「真弘先輩、お話があります」
受験生になった春。
つまりは真弘先輩の浪人生活1年目の春。
私は居間で焼きそばパンを食べながらくつろぐ真弘先輩の前に正座していた。
「お、おう・・・なんだよ、急に。改まって」
訝しげに私を見る真弘先輩。
私は言わなければならない、とても大事なことを。
「私、決めたんです」
「何をだよ」
「・・・ダイエット、します」
「・・・はぁ?」
そう、ダイエット。
真弘先輩と付き合うようになってからおやつ気分で焼きそばパンを食べていた。
最近、なんだかウエストがきつくなった気がしてたけれど、目をそらし続けていた。
昨日、体重計に乗るまでは。
真弘先輩と食べる焼きそばパンは美味しい。
好きな人と、好きな人の好きなものを食べる。
なんて幸せなことだろう。
だけど、私はそれを絶たなければならない。
「だからダイエット!」
「何の話かと思ったらそんな事かぁ」
あー、びっくりしたぁと真弘先輩は胸をなでおろす。
「そんな事じゃないです!
女の子にとっては死活問題なんです!」
「でも、別にお前太ってないじゃねえか」
まじまじと見られると恥ずかしい。
恥ずかしくなって、真弘先輩から視線をずらす。
「・・・だって、真弘先輩が言ったじゃないですか」
「なにを?」
「私の水着姿見たいって」
バレンタインの日、言っていた。
私の水着姿を見たくなった、と。
春なんてあっという間に終わってしまう。
水着は夏だ。それまでに痩せなければ、水着になんてなれるわけがない。
「っ、おまえ」
ちらり、と真弘先輩を盗み見れば頬を赤らめて目を見開いていた。
ぐいぐい来ると見せかけて、真弘先輩はとっても私を大事にしてくれている。
二人でいるからと言って、私を押し倒したり、といったことをした事がない。
そういうところも好きなんだけど・・・って今はそんな話じゃない。
「とにかく!真弘先輩も協力してくださいね!」
「そりゃあ、水着のためならいいけど。
で?俺は何をすればいいんだ?」
「それは簡単です。
私といる時は焼きそばパンを食べないでください」
「なんだ、そんな事か。それなら簡単・・・ってええ!?
焼きそばパンを食べるなって?」
相変わらずのノリツッコミを見せてくれる真弘先輩に私は満面の笑みで頷いた。
「はい!」
「ざけんな!お前、俺の命と匹敵するくらい大事な焼きそばパンを・・・!」
「水着、見たくないんですか?」
「う・・・」
手に持ったままの焼きそばパンと私を交互に見つめる。
ああ、すっごい悩んでる。
でも、私が我慢している横で真弘先輩が焼きそばパンを食べるのは良くないと思う
「わーったよ!俺も男だ!
お前のダイエットに付き合う!!」
「それでこそ真弘先輩です!」
別れを惜しむかのように手に持っていた焼きそばパンを一気に食べた。
ああ、さようなら。焼きそばパン。
「じゃあ、今日は食い納めっていうことで焼きそばパンめぐりしようぜ!」
「あ、いいですね!」
今日で最後なんだし、食べても問題ないだろう。
私たちは笑顔で商店街へ繰り出した。
その日の晩。
再び体重計に乗った私は、昨日より体重計の針が右側に進んでいるのを見て固まるのだった。
ダイエットの道は厳しい。