敵わない(陸珠洲)

朝、眠い目をこすりながら洗面台で顔を洗っていると、背後に気配を感じた。

「・・・姉さん?」

「おはよ、陸」

タオルで顔を拭きながら、鏡越しに姉さんを見る。
姉さんはもう制服に着替えていて、エプロン姿が眩しい。
照れくさくて顔を拭きながら姉さんから視線を逸らすと、後頭部をそっと撫でられた。
その手つきにどうにもドギマギしてしまい、自分でも顔が赤くなるのが分かる程だった。

「陸、髪伸びたね」

「ん、そうかな」

「うん。今日学校終わったら切ってあげるね」

「ありがとう、姉さん」

散髪屋に行かず、俺はいつも姉さんに髪を切ってもらっていた。
髪型に大したこだわりもないし、邪魔にならなければなんでもいいと思っているので、姉さんが切ってくれるのはありがたい。
ただ、幼いころはただ純粋に嬉しかっただけなのに年を重ねるごとに姉さんに触れられることに平常心でいられなくなっていった。
今の俺たちは今までとは違う。
その・・・恋人同士なのだ。
だから俺だって男だし、あんまり不用意に触られると危ない。

「姉さん・・・あの、」

「なに?」

意を決して姉さんを見つめれば、いつも通りにこにこと笑っていて毒気を抜かれた。
そうして俺のいつも通りの朝が始まる。

 

 

 

 

長年一緒に暮らしているから、今更俺を意識する事はないんだろう。
そりゃたまに風呂場で遭遇した時は顔を赤らめたりするが、それは昔からだ。
キスも・・・数える程度しかしていない。
本当はもっと姉さんに触れたいけど、無防備な姿を見ていると急に男になって良いものか考えものだ。

「陸?」

「あ、なに?姉さん」

学校の帰り道。
姉さんと偶然一緒になったので、そのまま二人で帰っていた。
俺たちの家の傍にはあまり民家はない。
だから家の近くともなればほぼ人通りなんてないものだ。

「手・・・つないでもいい?」

恥ずかしそうに上目遣いで俺を見上げてくる姿に俺も赤くなってしまう。
こくりと頷いて、姉さんの手をそっと握る。
俺よりも小さな手。細くて強く握れば折れてしまいそうだ。

「陸の手、大きいね」

「・・・俺だって男だから」

「うん、そうだね。
もうすっかり大きくなっちゃったね」

昔もこうして手をつないで歩いた。
お姉ちゃんらしく、弟の世話を一生懸命見ていた姉さんはいつだって一生懸命だった。
今もそれは変わらない。
が、手を繋いで昔を懐かしまれると俺はどうにも色々しづらい。
ちらりと姉さんの様子を盗み見ると、嬉しそうにはにかんでいた。

「姉さん」

苦しくなって俺は立ち止まる。
手を繋いでいるから、姉さんも俺につられて立ち止まる。
不思議そうに俺を見上げる瞳をたまらない想いで見つめる。
繋いでいた手をぎゅっと握ると、そのまま自分へと引き寄せた。
そのまま屈んで額に口づけた。

「俺も男だから・・・その、あんまり無防備でいられると色々と困るというか」

額に口づけられて驚いたのか、姉さんは空いてる手で額を抑えていた。
それから沸騰したように真っ赤になった。

「陸・・・」

「・・・なに?」

「屈んで」

怒らせたのか。
顔を赤らめたまま、姉さんはなんとも言えない顔をして俺に催促する。
叩かれるのかもしれないけど、事前承諾を得なかった俺も悪い。
姉さんの手が届くように目を閉じて屈むと頬を両手で挟まれて、引き寄せられる。
次に訪れたのは、額への痛みではなくて唇への柔らかい感触だった。
唇が離れた後、驚いて固まっている俺を優しい笑みを浮かべて姉さんは見つめていた。

「陸、男だからとか女だからとか関係ないよ。
好きな人には・・・触れたいよ」

子供をあやすように言葉を紡ぐ姉さんはやっぱり俺が好きな姉さんで、俺の世界で一番大切な人だ。

「やっぱり姉さんには敵わないな」

抱き寄せて腕の中に姉さんの小さな身体を収める。
おずおずと回される腕が嬉しくて、俺はもう一度額に口づけた。
俺が思っていたより、姉さんはきっと俺を男として見てくれていたようだ。

「珠洲」

慣れない名前で呼べば驚いて顔をあげる姉さんに触れるだけのキスを贈った。

 

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