愛は奪うものではなく5(ヴィル→ラン←ニケ)

何事もなかったように時は流れていく。
僕が抱きしめたことも、好きだと言ったことも。
キスをしたことも全部、なかったかのように彼女の時は流れていく。
変わったことといえば、ランが僕の傍にいなくなってしまったことくらいだ。

 

「・・・ラン」

誰の耳にも届くことなく、僕の声は雑音で掻き消された。

 

 

愛は奪うものではなく

 

 

夢はいつか覚める。
だから夢なんだ。
俺はあの狭い部屋に独りでいた頃、夢なんて見ることもなく眠り続けた。
今俺が見ているのは夢?それとも・・・

「ヴィルヘルム、ご飯食べてないんでしょ?」

「ああ」

午後の授業が終わり、城下にでも行こうか考えて森へ行くことにした。
これ以上人混みにいたら神経使う。

「これ一緒に食べよ、さっきユリアナがくれたの」

ランが袋からパンを取り出して、俺によこす。
押し込むように口にそれを入れていく。
正直味なんてよく分からなかった。

「このパン、凄い美味しいって評判なんだって」

「へぇ、そうか。美味いな」

「そうだね、美味しいね」

ランは嬉しそうに笑った。
こいつが笑うとほっとする。
泣きそうな声で必死に俺を呼んでいた声が今は慈しむように名前を呼ばれる。
孤独だった。
ずっと独りだった。
俺の名前を呼んでくれる奴なんてもう存在しないんじゃないかと本気で思っていた。
なあ、ラン。
俺はお前に苦しみ以外を与えることは出来たんだろうか。

「ラン」

名前を呼んで、その頬に触れた。
涙の痕はもうない。

「どうしたの?」

「ん、ゴミついてた」

「え、やだ」

慌てて自分で触れて確認するランを見て、穏やかな気持ちになる。
懐かしい気持ちになる、こいつといると。
それが誰を思い出しているのかは分からない。
でも・・・この感情は懐かしさだけじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

彼がまだ私の中にいた頃、話しかけても全然返事してくれず、対応してくれてもとてもそっけなかった。
それが悲しかったし、怖かった。
私はもう普通の人間じゃないのに、私を普通の人間じゃなくした貴方まで私を嫌ったら私はどうすればいい?
涙は枯れる事なく、思い出したかのように溢れ、頬を伝い落ちた。

「ヴィルヘルム・・・ありがとう」

彼の腕に抱かれて、眠りにつく。
怖い夢ももう見ない。ヴィルヘルムが私を守ってくれる。
大丈夫、もう大丈夫。
私の頭を優しく撫でる手に安心して目を閉じる。

「・・・っ」

ふと、苦しそうな声が耳に届き私は顔を上げた。

「ヴィルヘルム!?」

真っ青な顔で汗を零しながらなんとか呼吸をしていた。
何がどうしたのか分からず狼狽していると彼の手が私の頬に触れた。

「ヴィルヘルム・・・?」

「んな、泣きそうな顔すんなよ・・・」

苦しそうな顔をしてるのは自分のくせに。
私を気遣って無理に笑みを浮かべる。
それから彼の身体が光に包まれた。

「!?」

そのまぶしさに目を閉じる。
輝きが止んで、目を開けると私の目の前には初めて会った時の彼がいた。

「・・・ヴィルヘルム?」

「あーあ、せっかく元の姿になってたのになぁ」

あー残念、と彼は言うとベッドの上でごろりと寝返りを打った。

「ほら、お前も寝るぞ」

「どうしてその姿に?」

「さあ?俺もわかんねー。
いいから寝るぞ」

ぐいっと私を抱き寄せると目を閉じる。
先ほどまでの安心感はないけど、なんだかむず痒い気持ちになる。
ココロの奥がちりちりとした、なんといえば良いか分からない感情が燻っていることに気付かないふりをしながら私も目を閉じた。

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