狭い箱に詰められるのがまず嫌いだ。
だから教室にみっちり人間が詰められている内の一人になるのは最も苦痛だ。
ようやく授業が終わり、ふらりと街に出て海沿いを散歩していると海の広さに安心する。
やっぱり解放された空間は落ち着く。
「ん?」
海の果てを思い描きながら立ちつくしていると、足元に気配を感じる。
見下ろすと一匹の猫がいた。
「なんだ、お前」
しゃがんで相手の顔を伺うとうっすら汚れた白い猫。
首輪はしておらず、おそらく野良猫なんだろう。
その割に肉づきは良さそうだ。
こうやってすりよって、人から餌をもらう技でも会得しているんだろうか。
「俺は何にも持ってねーよ」
猫の喉を撫でてやるとゴロゴロと気持ち良さそうな顔をする。
「にゃー」
「ん?もっとか?」
猫は甘えるようにもう一度擦り寄り、撫でることを要求してくる。
暇だし、俺も悪い気はしなかったので撫で続けているとそんな俺たちに影が落ちた。
「何やってるの?ヴィルヘルム」
「ああ、ランか」
顔を上げると、ランは不思議なものを見るような目をしていた。
猫はランを見ると俺の後ろに隠れる。
「その猫どうしたの?」
「気付いたら寄ってきたから撫でてやってた」
「そうなんだ。私も触っていい?」
「おう」
ランも屈んで猫に手を伸ばすと、猫は威嚇するような声を出した。
「どうした?」
「・・・この猫、ヴィルヘルムを取られたくないのかな」
猫の様子を見て、困ったような表情になる。
猫の首根っこを掴んで持ち上げて、ランの目の前に差し出した。
「乱暴な事しちゃ駄目だよ!」
「大丈夫だろ。
おい、お前。ランに変な態度取るなよ」
猫に言い含めると、猫はぶらぶらとしたまま小さく鳴いた。
「ほら」
猫を渡すと大人しくランに抱っこされるが、互いに微妙な表情をしていた。それから少し二人と一匹で時間を過ごし、猫は新しいターゲットを見つけたのか一声鳴いて去っていった。
「・・・」
黙ってランが俺の腕に手を絡ませて擦り寄ってきた。
それはまるでさっきの猫のようだ。
「どうした?」
「ヴィルヘルム、猫と一緒にいる時凄く優しそうな顔をしてた」
「そうか?」
「そうよ」
自分では分からないから何とも言えないが、ランが言うんならそうなんだろう。
「ちょっと猫に妬いちゃった」
「は?」
「だって・・・」
ぱっと顔を上げたランは自分が言っている事が恥ずかしいのか、頬を赤らめていた。
その表情にぐっと来て、触れるだけの口づけをした。
「猫にはしてねーぞ、キス」
「・・・っ、ばか・・・」
その声は機嫌がすっかり直ったようで、幾分優しげに感じた。
猫も可愛いといえば可愛かったが、猫に妬くこいつの方が俺にとっては可愛いんだけどな。
それを伝えたらきっと恥ずかしがって怒ると思うから言わないでおいた。