「アーイちゃん」
ご機嫌で彼女の名前を呼ぶと、アイちゃんは苦笑いを浮かべる。
「もうアキちゃん…勉強始めてからまだ10分だよ?」
試験前に一緒に勉強しようとねだったオレにしぶしぶながらも頷いてくれてオレとアイちゃんは絶賛試験勉強中だ。
去年アイちゃんを教えていた数学の教師が、今年はオレを教えているから過去問とか見る為にアイちゃんの家で勉強をしているんだけど…
「だってアイちゃんがノートしか見てないから」
「だって勉強してるんだもん。
アキちゃんも頑張って勉強しないとあの先生のテスト、難しいよ?」
過去問を見ると、確かにちょっと癖がある。
「絶対あの先生、モテない」
「えー?確かあの先生って愛妻家で有名じゃなかった?」
「いやいや、奥さんにモテても他の人にはモテないでしょ」
「奥さんにさえ好きでいてもらえればいいんじゃないの?」
「それはそうだけど」
嫌われるより好かれた方がいい。
誰だってそうだと思うけど。
ふと、アイちゃんからの痛い視線に気付く。
「アキちゃんは、私以外にも好かれたいって思ってるんだ」
「え?いやいやまさか」
「だってそういう事じゃないの?
私は自分の好きな人が自分を好きでいてくれるだけで十分だけどなぁ」
「オレだってそうだよ、アイちゃん以外正直どうでもいいし」
オレの本気がどこまでアイちゃんに伝わっているのか、時々不安になる。
大事に、大事に想ってきたアイちゃん。
想いでいれば圧倒的にオレの方が強いのも分かっているから。
アイちゃんが怯えて逃げてしまわないようにオレは精一杯気をつけて愛情を注いでいる。
アイちゃんの手を握ろうとすると、アイちゃんは慌てて手をひっこめてしまった。
「アキちゃん、勉強!」
「はいはーい」
逃げられてしまったのでオレは観念して目の前の問題にとりかかった。
アイちゃんから時折送られる視線に反応したいのをこらえながら、結構真面目に勉強した。
時計の長針が一周半はしただろう。
一段落ついたので、ノートを閉じて思い切り伸びをする。
「お疲れ様、アキちゃん」
「オレ頑張ってたでしょ?」
褒めて褒めてといわんばかりにアイちゃんを見つめる。
すると、アイちゃんは手を伸ばし、オレの頭を優しく撫でた。
「うん、頑張ってた」
子ども扱いされてる感じはするが、アイちゃんの手が心地よくてオレは目を閉じた。
アイちゃんが触れてくれるならなんだっていい。
そう想うくらいオレはアイちゃんしか見えてない。
「じゃあご褒美ちょうだい」
「テスト勉強は自分のためでしょう?」
「えー。オレは人参がないと走れないタイプなのにー」
そう言うと、アイちゃんはまた困ったように笑った。
「じゃあ、昨日焼いたクッキーとってくるから待ってて」
「はいはーい」
お菓子がご褒美っていうのも子ども扱いされているようだけど、アイちゃんの手作りなんだから喜ばないわけがない。
立ち上がったアイちゃんはなぜかオレに近づいてきて、
オレの額にそっと口付け…いわゆるデコチューをしてくれた。
「……!」
「こっ…紅茶もいれてくるからちょっと時間かかるかもしれない!」
呆然とするオレを置き去りにしてアイちゃんは部屋を出て行ってしまった。
「うっわ、なにこれ。めっちゃくちゃ彼氏扱いじゃん。」
期待以上のご褒美をもらってしまい、オレはたまらずテーブルに突っ伏した。
溢れそうになる好きという気持ちは、アイちゃんにも少しずつ伝わっているんだろう。
そう想うと、顔がどうしようもなくにやけてしまった。