乗り越えた先(ヴィルラン)

季節はめぐる。
私がニルヴァーナにやってきてもう一年が過ぎた。
あの季節がやってくる。

そう、サマルナの季節だ。

 

 

「ランは今年もヴィルヘルムと行くんだよね?サマルナ」

「うん、そのつもり」

最近新しく出来たラスクのお店が私とユリアナの間で流行っている。
夜、そのラスクを食べながらお茶をして、二人でとりとめのない会話をする。

「そっかぁー。正直、一時はどうなるのかなって思ったけど順調で良かった」

「…うん、ありがとう」

「男子寮でも仲良くやってんでしょ?」

「そうみたい」

最初の頃は手のつけられない手負いの獣…といったら失礼だけど、ひたすら周囲を警戒していた頃が懐かしい。
最近では、楽しそうにわいわいと話している姿も見かける。

「楽しそうで嬉しいけど、私はちょっと寂しい…みたいな?」

「…!!!? ユリアナ!」

「冗談冗談。でもランの顔にそう書いてあるから」

「もう…」

私はラスクを一齧り。
子どもじみた独占欲が、ちらちらと自分の中で見え隠れしていた。

 

 

 

 

サマルナの夜。

「去年もすげえと思ったけど、すっげえな」

ヴィルヘルムは人でごった返す道を見て、深いため息をついた。
私はそれを見て、ふふと笑う。
去年のことを思い出す。
あの時、ヴィルヘルムにこれが平和だということなのかと問われてすぐには答えられなかった。
二人で歩いていると、以前アサカがくれたたいやきのお店を見つける。

「ね、ヴィルヘルム。あれ食べよう」

「ああ?あれ、去年アサカに食わされた甘いやつじゃねえか」

「…縁起物だって言ってたし」

私がじっとヴィルヘルムを見つめると、彼はしょうがないなと言わんばかりに繋いでいた手を強く引き、ずんずんと歩いた。

「すいません、これとこれ。一つずつください」

「毎度ー!」

そのまま食べるので、紙に挟んだ状態で受け取る。

「あったかい!」

「お前、前もそう言ってたな」

「だってそうなんだもん」

タイヤキを受け取り、二人で歩きながら食べる。
ヴィルヘルムは迷わず、頭からかぶりついた。

「そういえば前にアサカに聞いたんだけど、このタイヤキを食べる順番って人によって分かれるらしいよ」

「はあ?順番?」

「うん。頭から食べるか、尻尾から食べるか…」

「そんなもん頭からだろ」

「ヴィルヘルムはそうだね」

私は持ち方を変えて尻尾から食べる。
するとヴィルヘルムはその様子を不思議そうに見つめていた。

「なんで尻尾から食べるんだ?」

「だって頭には顔書いてあるから…いきなり食べるのって申し訳なくて」

「へえー。それにしても甘えな」

去年と変わらない言葉を言いながらヴィルヘルムはタイヤキをぺろりと平らげた。

「甘くて、美味しい」

文句じみた事を言いながら、それでも私の我侭に付き合ってくれる。
そんな彼が、私は好きだ。

 

 

港の方まで来ると既にランタンはあがっていて、空を鮮やかに彩っていた。
私たちはそれをしばし見上げ、

「あ、ねえヴィルヘルム」

「ん?」

「ランタンに願い事書かない?」

「願い事、なぁ」

去年は出来なかったそれを誘ってみる。
ヴィルヘルムはしばし考えて、「書くか」と頷いた。二人でランタンに願い事を書き、それを手放す。

「ヴィルヘルムはなんて書いたの?」

「さあな」

「意地悪」

「そういうお前は?」

「さあ」

「お前だって意地悪いじゃねえか」

そう言い合いながらも私たちはそれぞれ舞い上がるランタンをみつめた。

「私たちのランタン、一緒の高さまで行けるといいなぁ」

「…だな」

それからしばらくランタンを見て、もう少し歩こうということになって広場まで足を運んだ。

 

 

「お、今年もやってんじゃねえか」

広場では去年のように音楽が流れ、そこで踊っている人がいた。

「踊っていくか?」

「…うん、おどろっか」

私が頷くと、ヴィルヘルムは嬉しそうに笑った。
そうして以前のように一曲がおわり、私たちでも入りやすいワルツに変わる。
ヴィルヘルムが私をリードするように手をとり、そっと腰を抱く。

「去年の覚えてるか?」

「あ、あんまり自信ないけど」

「まあ、大丈夫だ。任せておけ」

ヴィルヘルムに身を任せ、ステップを踏む。
昨年とはまた少し違った気分で彼と踊る。
あの時はまだヴィルヘルムへの気持ちが恋なのかどうなのか分からなかった。
ただ、時々投げかけられるヴィルヘルムの言葉に馬鹿みたいに動揺したりドキドキしたのをよく覚えてる。
…それは今もあまり変わらないんだけど。

「ねえヴィルヘルム」

「ん?」

「願い事、何書いたの?」

「それを今聞くのか」

「うん」

二人しか聞こえない距離。
私は甘えるようにヴィルヘルムに尋ねた。

「…お前と、来年もサマルナに来れますように」

「…え?」

ぶっきらぼうに告げられたその言葉に胸が高鳴る。
思わず足が止まりそうになるが、ヴィルヘルムに引き寄せられ慌てて合わせる。

「そういうお前は?」

「…その」

「あ?なんだよ」

「…ヴィルヘルムとおんなじこと」

来年もヴィルヘルムとサマルナに来れますように。
私がランタンに込めた願い事。

「ははっ、なんだよ一緒じゃねーか」

ヴィルヘルムは心底嬉しそうに笑う。

「じゃあお前の願い事は俺が叶えてやらないとな」

「…お願いします」

私も貴方の願い事を叶えるから。
来年も再来年も…おじいちゃんとおばあちゃんになってもこうやってサマルナに来れますように。
私が望んだ願い事。

ヴィルヘルムの笑顔を見ていると、なんだか叶う気がした。

 

 

これは、運命を乗り越えた、後のお話。

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