反発心というと、子どもじみてる気がする。
ことある事に耳に残る、その言葉。
『つばさ、今日の予定はどうなってるの?』
『つばさ、こっちにおいでよ』
『つばさ、・・・』
名前を呼ばないとしゃべれないのか、と思わずにはいられない。
彼女の隣も露骨にキープしている。
澄空さん自身は気にしていないようだが、俺はその声を聞くたびにもやもやとした気持ちが生まれる。
「あ、増長さん!」
雑誌のインタビューが終わり、一息ついてると澄空さんが現れた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様、澄空さん」
「これ、良かったらどうぞ」
紙コップを手渡され、手の中にほんのり温かみが伝わる。
彼女みたいに優しい香りがした。
「カモミールティー?」
「はい、喉にもいいって言いますし」
「ありがとう」
今回のインタビューはMooNsメンバーひとりずつ特集してくれるそうだ。
トップバッターが俺だったので、それで心配してくれたのか澄空さんがついてきてくれたのだ。
普段、ひとりの仕事の時に彼女がついてくるということはほぼない。
何がいいたいかと言うと、緊張している。
仕事に対してではなくて、彼女とふたりだけの時間が突然舞い込んできたことに対してだ。
カモミールティーを飲む俺をみて、澄空さんはにこにこと笑っている。
「…その、そんなに見られたら飲みづらいかな」
「あ!すいません!そんなつもりはなかったんですけど!」
慌てて両手をぱたぱたとさせる。
「増長さんと二人だけってあんまりないから、少しだけ嬉しくて」
「-っ、嬉しい?」
思わぬ言葉に頬が熱くなる。
「はい!増長さんのこと、もっと知りたいって思いますし。
普段、みなさんといるとき、増長さんは周囲にとっても気を配っていらっしゃってなかなか自分のやりたいような発言、出来ないのかなって」
「自分のやりたいこと、出来てないつもりなんてないよ」
確かにみんなをまとめたり、バランスをとることは多いが、嫌でやっているわけではない。
ただ、彼女が俺を気遣ってくれていることが嬉しい。
俺に限ったことではない。
彼女はみんなをそれぞれ良く見ている。
だから、それだけだ。
だけど…
「澄空さんがそうやって気にしてくれて嬉しいよ、ありがとう」
「いえ、そんな…!」
恥ずかしそうに頬を紅くして、俯いた。
そんな表情、きっと誰にでも見せてるんだろうな。
…きっと、いつも傍にいようとするアイツのほうが、見ている
そんな事がよぎったら、たまらない気持ちになる。
「澄空さん」
名前を呼ぶと、彼女が顔を上げた。
手を伸ばして、彼女の頬に触れようと…
「糸くず、ついてる」
「あ、ありがとうございます!」
彼女の柔らかい髪に触れた。
糸くずなんてついてなかった。伸ばしてしまった手が触れたかったのは、彼女の色づいた頬だったのに。
臆病な俺は、誤魔化して触れる事しか出来ない。
反発心だけかと思ってたけど。
もしかしたら…
「澄空さんは、好きな人とかいる?」
唐突に、その言葉を投げかけた。
「私はBプロのみなさんが大好きです!」
間髪なく返ってきた言葉は、きっと本音だ。
つまり、誰も彼も今は同列ということ。
「そっか」
なら俺にもきっとまだチャンスはある。
澄空さん…いや、つばさが淹れてくれたカモミールティーを飲み干す。
「ごちそうさま、つばさ」
「え?」
初めて、彼女を名前で呼んだ。
驚いたように俺を見つめる彼女が、微笑んだ。
「増長さん、顔真っ赤です」
「-っ!慣れないこと、したからかな」
恥ずかしさを誤魔化すようにもう一度紙コップに口をつけるが、そういえば今飲み干したんだった。
「もう一杯持ってきますね!」
「あ、うん」
席を立って消えていく姿を確認してから机に突っ伏した。
「まずは俺が慣れなきゃ…」
彼女に意識してもらうためにも、俺がまず変わらなきゃ。
そんな事を決意した、初めての二人の時間。