fall in love(和南×つばさ)

人生には思い切りが大切だ。
この業界に入る時、俺はその言葉を何度も反芻した。

 

「ま…増長さん?」

なぜ今そんな事を思い出したかといえば勢いに身を任せて彼女を押し倒しているから。
呆然と俺を見上げる栗色の瞳に、自分の姿が見えた。
彼女の瞳に自分しか映らない状況になる日がどれだけ渇望したか分からない。

「澄空さん、俺は…」

 

 

 

 

 

番組のロケ。
地方での撮影なので、宿泊の予定にはなっていた。
もちろん夜はスタッフさんも一緒に食事会になることは分かっていたが、まさかお酒を薦められるとは思っていなかった。
なんとかかわそうと努力はしてみたものの、明日は東京に戻るだけだったので、断りきれず飲むことになった。
元々あんまり強くない上に、すぐ顔が赤くなってしまい、俺を心配した澄空さんがそっと連れ出してくれた。
もう宴会状態になっていたので、俺たちがいなくなっても誰も気にしなかった。

「増長さん、大丈夫ですか?」

足元がおぼつかない俺を心配して、澄空さんは俺の腰あたりを支えてくれる。
彼女の体温が伝わってきて、ぞくりとした。
なんだろう、コレ。
今日は、 珍しくひとり部屋。
色々と条件は揃っていた気がする。
部屋のなかまで俺を運ぶと、冷蔵庫の中からミネラルウォーターを取って渡してくれた。

「はい、お水です」

「ありがとう」

「それじゃあ、私はこれで…」

「す、澄空さん!」

彼女の腕をとっさに掴んでいた。
振り返ったとき、彼女の愛らしいポニーテールが揺れた。

「少し話でも…どうかな」

「体調、大丈夫ですか?」

「うん、さっきよりは楽になったよ」

「それでしたら、少しだけ」

アイドルの部屋にいるのはさすがにまずいと彼女も思っているようで、少しそわそわしている。
そわそわしているのに、彼女は俺の隣…つまりベッドに座った。

「今日のロケ、凄かったですね」

「うん、まさか俺もあんなことするなんて思ってなかったからびっくりしたけど貴重な体験だったなぁ」

「アイドルって色んな事をするんですね、凄いです!」

改めて、そう思ったんだと彼女は笑う。
その笑顔を見て、なぜか理性の糸がぷっつりと切れてしまった。

彼女の肩に手を置く。
それからそのまま後ろへ押し倒した。

「ま…増長さん?」

彼女の瞳が動揺で揺れた。

「澄空さん…澄空さん」

彼女を呼ぶ。

「どうしましたか、増長さん」

俺が酔っていると思っているんだろうか、澄空さんはなんとか平静を保ったような声で俺の声に応える。

「ごめん…キス、するね」

「えっ!?」

さっき俺の体を支えるために添えられた手だけで、正直ぐらついていた。
あっさりそのぐらつきに従ってしまったのは、酒のせいだろう。
だけど、いつも彼女との距離をつめようとしてもうまく出来ない。
彼女の紅く色づく頬に触れることさえ出来なくて、何度も拳を握り締めた。澄空さんに覆いかぶさった状態で、そのまま顔を近づける。
彼女もどうしていいか分からない様子だったが、顔を近づけるときゅっときつく目を閉じた。
顔を背けられると思ったのに、まさかこんな反応されると思ってなくて頭の中が真っ白になった。

(触れて、いいんだ…)

そう思うとたまらない気持ちになる。
目を瞑る彼女にキスをしようとした時ー

ガツ、

とキスをする時にしないような音がした。

「~っ!」

「ご、ごめん!!」

思い切り歯がぶつかってしまった。
さっきとは違う意味で頭が真っ白になるし、恥ずかしくて顔が熱い。

「いえ!大丈夫です!」

口をおさえながらも澄空さんは俺をフォローしようとしてくれる。
さっきのいつもと違う雰囲気はどこかへいってしまった。
自分の愚かさに泣きたい気持ちになり、そのまま澄空さんの上に倒れこんだ。

「増長さん?」

「ごめん…了承もなくキスしようとしたのに、失敗して…なんだかもう色々とごめん」

俺がそう言うと、澄空さんはくすりと笑った。

「いつも完璧な増長さんの意外な一面が見れちゃいました」

「え?」

「お酒があんまり強くないことも今日初めて知りましたし、こうやって…恥ずかしくて赤くなったりとか。
当たり前のことなんですけど、私の知らない増長さんがたくさんいるんだなぁってちょっとだけわくわくしちゃいました」

「…澄空さん」

「はい、なんでしょうか」

「もう一回、キスしてもいい?」

自分でも驚くくらい、甘い声が出た。
すぐ近くに見える彼女の耳が真っ赤になった。

「その前に聞きたいことがあります」

「うん、なに?」

「その…どうしてキスを」

ああ、肝心なことを言ってなかった。
俺は彼女の手を包み込んだ。

「俺はキミが好きなんだ」

ようやく言えた告白に、澄空さんは

「私も、増長さんが大好きです」

そう言って、とびきりの笑顔を見せてくれた。

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