陽のあたる場所(景市)

※コピー本企画に収録したものです。今後、この世界軸で景市を書くので掲載しました。

 

初恋は実らないとよく言われる。
私にとって、この恋は初めての恋で生涯一度きりの恋だ。

「私は、白石さんのことを待ち続けようと思っています」

私がそう告げた時、事務所のみんなはそれぞれの反応を見せた。誰も何も言わない中、柳さんだけが小さく「そうか」と呟いたのがひどく印象に残った。

― 白石さん

お元気ですか? すっかり寒くなったと思ったらもう十二月なんですね。白石さんに出会った季節が今年もやってきました。―

いつも通り、近況を綴る便箋。
私が送った二週間後には白石さんから返事が届く。私はそれを楽しみに毎日励んでいた。
香月も高校を卒業し、しばらくは一緒に暮らしていたけれど、二十歳を過ぎた香月は家を出た。
本当は白石さんが戻ってくるまで一緒にいてやりたかったと香月は言った。
私の我侭に香月をつき合わせるつもりはなかったけど、その言葉が酷く嬉しかった。

数多の罪があったけれど、彼の過去の事情など様々なことから減刑はあった。
けれど、それでも十年の実刑判決が下った。それが長いのか、短いのか分からない。
犯した罪は、どうすれば赦されるのだろうか。
私も待ち続ける時間、それを考えていた。

「白石には会いに行っていないのか?」

「出所するまで、会わないつもりです」

「そうか」

私は警察を辞めた。
私が胸に抱いた正義を貫きたいという気持ちはあった。
けれど、私は白石さんと共に生きる未来を選んだ。

「柳さん…ありがとうございます」

「俺はこれでもお前のこと、買ってるからな」

警察を辞めた私を誘ってくれたのは柳さん。
あの事務所には今、私と柳さんだけだ。
榎本さん・笹塚さんは警察に復帰し、岡崎さんは相変わらずSPをしている。
もしかしたら柳さんだって警察に戻るという道があったはずなのに、探偵事務所を続けてくれている。

 

彼のいない十二月が、もう十回もめぐってきた。待ちに待った日が、ようやくやってきたのだ

塀の向こうにいる彼に会いたくて、何度も何度もやってきた。
けど、面会はしなかった。
一度でも会ってしまったら私は残りの日々を一人で立っていられなくなるんじゃないかって怖かったから。

門が開く音がする。心臓が痛い。
だけど、私も…彼もこの日をただただ待ち続けた。

「白石さん、おかえりなさい」

久しぶりに見た彼は少しやせた気がした。

「…市香ちゃん。ただいま」

だけど、彼の笑った顔はあの頃と変わらなかった。
私は堪えきれなくなり、彼の胸へと飛び込んだ。
久しぶりに感じた彼の温度は、泣きたくなる程温かかった。

「前、手紙にも書いてあったけど、今は柳くんと二人で探偵やってるんでしょ?」

「そうですよ。こないだ浮気調査もしました。なので至って普通の探偵事務所ですよ」

「へえ、浮気調査ねぇ」

壮絶な修羅場を迎えたという話は今はしないでおこう。
隣を歩く白石さんをちらちらと見ていると、彼は意地悪そうに笑う。

「何、そんなに俺のこと見て。久しぶりに会って年取った俺にがっかりした?」

「馬鹿な事言わないでください! それに年をとったのは私もです」

「…そうだね、君の大事な二十代を奪ってしまったんだね」

「そうですよ」

やっと会えたのに、悲しそうな顔をしないで。
私はあなたに笑っていてほしい。
いつまでも離れたままの手を、きゅっと握った。

「だから…離れていた分まで、これからはずっと傍にいます」

「…市香ちゃん」

「ほら、猫たちがいましたよ」

ここは以前、白石さんと野良猫たちを見に来た場所。
白石さんがいなくなってから、私はたまに一人でここに来て、彼が可愛がっていた猫たちを見守っていた。

「あの子、五番が産んだ子なんですよ」

「え?」

私が指さしたところにいたのは、ぶち猫。
彼が五番と呼んでいた猫が産んだ子だ。

「それにあの子も八番の子どもですし…あと、あの子は」

次々説明していくと、白石さんは驚いた目で私を見つめた。

「どうかしました?」

「…俺がいない間、見ててくれたの?」

「ここはあなたと私の思い出のデートコースですよ」

二人で猫を追いかけたあの時間。
手を繋いだ時の幸せそうに笑う白石さんを何度も何度も思い出していた。

「市香ちゃんはずるいなぁ」

白石さんは泣くのをこらえるように、顔をゆがめた。

「ずっと、君に会いたかったよ…」

そう言って、白石さんは私をきつく抱き締めた。

 

 

 

「でも二人しかいない探偵事務所も少し寂しそうだね」

「そんな事ないですよ!
榎本さんや笹塚さんもたまに遊びに来てくれますし、たまに向井さんや桜川さんとも飲みに行ったりしてますよ」

「へえ、そっか」

事務所の階段を一段一段登る。ドアの前に着き、私は白石さんにドアを握らせる。

「さあ、開けてください」

「…うん」

がちゃりとドアノブが回る音がして…
パァーン!とクラッカーの音がいくつも響いた。

「白石さん、おかえりなさーい!」

榎本さんの元気な声が響く。

「…え、これって」

固まったまま動けない白石さんの背中をそっと押して、中へ入る。
中には柳さん、榎本さん、笹塚さん、岡崎さん、香月、吉成さん、さっき話題に出ていた向井さん、桜川さんまで揃っていた。

「おかえりなさい、白石さん」

私がそう笑うと、白石さんは小さく頷いて、それからみんなへ「ただいま」と口にした。

 

 

* * * * *

「市香ちゃん、何を見てるの?」

「アルバムです」

それはあの日から思い出を形に残す意味をこめて沢山撮った写真の数々が収められている。

「景之さんは幸せ者ですね」

「うん、君がいうなら…いや、君が傍にいてくれるから幸せだね」

景之さんは初めて手を繋いだ時みたいに幸せそうに笑った。

「初恋が実らないなんて、嘘でしたね」

「え?」

「独り言です」

例外が好きだと言った遠い昔の彼を思い出して、私はただただ幸せをかみ締めるように彼に手を伸ばした。

 

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