なんでも屋を始めて数ヶ月経った。
飼い犬探し、迷子探し、怪我をしてしまって家事が出来ないおばあちゃんのお手伝い。
そういう身近なことを気軽に頼んでもらえるようになり、わたしたちは少しずつだけど前に進めているのかな、と嬉しくなる。
鏡に映る自分を見て、船にいた頃を思い出す。
深琴ちゃんみたいな女性になりたい、と憧れて彼女を目指した。
結局何一つとして深琴ちゃんみたいにはなれなかったけれど、やっぱり深琴ちゃんは憧れで。
肩にかかるくらいの髪。
もう能力はない。
(・・・もう誰にも髪を切れ、なんて言われなくて良いんですね)
目を閉じて、あの頃を思い出す。
思い出しても苦しいだけ。
でも、その苦しみがあったから今こうして幸せになれたのだ。
「こはる?どうしたの?」
「あ、駆くん」
鏡の前でぼうっとしているわたしを心配に思ったようで駆くんはわたしを後ろからぎゅっと抱きしめてくれる。
「ちょっと考え事をしていました」
「それは俺が聞いてもいい事かな?」
「はい。
髪を伸ばそうと考えていました・・・」
風に揺れる深琴ちゃんの髪が美しくて目が離せなかった。
「こはるがそうしたいなら良いと思うよ。
でもどうして急に?」
「はい、実は花嫁さんは髪を結い上げるものだと教わったんです」
何でも屋をするようになって色んな人とお話するようになった。
その時、駆くんとは結婚しているのか?と聞かれた時教えてもらった。
「そっか」
鏡には私を抱きしめる駆くんが映っていて、その表情はなんだか嬉しそうだ。
「こはるが結婚式を楽しみにしてくれてるのが凄く嬉しいよ」
「まだまだ先のお話ですけど・・・
それまでには深琴ちゃんくらいになれれば嬉しいです」
「本当に君は深琴が好きだね」
「はい!」
深琴ちゃんはとても特別な人。
こうなりたい、と強く思った相手。
強くて弱い人。
「こはる」
名前を耳元で囁かれ、耳朶に口付けられる。
「・・・っ!か、駆くん」
「俺の腕のなかにいるんだから俺の事だけ考えてほしいな」
唇はそのまま首筋へと移動する。
駆くんの口付けはいつもわたしをドキドキさせる。
舌が首筋を這う感覚にぞくぞくとし、力が抜けそうになるが抱きしめられたままなので崩れ落ちることはない。
「わたしは、いつも駆くんでいっぱいです・・・っ」
「こはる・・・」
頬に手を添えられ、顔を引き寄せられたかと思えば唇が重なった。
優しいキスは駆くんみたいに私を安心させてくれる。
彼の腕に手を添える。
大好きです、駆くん。
近い将来、あなたの為に着る純白のドレスを夢見て。
駆くんに喜んでもらえるように髪を伸ばしていこう