I can’t live without you. 2(ヴィルラン)

卒業、というものを今まで経験したことがない。
だから、別れというものに疎いのかもしれない。

(あいつと離れるなんて考えた事なかった・・・)

ランが卒業後どうするか、初めて聞いて俺たちの道が分かれるということを知った。
確かに俺もランが俺と同じような道を選ぶとは思っていなかったから
心の奥ではこうなることは分かっていたかもしれない。
それでも、改めてその現実を突きつけられると想像するだけで心の中が空っぽになったような空しい気持ちになる。
ランが隣にいないなんて俺には考えられない。

「・・・離れたくねぇな」

ぽつりと呟いた自分の言葉がなんだか響いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだか最近ヴィルヘルムの様子がおかしいんだよね」

「様子が変、というと?」

食堂で昼食をユリアナとアサカを食べている時、私は最近考えていたことを口に出した。

「なんていうか・・・ぼーっとすることが多いというか」

物思いに耽っているというか、遠い目をする事が増えた気がする。
それを何度か指摘したが、気のせいだって誤魔化される。
思い当たる節がなくて、私もお手上げ状態。

「アサカはヴィルヘルムと結構話してるでしょう?
だから何か知らないかなぁって」

「確かに割と話しますけど」

うーん、と考え込むアサカをじっと見つめると、ユリアナが穏やかな表情で私を見ていた。

「どうかしたの?ユリアナ」

「いや、ヴィルヘルムは幸せ者だなーって。
こんなに可愛い彼女にこーんなに愛されてるんだもの」

「・・・っ、もう」

「もしかしたら、寂しいのかもしれないですね」

「え?」

アサカが思い出したように言葉を口にする。

「あまり詳しく聞いたわけじゃないですけど、ヴィルヘルムは別れというものに耐性がないんではないでしょうか?」

言われて思い出す。
こないだ、寂しいと言ったヴィルヘルム。
自分の感情に疎い彼が寂しいと口に出したのが凄く嬉しかった。
だけど、そうだ・・・
あの頃からだったかもしれない。

「ありがとう、アサカ」

「いいえ、お役に立てたなら何よりです」

アサカはにっこりと笑った。
こうやってアサカはヴィルヘルムの話を聞いてあげてたりするのかな。
ヴィルヘルムが自分の感情の動きに気付けるようになったのは周りの影響もあるんだろうな。
そう思うと胸がいっぱいになった。

 

 

 

 

 

 

 

ベンチに座って、ランが美味いと気に入ったパンを食べていた。
街は祭りでもないのに人で溢れている。
この景色が当たり前なのだけど、人が大勢いる光景がこういう日常になるなんて昔の俺は想像していなかった。
魔剣から解放されて、ランと過ごすようになって、世界が優しいものに見えるようになった。

道行く人を見ていると一組の老夫婦を見つけた。
髪はすっかり真っ白で、顔だって皺だらけなその夫婦は手を繋いで歩いていた。
時折、幸福そうに笑ってお互いを見つめたりしながら。

(俺もいつか、あいつとあんな風になれるのかな・・・)

そんな考えが頭に浮かんだ。
そのことに驚いて、俺は手に持っていたパンを落としてしまった。
食べかけのパンが地面に落ちるのを見て、らしくもない事を考えていた自分に笑いそうになる。

 

「大丈夫ですか?」

落としたパンに手を伸ばしていると、目の前には人が立っていた。
顔を上げてみれば、先ほどまで俺が観察していた老夫婦がいた。

「ああ、大丈夫だ」

「もし良かったらこれ、どうぞ」

ばあさんが、買い物袋から包みを取り出して俺に手渡した。

「私たちじゃ食べきれないから」

「・・・さんきゅ」

手渡されたそれはまだ暖かくて、それがまるでこの二人のようだった。

「あのさ、あんたら夫婦なんだろう?
なんでそんなに幸せそうなんだ?」

今だって穏やかな笑みで、俺を見ている。
幸せだと言葉にしないでも伝わってくる。

「そうですねぇ。
若い頃は良い事も、悪い事も、悲しい事も勿論楽しい事もありましたが、
そういうものを全て二人で乗り越えてきた結果が幸せに繋がったんではないでしょうか」

「・・・」

「夫婦というのはそういうものなんですよ」

「そうか・・・」

二人は手を繋いだまま、俺の前を去っていった。
俺は貰ったばかりの包みを開くとかぶりついた。
それは以前、アサカにもらったタイヤキとかいう菓子に似た味がした。

「ヴィルヘルム!」

食べ終えた後もベンチに座ったままだった俺を呼ぶ声が聞こえた。
声の方を見ると、ランが走ってくるのが見えた。

「おう、ラン」

「どこ行ったのかと思って心配しちゃった」

「ああ、悪かったな」

乱れる息を整えると、俺の隣に座った。

「なぁ、ラン」

ランの手に自分の手を重ねる。
俺よりもずっと小さな手。
俺に出会った事により、ランはたくさん苦しんだだろう。
それでも、俺に恨み言一つ言わなかった。
この小さな手で、魔剣を握って戦おうとした。
もう二度とそんな真似をさせたくない。
どんなときだって笑っていて欲しい、と願っている。
だけど、現実いつだって笑っていられるわけじゃない。
些細な事で喧嘩して、怒ったり泣いたりもする。
でも、一緒に過ごして美味い飯を食べて喜んだり、面白いことがあって笑ったり。
そういう事だってある。

「俺と結婚しないか」

朝、目が覚めた時にお前が隣にいてほしい。
お前が悲しい思いをしたり、泣いている時に傍にいてやりたい。
俺がどうしようもない時に、手を握ってほしい。
この手を繋いで、俺も・・・お前と笑いあいたい

「・・・っ」

隣にいるランの顔を見れば、ランは何も言わずにぽろぽろと涙を零していた。

「!?どうした?
泣くほど嫌だったのか?」

「・・・違うの、嫌で泣いているんじゃないの」

涙を止めようと、空いている手で何度かぬぐうがそれでも涙は止まらない。

「嬉しいの・・・っ、ヴィルヘルムが、そんな事言ってくれるなんて」

ランは俺の手を取ると、愛おしそうに頬ずりをする。

「ヴィルヘルム。
私をあなたのお嫁さんにしてください」

ランは幸せそうに微笑んでくれた。
今まで見たどの笑顔よりも、綺麗だ。

 

 

 

 

 

あなたなしでは生きられない

 

 

 

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