「あら、円」
昼休み、廊下に出ると6年生の教室の前をうろうろしている円に出会った。
おそらく央を探しにきたのだろう。
私が声をかけるとゆっくりと振り返った。
「こんにちは、撫子さん。
昼休みだというのにお独りですか?」
「円だってそうじゃない」
「僕はいいんです。央が心配で様子を見に来ただけですから」
「心配?」
「はい。今日、央が使うであろう教科書が僕の鞄に入っていたので困っているのではないかと」
よく見れば彼の手のなかには国語の教科書があった。
「それなら大丈夫よ、央に教科書を貸して欲しいって言われて私が貸したから」
「・・・そう、ですか」
あからさまに円は元気をなくし、くるりと回転した。
「それでは失礼します」
「ちょっと円っ」
慌てて彼の腕を掴むと円は驚いたように目を見開いた。
「どうしたんですか、撫子さん」
「円こそどうしたの?
ここまできたんだから央に渡してあげればいいじゃない」
「・・・あなたが貸したのだからそれを使いたいでしょう」
「?」
目を合わせようとしても頑なに視線を逸らされる。
それに少しだけいらっとし、円の頬を両手で挟んだ。
「円、言いたいことあるなら言った方がいいと思う」
円はいつも言葉が足りない。
口数が少ないという意味じゃなくて、大事なことを飲み込んでいるようにみえる。
今だってそう。
「・・・では言わせていただきます」
「ええ」
ようやく円と目が合う。
私は微笑んで彼の言葉を待つ、と
「こんな廊下のど真ん中で下級生の頬を挟んで見つめあうなんて恥ずかしくないんですか?」
「!!」
言われるまで気付かなかった。
周囲をおそるおそる見ると、通りかかる人や廊下で遊んでいる人に見られていた。
私は恥ずかしくなり、彼から一歩ひく。
「早くいって欲しいわ、そういう事は」
「だってあなたが・・・」
「あれー?円と撫子ちゃん、何してるのー?」
向こうから央の声がする。
円は振り返って、央の下に駆け寄ると手にしていた教科書を央に押し付けた。
「これ、忘れ物です」
「ありがとう、円!!」
想像通りに央は喜んで、それを受け取った。
それから彼は逃げるように走っていき、私はその後姿を黙って見送った。
円の瞳には一体何が映ってるんだろう。
円は何を考えているんだろう。
私はまだ知らない、彼の抱える苦しみを。