彼を知るたびに好きになっていく。
ふらりといなくなるヴィルヘルムを探すのが好きだった。
彼を見つけられるのは自分しかいないんじゃないかと思うくらい、私は上手に彼を見つけた。
声をかけるまで、彼は世界でたった一人取り残されてしまったような顔をする。
人混みの中、母親とはぐれて途方にくれる小さな子供みたいに呆ける彼を見て、私は苦しくなる。
それを悟らせないように深呼吸をしてから名前を呼ぶ。
「ヴィルヘルム!」
私はあなたを支えたい。
あなたを愛しているから
もしも願いがかなうなら
「・・・どうしたの?それ」
「ガーベラっていう花」
ふらりと出掛けたかと思えば、ふらりと帰ってきて私を引きずるように空き教室へ押し込む。
それから隠していたらしい花束を目の前に差し出した。
可愛らしいピンクのガーベラとヴィルヘルムを交互に見つめると、恥ずかしかったのか機嫌悪そうに顔をそらされる。
「私にくれるために?」
「ああ」
じわじわと広がる幸福感に私は思わず彼に抱きついていた。
他人なんて全て敵だと思っているような人が、私のために花束を贈ってくれる。
それがどんな言葉よりも、行為よりも嬉しかった。
私はこの日を絶対に忘れないと強く思った。
ヴィルヘルムがくれた初めての贈り物は押し花にして大事にとっておこう。
いつまでも、彼がくれた証を大事にしよう。
花を毎日機嫌よく見つめる私にユリアナは呆れていただろうな。
そんな日々が、とても愛おしかった。
きっとこうやって私たちは少しずつ距離を縮め、寄り添って生きていくんだろう。
漠然と未来を思い描いていた、そんな時。
運命は残酷だった。
「ヴィルヘルムが倒れた!?」
「ああ、今医務室で休んでる」
今日はアベル、アサカ、ヴィルヘルムという組み合わせで外に出ていた。
アベルが息を切らして戻ってきたかと思えば、ヴィルヘルムが倒れて意識がないといわれる。
もつれて転びそうになりながら、私は医務室まで走った。
「ヴィルヘルム!!」
「静かに」
メフィストが振り返ると、人差し指を口元に添えて私を注意した。
小走りに彼の元へ駆け寄ると苦しそうな表情をしていた。
「なにがあったの?ヴィルヘルム・・・っ」
彼の手を両手で包むと、泣きそうになる気持ちをぐっと抑えた。
メフィストはくすり、と笑った。
「慌てても事態は好転しないだろうね」
「・・・何か知ってるの?」
「君たちよりもとても理解しているよ」
「教えて」
「ああ、いいとも」
こほん、とわざとらしい咳払いをすると私に向き直る。
愉快そうに言葉を紡ぎ始めた。
「彼はもたないよ」
「・・・っ」
ヴィルヘルムの手を強く握った。
彼がここにいるという事を確認するために。
「魔剣の副作用というべきかな。
確かに彼は魔剣から解放された。
だけど、長年馴染んだ魔剣という存在がなくなって彼自身、とても不安定になっているんだ」
メフィストの言葉を一字一句聞き漏らすまい。
泣くのは今じゃない。
「助かる方法は・・・ないの?」
「現実というものは厳しいね。
これが御伽噺だったら、王子様は悪い魔法の剣から解放されてお姫様と幸せに暮らしましたと終わるところだったのに。
君たちは御伽噺の王子様でもお姫様でもない。だからこんなに辛い現実しか待っていないんだね。
なんてかわいそうなんだ」
哀れみの言葉を紡ぎながら、表情は酷く愉快そうだ。
「方法はないの!?」
堪えきれずに怒鳴るように声を張り上げた。
ヴィルヘルムが死ぬなんて・・・考えられない
「方法はあるよ、ひとつだけ」
「教えて、なんでもするから」
ヴィルヘルムが生きる未来を私は諦めたくない。
彼と過ごす未来を。
「この薬を飲めば、彼は助かるよ」
さっきまで何も持っていなかったメフィストの手のなかには小瓶があって、中の液体は発光していた。
「ただし、彼は大事なものを失うことになる」
にやり、とメフィストの口元が歪んだ。
「彼が魔剣として目覚めてからの記憶、全てを失うことで彼は助かる」
堪えていた涙が一筋、流れた。