季節はめぐる。
私がニルヴァーナにやってきてもう一年が過ぎた。
あの季節がやってくる。
そう、サマルナの季節だ。
「最近…じゃないけど、ラン綺麗になったよね」
「え?」
お風呂から上がって、髪を乾かした後鏡にむかっているとユリアナがそんな事を口にした。
「いや、前々からランのことは可愛いなーって想っていたんだけどさ。
なんだろう、可愛いっていうだけじゃなくて…綺麗になったなぁって」
「そんな事ないよ」
鏡に映る自分は以前と変わらないように感じる。
ここに来たばかりの頃より、少し…いや、大分筋肉はついたかもしれないけどそれくらいしか自分で気付く変化は見当たらない。
「やっぱり恋は女を綺麗にするんだね」
「なっ…!!」
「パシュとは順調?」
ユリアナの言葉の真意にようやく気付き、私は思わず言葉に詰まる。
パシュとユリアナは幼なじみだ。
幼い頃を共に過ごしたユリアナにとっては、パシュは弟みたいな存在だと笑っていたのを思い出す。
「…うん。パシュは優しいよ」
「そっかぁ。あんたを泣かせたら許さないけどね!」
「ふふ、ありがとう」
パシュは周囲の人から愛されている。
そんな彼を見ているだけで私は自分のことのように嬉しく感じる。
彼の精霊の加護の証であるオレンジ色の光は、まるで彼のように優しい色合いだ。
あれを見て以来、私はオレンジ色を好きになった。
「あ、あのさぁ。ラン」
「パシュ、どうかしたの?」
教室移動の合間、パシュに声をかけられる。
私は立ち止まると、隣にいたユリアナは慣れた様子で先に行ってるねと告げて先へ歩いていく。
「もうすぐサマルナ、だろ?」
「うん、そうだね」
「今年も、その…俺と一緒に行かないか?」
「…!! うん、行きたい」
誘われなくてもなんとなく一緒に行くのだろうと思っていたが、やはりこうやって言葉にされると凄く嬉しい。
私は嬉しさのあまり首を縦にふると、パシュはそれ以上に嬉しそうに笑った。
「そっか!良かった…!それじゃあ、また!」
「うん!」
パシュは次の授業は実践の講義だったはずだ。
手を振り去っていくパシュの後ろ姿を私はぼんやりと見つめていた。
そうこうしている内にサマルナの日になり、パシュとの待ち合わせ場所へと急ぐ。
私が行くとそこにはすでにパシュが落ち着かない様子で待っていてくれた。
「お待たせ、パシュ。ごめん待たせちゃった?」
「いや、全然」
そう言って、パシュは私へ手を差し出した。
「はぐれたら危ないだろ?だから」
「…うん」
パシュと付き合うようになってもうすぐ一年だというのに、まだ手を繋ぐだけでドキドキする自分がいる。
初めて会った頃は、アベルやラスティンたちよりも年が近い男の子…という印象を持った。
だけど、手を繋いだ時に私よりずっと大きな手。骨ばった感じ。
そういう事から彼が男の子じゃなくて、男の人だと強く意識するようになった。
多分…手を繋ぐ方がキスをするよりも、ずっと男の人だと意識してしまうのだ。
「…ねえパシュ」
「ん?」
「ちょっと背伸びた?」
隣を歩くパシュを見つめる。
以前より彼を見上げている気がする。
「え、そうか!? まあ、俺はまだまだ成長期だからな!ラスティンやアベルだって目じゃない!」
「ふふ、そうかもね」
私が笑うと、パシュは少し頬を赤らめた。
「ランはさ、その…き、綺麗になったよな」
「!!」
きゅっと握られた手が熱い。
私は思わぬ言葉に顔が火照るのを感じた。
何か言わなきゃ、と思うが言葉が続かない。
「お二人とも!良ければこちら食べていってください!」
「コレット!」
緑の滴亭の前を通りがかったときだった。
コレットが私たちの姿を見つけて、満面の笑みで串に豪快に刺さった海老を差し出した。
「あら?お二人ともなんだか顔が赤いような?」
「そんな事ないよ!!ありがとう、コレット。おいくら?」
「いいえ、これはサービスです。いつもご贔屓にしてくださってますから、お二人とも」
「え、いいの?ありがとう」
「素敵な夜にしてくださいね」
「サンキュ、コレット!」
コレットから串を受け取ると、私たちは海岸を目指した。
手は、変わらず繋いだまま。
「あ、あそこに座ろうか」
「うん」
ちょうど見つけた空いているベンチに私たちは並んで座った。
ここからだと上を見上げれば、ランタンも見える。
素敵な場所だ。
「これ、美味いなあ!」
「だよね!こないだコレットが試食させてくれたんだけど、この岩塩が凄く合ってて美味しいよね」
二人でもらった海老を食べながら、行き交う人をなんとなく見る。
みんな楽しそうに笑っている。
戦いなんてこの世に存在しないみたいに素敵な笑顔だ。
村が襲われた時のこと、レオニダス教官のこと。
ふと思い出すと、やはり苦しくなる。
争いがなくなる事はないのかもしれない。
だけど、目を背けないで私は胸を張って生きていきたい
「どうした?ぼーっとして」
「みんな楽しそうだなぁって」
「ああ、そうだな」
パシュも同じことを考えていたのかもしれない。
少しだけ寂しそうに笑った。
「…こないだ試食させてもらったって言ったでしょ?これ」
「うん」
「だけど、今日食べてる方が美味しく感じるの。
それは多分…パシュと一緒に食べてるからじゃないかな」
「え?」
「…好きな人と美味しいものを食べるって凄く幸せな事だよね」
私がそう言うと、パシュの若葉色の瞳が揺れた。
「あー、俺って…」
「え?」
一瞬、周囲に気を配ったかと思えばパシュは掠めるようにキスをした。
「俺ってすっげー幸せ者だ」
「パシュ…」
そう言って、パシュはただ幸せだといわんばかりに私をきつく抱き締めた。
「パシュ、ここ…人沢山いるし!」
「うん、知ってる」
「…だったら」
「だけど、もうちょっとだけ。
ランがこうやって俺の隣にいて、幸せだって思ってくれることがすっげー嬉しいから…」
「…しょうがないなぁ」
私の腕にはもうパシュが描いてくれたおまじないは残っていないけど、あのおまじないの言葉を聞いた時のように幸せで胸が一杯になった。
「パシュ、大好き」
私は小さく笑った。