手厳しいね」

私はペーパーナイフで手紙の封を切り、便箋を取り出した。
いつも通り私を気遣う文面から始まり、ユリアナの近況などが綴られていた。
そしてその中に『もうすぐサマルナだ』ということが書かれていた。

「サマルナ、かぁ」

「懐かしいね」

「私、結局ランタン見てないんだけどニケは見たことある?」

「ううん、なかったよ。ランに出会うまで…そういうものに興味なかったから」

「…そっか」

サマルナの名物だと聞いたランタン。
願いを込めて、舞い上がる沢山のランタンはそれはそれは綺麗だとユリアナに聞いた。

「今日は何のジャムを作ってるの?」

話題を無理矢理変えようとニケの傍へ寄って小鍋の中を覗く。

「今日はブルーベリーのジャムだよ」

「いい匂い」

ふつふつと煮込まれるブルーベリーが美味しそうな香りを運んでくる。
私が微笑むと、ニケは少しだけ視線をさ迷わせる。

「…サマルナ、行きたい?」

「ううん。大丈夫」

二度と行ってはいけない場所だというわけではない。
けれど、まだ戻ってはいけない場所だと思う。
ニケ以外何も要らない、ただ彼と離れたくないという想いから飛び出してきたんだ。
近況はユリアナの便りで知ることが出来る。
それだけで十分。
甘えるようにニケにもたれかかると、ニケが私の頭を撫でてくれた。

 

 

 

魔剣に出会うことがなく、ニルヴァーナではない場所で生きていく未来があったとして…
そう、戦うことなんかなくてパンを焼いて平和に静かに暮らすような未来だってあったかもしれない。
そんな事を考えたことが一度あった。
それがこうやって叶うなんて思っていなかった。

ニケと二人で住む小さな部屋。
そこで二人で毎日パンをこね、ジャムを作って町へ売りに行く。
あのおばあさんみたいく、ハムやベーコンも作れるようになりたくて、今二人で研究中だがまだまだ納得のいくものが出来ないから完成は先だろう。
だけど、そういう小さな目標を積み重ねていって…
贅沢ではないけれど、ニケと静かに暮らしていけたら…他に欲しいものなんてなかった。

 

ユリアナからの手紙が届いて数日。
私は何を書こうかな、と考えながら時間を過ごしていた。
クロワッサンに挑戦してみたら凄く美味しくできたこと。
だけど、お店に出すには時間が経つとどうしてもさくさく感がなくなってしまって難しいこと。
パン屋さんの情報ばかり綴ってしまう。
…あと、ニケとも仲良く過ごしていること。
結局いつもそんな事ばかり書いてしまう。
その日は私だけパンを売りに行き、ニケは家で新作の研究をすることになっていた。
昼過ぎにはパンを売り切り、その足で日用品を買い足し、最後に家の傍に木苺を摘みに行った。
これはジャムにする用じゃなくて、ニケと一緒に食べたくて摘んだもの。
全てのことを終えて、家に着くと周囲は少し暗くなっていた。

「ただいまーニケ」

部屋に入ると、カーテンを締め切っていて暗かった。

「どうしたの?ニケ…」

電気をつけようとすると、暗闇からニケが現れた。
そして、私の手から荷物をさっと奪う。
あっけにとられてその様子を見ていると、ニケににっこり微笑まれた。

「え、ニケ?」

そしてなぜかタオルで目隠しをされる。

「どうしたの?これ。外してもいい?」

「だーめ」

顔は見えないけど、ニケはにっこりと笑っているだろう。
ニケに手をひかれながら、私は部屋の中をおそるおそる歩いた。
寝室に辿りつき、ベッドに座らされる。
何をしたいんだろうと、ドキドキしているとしばらくしてニケが私の目隠しを解いた。

「目、開けて」

促され、目を開けるとそこにはいくつかの色とりどりのろうそくが灯っていた。

「ニケ…これ!」

「ランタンにはほど遠いけど…少しは楽しめたらいいなって」

暗闇を灯すろうそくを、こんなに綺麗だと思ったことはない。
私は嬉しくて、思わず隣にいたニケに抱きついた。

「ありがとう、ニケ…!」

ランタンを見に行くことよりもずっと素敵な贈り物。
ニケが私のためにしてくれたことがどうしようもないくらい嬉しい。

「ニケ、大好きよ」

「…うん、ありがとうラン。傍にいてくれて」

ニケは泣きそうな顔でそう言って笑った。

「明日からも、ずっと隣にいるから…」

「うん」

私は、彼の想いに応えるようにニケの右手を強く握った。

 

 

ユリアナへの手紙にニケがしてくれたことを綴って手紙を出した。
後日届いたユリアナからの手紙には幸せそうで良かったと綴られていて、私はニケにそれを自慢げに見せると、ニケはその様子を見て、愛おしそうに微笑んでくれた。

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