夕暮れの教室。
誰もいないんじゃないかと思ったそこには寅がいて驚いた。
「どうしたの?寅」
「んあ、なんだお嬢か」
煩わしそうに振り向いた寅はいつもより大人びた顔をしていた。
それから大きなあくびをする。
「寝てたの?もしかして」
「それ以外俺がなんでここにいるんだよ」
「そうよね、寅だものね」
「いいや、とりあえず帰ろうぜ」
中に何も入っていなさそうなカバンを持つと、寅は歩き始めた。
私もその後に続く。
どうしてだろう、寅が私を誘ってくれただけで嬉しくなっていた。
「寅」
「ん?」
隣を歩く彼は多分私に歩調を合わせてくれている。
以前ならもっとずんずん進んでいってしまったのに、最近は私に合わせてくれる。
名前を呼ぶと隣にいる私を見つめてくる。
どうしよう、今日はおかしい。
いつもより寅を意識してしまっている。
「寅の瞳って綺麗ね」
「・・・ああ、こっちはな」
「こっち?」
「いや、なんでもねえ」
金色の瞳が少し寂しげに見えた。
「あの、寅・・・」
なぜだろう。
その表情が見ていられなくて、思わず彼の服の裾を掴んだ。
そんな私に一瞬驚いた表情をしたが、すぐいつもの悪巧みするときのような笑みを浮かべた。
「なんだよ、お嬢。誘ってんの?」
「誘う?」
「・・・いや、冗談だよ」
アホらしいと言って頭をがしがしとかきむしる。
「そういう事はお前の幼馴染とかにしてやれよ」
「どうしてそこで理一郎が出てくるの?」
「お嬢は本当にお嬢だな・・・」
寅が何を言いたいのかよく分からなくて、不満げに彼を見つめる。
寅は時々こうやって私を試すような言葉を言う。
今、私の目の前にいるのは寅だけなのに卑怯だ。
「そんな顔すんなって、さっさと帰るぞ」
前に向き直り、彼の服の裾を掴んでいた手を離される。
まるで拒絶されたみたいで悲しくなったのもつかの間だった。
寅は私の手を掴んだ。
「・・・ねぇ、寅」
「んー?」
「手・・・いいの?」
「いいんじゃねーの?」
「・・・そう」
繋いだ手が凄く熱い。
寅がどういう気まぐれで私の手をとったのか分からないけど。
ちらりと寅の顔をみようとすると彼も私を見ようとしてたようで視線がぶつかる。
「お嬢、顔すっげー赤いぞ」
「・・・ゆ、夕日のせいよ!」
「ふーん」
そのまま手を繋いで歩いた。
寅の気まぐれに振りまわれるのは大変だけど・・・
それでもいいかな、と思うくらい彼に毒され始めていた。