例えば君が(ニケラン)

ニケの顔立ちは女の私から見ても綺麗だ。
睫なんて驚く程長いし、肌だって白い。
細身な身体のせいか、女の人といっても通じてしまいそうな外見だ。
外見に惹かれたわけじゃない。
ニケの内面に惹かれたからこそ、今こうして二人で一緒に過ごしているのだ。
夜、一緒に眠って朝起きる。
一日の始まりと終わりがニケだという幸福をかみ締めていた。
だけど・・・

 

「ニケさん、このパン2つお願いしまーす!」

「ずるい!私も!えーと、私は3つ!」

お昼時になると、私たちのパン屋(といっても簡単な露店みたいなものだ)には村の色んな人が来てくれる。
それはとても嬉しい事ではあるんだけれど・・・
ニケの外見の良さから村の若い女の子が毎日パンを買いに来る。
ニケも笑顔で対応しているんだけど、それを見ているとなんだかムカムカする。

「モテる彼氏を持つのは大変だねぇ」

いつも来てくれるおばあちゃんがその様子を見て、私にそんな言葉をかけた。
苦笑いを浮かべて、それをやり過ごす。
なんだろう、ただ胸が苦しくて、私は服の裾をぎゅっと握った。

 

 

 

夕方前には作ってきたパンは完売し、私たちは家へ戻る。
ニケの話す言葉をぼんやりと聞き流している内に家へ着いた。
家のドアがぱたりと閉まると、不意に強い力で抱き寄せられた。

「・・・っニケ!?」

驚いて声が上擦る。
後ろから抱きしめられているため、ニケの表情は見えなかった。
ただ、回された腕が力強くて私は戸惑っていた。

「ねぇ、ラン。僕、何かした?」

「・・・え?」

耳元にニケの息がかかる。
くすぐったさに身をよじれば、逃がすまいと強く抱きしめられる。

「今日、全然僕の顔を見ようとしないのはどうして?」

「・・・」

それは分かってる。
子供じみた独占欲だということくらい。
ニケが、自分以外の女の子に好意を寄せられる事も、笑顔で対応することも。
仕方がない事だと思っていても、胸が押しつぶされそうな気持ちになってしまう。
ニケにそんな事いえない。
唇をきつくかみ締めていると、ニケの手が私の頬から顎を優しく撫でる。
私を労わるような指先に思わず気が緩んだ。

「ニケ・・・私、」

「ラン・・・」

たまらなくなって、振り返るとそれを待っていたかのようにニケが唇を重ねてきた。
唇をかみ締めていたせいで、強張っていた口元も優しい口付けに安堵していた。
啄ばむような口付けを何度も交わすと、ニケがもっと求めようと私の後頭部を抑えるようにして逃げ場をなくして深く口付けてくる。

「-っ、んっ」

こういう口付けは初めてなわけじゃない。
だけど、優しさ以外の激しさを含んだ口づけはいつだって私を追い立てる。
触れ合う舌、混ざり合う熱。
どれくらい口付けを交わしていたのか分からなくなるほど、私たちは夢中で口付けた。

「・・・はぁ」

ようやく唇が離れる頃には私の足の力は抜けて、崩れ落ちるように座り込んでいた。
それから向き合うように私の手を優しく握ってくれた。

「ラン・・・何か思うことがあるなら言ってほしいんだ。
僕は君が好きだから」

「ニケ・・・」

ニケの瞳は私を気遣うようだった。
だから私も落ち着けようと、深呼吸をしてから向き直る。

「ごめんなさい、私・・・
ヤキモチを妬いていたの」

「ヤキモチ・・・?」

勇気を振り絞って紡いだ言葉。
ニケは驚いたように目を見張った。

「その・・・お店にはニケ目当てで来る若い女の子が多いでしょ?
お客様相手にすることだからニケが無下に出来ないにも分かっているんだけど・・・
やっぱりニケが他の人に騒がれるのってちょっと嫌だなって。
心狭いかもしれないんだけど・・・」

伺うようにニケを見つめると、あっという間に抱きしめられた。

「ラン・・・君は僕を喜ばせるのが上手すぎる」

「ニ・・・ケ?」

おそるおそる彼の背中に手を回す。
ニケの声色は凄く弾んでいた。

「お客さんのことはやっぱりお客さんだからどうすることも出来ないけど
それでも、僕は君がそうやってヤキモチを妬いてしまう程僕を好きでいてくれたことが嬉しい」

「・・・もう」

きゅっと抱きしめる力を強くする。

「好きだよ、大好き。
ニケだけが・・・だいすき」

「うん、僕もだよ。
ランの事だけが大好きだよ」

嬉しそうに笑うニケを見て、なんだか恥ずかしい気持ちにもなるけれど。
私のそういうヤキモチさえ可愛いと喜んでくれる。
私を好きだといってくれる。

でもきっと・・・
ニケが私みたいなことを言ったとしたら。
私もニケみたいに喜んじゃうんだろうな。

そう思うとなんだかくすぐったくて、誤魔化すようにニケの胸に顔を埋めた。

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