「そうだ、市香ちゃん。一緒にお風呂に入ろう」
岡崎さんはとんでもないことを名案だといわんばかりに口にした。
明日は遅番なのでゆっくりしていける日だ。
だからいつもより手の込んだ料理を作っていると、それを知ってか知らずか岡崎さんはうろうろと私の傍にいた。
そんな時、お風呂が沸いたというお知らせの音声が流れた。
そして話は冒頭へ戻る。
「岡崎さん、入ってきていいですよ。私、今手が離せないんで」
「あれ?オレの台詞聞こえなかったのかな。
一緒に入ろうって誘ったんだけど」
「聞こえてます。岡崎さんこそ聞いてました?
見てのとおり、私は今手が離せないんです」
今日はロールキャベツを作ろうと思い、キャベツを丸々一個買ってきたのだ。
キャベツをお鍋で茹で、それを丁寧に一枚一枚慎重に葉をはがす。
それが終わる頃には炒めておいたたまねぎの熱がある程度とれていたので、ボウルにいれてひき肉としっかり混ぜる。
そしてここからが大事だ。
タネをキャベツの葉でくるんでいくのだ。
葉が破けてしまわないように慎重にやるからとても気を遣うが私はロールキャベツを作る過程でここが一番好き。
難しいけど、それが綺麗に出来た時が嬉しい。
今、その一番難しくて好きな工程の真っ最中で、私は手が離せないのだ。巻き終わった一個をトレイに置いて、次のに取り掛かろうとすると岡崎さんの手が私の手を掴んだ。
「ほら、手離せた」
「…岡崎さん、邪魔をするとご飯が出来ませんよ」
「うーん。それは嫌なんだけど、キミの手料理はすっごく美味しいし。
だけど、一緒にお風呂入りたいんだよなぁ」
岡崎さんは私の手をぎゅっと握る。
「そうだ、オレも手伝うよ!」
「気持ちだけで大丈夫です。だから岡崎さんお風呂に入ってきてください」
「えー…」
不満げに色素の薄い瞳が、私を見つめた。
「お風呂から上がってきたらご飯も出来てると思いますし!」
「キミがそこまで言うならしょうがないなぁ」
「タオルとか、後で持っていくんで」
「うん、ありがと」
ようやく諦めてくれた岡崎さんは私の手を離すと、お風呂に一緒に入らない代わりにといわんばかりに掠めるようにキスをしていった。
(…岡崎さんってば)
彼の突拍子もない言葉に驚かされて、振り回されてばかりだけどそれも悪くないと思うようになってきた自分はすっかり毒されている…ような気がする。
最初の頃は外泊を渋っていた香月も最近では諦めたのか何も言わなくなった。
むしろ外泊から家に戻ると、時々「…お疲れ」といわれる始末だ。
香月が岡崎さんに懐く日は…いつか来ると信じよう。
さて、岡崎さんもいなくなったし私は残りの作業に取り掛かる。
せっせと巻き終わると、ロールキャベツを鍋に一つ一つ並べてく。
そこにニンニクとホールトマト、コンソメ、ローリエなどなど材料を入れて蓋をする。
時間短縮のために最近買った圧力鍋は私の味方だ。
圧力鍋で調理すればあっという間に出来上がるので、私は煮込んでいる間に食器を洗ったり、他のおかずを用意する。
夕食の準備も終わり、脱衣所に岡崎さんの着替えとタオルを持っていく。
「岡崎さん、着替えとタオル置いておきますよー」
「ありがとう。あ、ねえ市香ちゃん」
「はい」
「悪いんだけど、シャンプーなくなっちゃったから新しいの取ってくれる?」
「分かりました。でも、こないだ新しいのにしたばっかりだったような…?」
棚から新しい詰め替え用のシャンプーのボトルを取り出し、浴室のドアを開けると…
「うん、そうだね。だって嘘だから」
にっこりと笑う岡崎さんに腕を掴まれて、浴室に引きずり込まれた。
「岡崎さん!わたし、服…!!!」
「ああ、濡れちゃうね」
にっこりと笑うと、私の抵抗なんてお構いなしに自分のお願いを叶えてしまった。
お風呂から上がり、一息ついてから夕食を始めた。
岡崎さんはロールキャベツを一口食べるなり、子どもみたいに目を輝かせた。
「市香ちゃん、これすっごい美味しい!」
「…良かったです」
「これなんていうんだっけ?」
「…岡崎さんみたいな食べ物です」
私がそう言うと、岡崎さんは小首をかしげたがまた一口…とロールキャベツを食べるのだった。