初めての朝、君と(アベラン)

季節はめぐる。
私がニルヴァーナにやってきてもう一年が過ぎた。
あの季節がやってくる。

そう、サマルナの季節だ。

 

 

「でもさー、ラン」

「どうかした?」

ユリアナが枕を抱えながら私をじっと見つめる。

「アベルんところ行くんなら、鍛える必要ないんじゃないの?」

「うーん、そうといえばそうだけど」

アベルはロムアの王になったのだ。
私は普通の村の出の娘。
一国の王には不釣合いだ。だけど、アベルはそんな事関係ないって言ってくれたけど、それでもやっぱり…

「アベルの隣にいたいから、自分の身は自分で守れるようにならないとね」

毎日の素振りは欠かさない。
ここに来てからそれだけは私が出来る最低限の事だと思っているから。

「後、欲を言えばアベルも…アベル以外の大切な人たちを守れるようになりたいな」

「はぁ~、本当にあんたっていい子だね」

私の大きな夢を聞いて、ユリアナは優しく微笑んだ。
ロムアの王になったアベルの噂は町をぶらついている時にも噂に聞く。
しかめっ面だけど、そこがクールで素敵だと女の子たちが噂しているのを聞いて、ちょっとだけヤキモチを妬いてしまう。
彼に他愛のない事を綴った手紙を送れずに引き出しにいれている事はユリアナさえ知らないことだ。

彼から届く手紙は二週間に一度。
忙しそうなのが文面からにじんでいて、隣で支えてあげたいと想う自分がいるけれど、私にはまだ隣に並ぶ資格がないように感じた。
せめて強くなりたい。
私は、手をぎゅっと握った。

 

 

 

待ちに待っていたサマルナの日がやってきた。
昨年同様、ユリアナはデートに出かけていった。
また、パシュやアサカと出会って昨年のように祭りに誘われる。
私はそれを断って、一人でサマルナで賑わう町へ出た。

「わあ…やっぱり綺麗」

私はランタンを人目見ようと海岸沿いにやってきた。
キラキラと輝くランタンは、まるで宝石のようで見ていてため息が出る。
去年もこうして一人でランタンを見て、そうしたらティファレト達と出会って…

「おい」

そう、私を強引に連れて行こうとしたのがアベルだった。

「ラン」

私を呼ぶ声がして、振り向こうとすると強引に腕を引かれた。

「!?」

「一人で来るなって言っただろう…」

久しぶりの彼の腕の中は、どうしようもなく心臓が高鳴った。

「アベル、どうして?」

「…去年、ろくに一緒に見て回れなかっただろう」

「それはアベルが教室に行っちゃったから」

「……」

「ふふ、ごめんなさい」

図星をつかれて苦虫を噛み潰したような顔になるアベルがちょっとだけ可愛くて私は笑った。
しばらくして、彼の腕の中から解放されるとすぐさま手を繋がれた。
去年は逃がすまいといわんばかりに強く握られた手が、今日はちょっとだけ優しい。

「アベル」

「ん?なんだ」

「久しぶり」

「ああ、久しぶりだな」

外交などでこちらに来る時はキオラ様が気を利かせて私を呼んでくれたり、アベルが時間を作って会いにきてくれたりはするものの、そんなに頻繁ではない。
だから彼と離れて過ごすようになって、会ったのは片手で足りるくらいだ。素振りの回数を増やしたことや、ユリアナとお茶したお店のマフィンが美味しかったこと。
緑の滴亭で美味しいメニューが増えたこと。
話したい他愛のないことが次から次へと浮かんだけど、どれも言葉にしなかった。
ただ、アベルと手を繋いで歩くこの時間が何よりも愛おしかった。

「ラン」

「なに?」

「お前は、俺のものだよな?」

「俺のものって言われるより…違う言い方がいいな」

人が少ない場所を見つけ、私達はその付近にあったベンチに腰を下ろした。
アベルに突然昼食に誘われて、一緒にサンドイッチを食べたのをふと思い出す。

「…好きなヤツは、俺のままか?」

「私の好きな人は、そうだね…」

好きなヤツはいるのかと聞かれ動揺したこと。
アベルに想いを伝えたら言葉より先にキスをされたこと。
アベルの青碧の瞳が綺麗だと思ったこと。
彼の黒髪に触れたらどんな風なんだろうと考えたこと。
彼の全てを見て、私は自分とは違う生き物だと強く意識したこと。
彼が、好きなんだと想ったことを思い出していた。

「今、私の目の前にいる人です」

私がそう言うと、アベルは顔を真っ赤にした。
ああ、アベルに対してこんな気持ちになる日が来るなんて。

(可愛い人…)

私はくすりと笑うと、アベルが私の肩を引き寄せて唇を重ねた。

「好きだ…お前が好きだ、ラン」

あの日みたいにアベルはそう言ってまた口付けた。

「そろそろお前を奪いたいんだが、いいだろう?」

「…え?それってどういう」

青碧の瞳に自分が映る。
彼の強い瞳に見つめられると、心臓が壊れてしまいそう。

「今夜…俺と過ごさないか」

アベルの言葉に今度は私が赤くなる番だった。

 

 

 

 

初めて一緒に迎えた朝、アベルは私に「迎えに来た」と笑った。

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