彼女が駆け回る姿を見ることが好きだ。
一生懸命俺たちのために駆け回ってくれて、その表情はいつも輝いて見える。
彼女が駆けることによってトレードマークであるポニーテルが揺れるのを見ることが俺の密かな楽しみだ。
「つばさっ、お疲れ様」
「お疲れ様です、北門さん」
雑誌のインタビューを終えると、つばさが笑顔で出迎えてくれる。
「始まる時にいなかったから来ないのかと思った」
「すいません。前のスケジュールが押しちゃって」
「竜持はつばさがいなくて寂しかったんだって」
「トモ!」
インタビューが終わってからすぐチョッパチャロスを取り出して舐めていた竜持が俺をにらみつけた。
照れ隠しで素直につばさに気持ちを伝えられないところが竜持の可愛いところだ。
「心配かけてしまってすいません。次からは間に合うようにもっと頑張りますから」
「俺たちのためにいつも頑張ってくれてありがとう、つばさ」
俺がそういうと、つばさは頬を赤く染めて笑った。
ああ、好きだ―と素直に感じた。
つばさは今まで出会った女の子たちと違った。
可愛い子も綺麗な子も沢山見てきたけれど、つばさはその他の女性たちと明らかに違っていた。
「お疲れ様です。すいません、夜分遅くにお邪魔して」
「ううん。つばさもこんな時間までお疲れ様」
時計を見ると23時を過ぎていた。
竜持はもう眠っているが、彼女を部屋へ招き入れた。
「これ、次回新曲の打合せ資料とデモテープ…あと、こないだのインタビューが掲載された雑誌も頂いたので持ってきました」
大きめの封筒を鞄から取り出し、俺に手渡す。ずしりとした重み。
「つばさの鞄って重そうだね」
「色々詰めてたらいっつも重くなっちゃって…」
つばさは苦笑いを浮かべて同意した。
「ちょっと掛けてて。今、温かいもの用意するから」
「あ、お気遣いなく!もうこんな遅い時間ですし」
「遅い時間だから。少し休んでいって」
頑張る彼女が好きだ。
キラキラと輝いた瞳で俺たちを見守る瞳も好きだ。
俺たちが馬鹿にされれば、誰よりも悔しそうに唇をかみ締める。
俺たちが褒められれば、まるで自分のことのようにはしゃいで喜んでくれる。
頑張りすぎる彼女が、今は少し心配だ。
小さな鍋に牛乳を入れて温める。程よく温まったところに蜂蜜を流しいれた。
つばさが来た時にだけ使うピンク色のマグカップを取り出して、そこにミルクを注いだ。
「お待たせ、つばさ」
「ありがとうございます」
キッチンからつばさの元へ戻ると、彼女の隣に腰掛けた。
そして、つばさはマグカップを両手で受け取ると、ふうふうと息を吹きかけてから一口飲んだ。
つばさの一つ一つの動作を見逃したくなくて、俺はつい彼女を見つめてしまう。
「ん、甘くて美味しいです!なんだろう、この甘いの…砂糖よりも優しい感じで」
「蜂蜜だよ」
「ああ!なるほど。蜂蜜は喉にも良いですしね」
「つばさは俺たちのこと、本当に大切に思ってくれてるんだね」
「え?」
「だって、蜂蜜って言ってすぐ喉のことを浮かべるなんて」
アイドルは喉も大切だ。そういう知識を日ごろから取り入れるように心がけてるという事も知っている。
「私、みなさんが歌ったり、踊ったりしている姿を見ることが凄く好きなんです」
みなさんのことが大好き。
その言葉は何度も何度も聞いた。
俺は、つばさにとってその他大勢の一人でしかないんだろうか。
俺が今まで見てきた女の子たちへ抱くような…その程度の感情しかないんだろうか。
「じゃあ俺のことは?」
「え?」
「俺のことは、好き?」
肩と肩が触れる距離で、つばさの顔を覗きこんだ。
「もちろん、好きです」
「じゃあ、大好き?」
「き、北門さん…!あの、」
「ねえ、教えて。つばさ」
つばさの手からマグカップを奪い、テーブルの上に置く。
顔を近づけると、動揺したのか潤んだ瞳で俺を見つめた。
そんな顔、他の男にもしちゃうんだろうか。
「つばさの口から聞きたいな」
「~っ!!北門さんのこと、大好きです。キラキラしていて、宝石みたいで…だけど、かっこよくもあるし、絵本の中から飛び出してきた王子様みたいな…!!」
息をするのを忘れたみたいにつばさは一気に吐き出した。
思いもよらないご褒美に俺は目を丸くしてしまった。
「…あ、あの!」
「つばさ、ありがとう」
不安げに俺を見つめるつばさが、可愛くて愛おしくて、俺も本音が零れた。
「はやく俺だけのつばさになってね」
小さな声で彼女の耳元で囁く。
「それってどういう」
その意味を言葉にして伝えても、彼女はどう受け取るか分からないから。
答えを求める唇を人差し指でおさえて、そこに口付けた。
「さあ、どういう意味かな」
つばさがいつか自分からキスして欲しいと強請るまで。
「北門さんは、ずるいです」
そう言ってつばさは真っ赤になった顔を両手で覆った。
「まだ残ってるからゆっくりしていって」
つばさ専用のマグカップを指差して微笑むと、つばさは小さく頷いた。