「ねぇねぇ、ラン!」
夜、二人で紅茶をいれてクッキーを食べる。
そんな事が私たちの習慣で、ささやかな幸せだ。
サクリ、と音を立てながらそのクッキーを食べる幸せは一日の疲れが吹き飛びそうだ。
ユリアナに視線を移すと、彼女はにんまりと笑った。
「ヴィルヘルムとはどうなの?順調?」
「えっ」
「だって付き合い始めて結構経つでしょ?
毎週日曜日は二人で一緒にいるじゃない!」
「う、うん・・・」
恋愛の話になると、私はついつい躊躇してしまう。
なんというか、今までそういう事をした事がなかったので、どう反応していいのか分からない。
ヴィルヘルムとは、休みの日には森の見回りも未だにしているけれど、
一緒に海沿いを歩いたり、城下でお買い物したり、と楽しく過ごしている。
「・・・その、ヴィルヘルムは私のこと大事にしてくれてるよ?」
なんと言っていいのか分からず、私はそれだけ告げて紅茶に口をつけた。
「照れ屋なんだからー。
でも、順調なら良かった!ヴィルヘルムがこないだ綺麗な女の人と話してたから」
「え?」
「あ、」
しまった、と言わんばかりにユリアナは口元を押さえた。
綺麗な女の人と?
ヴィルヘルムが?
でも、ヴィルヘルムは背も高いし、体格もがっしりとしていて、顔立ちも整ってるから・・・
「違う違う!あんたを不安にさせたいわけじゃないの!
ごめんね!余計なこと言って!」
「ううん、たまたま道聞かれたとかそういう事かもしれないし」
「そうだよ!ヴィルヘルムはあんたの事、すっっっごく愛しちゃってるから!」
テーブルの上に残るクッキーを食べる気にならず、その後はユリアナと何気ない会話をして、
いい時間になった頃に床に就いた。
ユリアナと話している時も、私の頭にはヴィルヘルムのことしか頭になかった。
翌日、授業が終わり、私は裏庭をなんとなく歩いていた。
自分が見たわけでもないし、ただの道案内とかそういう事だろうし。
でも、なんだか凄くもやもやする。
「おう、ラン」
後ろから声をかけられて、私は慌てて振り返った。
ずっと私が考えていた相手の声だったから。
「ヴィルヘルム・・・」
「ん?どうした?元気なさそうな顔してるけど」
暗い表情をしないようにしたつもりだったのに、ヴィルヘルムはすぐ気付く。
そんなところも好きなのだけれど、今はそれが恨みがましい。
「そんな事ないよ、ヴィルヘルムこそどうしたの?」
「ああ、これから城下行かないか?」
「うん、いいよ」
「じゃあ、行こうぜ」
嬉しそうに笑みをこぼすと、ヴィルヘルムは私の手を握って歩き出した。
(・・・っ!)
普段は一緒に歩いていても手をつなぐなんて事はあまりなくて。
やっぱり男の人の手って大きいんだな。
そっとヴィルヘルムの顔を見やると、少し頬を赤らめている事に気付いてすぐ正面を見た。
いつも隣にいる彼なのに、知らない面を見たような気がして、ドキドキしていた。
「どこに行くの?」
いつも行くお店の方向ではなくて、普段通らないような通りに来ていた。
迷いなく歩いているから目的地があるのだろうけれど、私には見当もつかなかった。
「ここだよ」
しばらく歩いてたどり着いたのはキラキラとまばゆいお店だった。
色とりどりの宝石で作られた装飾品が売られている露店だ。
私は以前このようなお店を見たことがある。
そう・・・アスールだ。
「凄い!アスールみたい!!」
「ここの行商人はアスールから来てるんだよ」
「だから見覚えがあったんだ!」
並べられている品々を見つめていると、行商人さんに声をかけられた。
「貴女の彼ね、毎日ここに来てどれが似合うかって悩んでいたのよ」
「え?」
ぱっと顔を上げれば、そこには綺麗な女の人がいた。
この人が行商人さんなんだ。
そして、すぐ分かった。
ユリアナが見たという綺麗な女の人の正体が。
この人のことだったんだ。
「お前に何も贈った事がなかっただろう。
折角なら喜んでほしいし、」
驚いた表情をする私を見て、彼は照れくさそうに呟いた。
「ありがとう、ヴィルヘルム」
その気持ちだけで私は十分嬉しい。
「どれが良い?好きなの買ってやるよ」
「でも折角だからヴィルヘルムに選んで欲しい」
「自分の欲しいもん選んだ方が良くないか?」
「ううん、ヴィルヘルムが選んでくれるのが何よりも嬉しいの」
「・・・っ!
じゃあ・・・これだ」
商品に視線を落とすと、まるで決めていたかのようにそれを選んだ。
真っ赤なルビーのペンダントだった。
赤々と光り輝くそれはまるで彼のようだった。
私はそれを一目で気に入った。
「うん、これが良い!」
「どうもありがとうございます」
行商人さんにお金を手渡すと、ペンダントをそのまま受け取り、
私たちは海へと歩いた。
いつものベンチが空いていたので、そこに座り、ようやく一息ついた。
ついさっきまで暗い気持ちだったのに、今は嘘みたいに上機嫌だ。
「つけてやるよ」
「うん」
買ってもらったばかりのペンダントをそっとつけてもらう。
正面から回されたため、ヴィルヘルムの顔がすぐ近くにあって意識してしまう。
「うん、よく似合ってる」
「ありがとう」
「蒼い宝石にしようか悩んだんだけどよ、
赤の方が良いなって」
「うん、私も。
赤ってヴィルヘルムみたいだから嬉しい」
「・・・俺もそう思って選んだ」
至近距離のまま、額を合わされた。
彼の髪の色が視界の片隅に映る。
綺麗な赤色。
「傍にいれないときでも、俺はお前を想ってるって伝えたかった」
「ヴィルヘルム・・・」
そのままそっと口付けられた。
ヴィルヘルムの唇は少しかさついているのに、凄く熱く感じられた。
ああ、彼のことがとてもとても愛おしいって心が叫んでるみたい。
「あのね、ヴィルヘルム」
「ん?」
「ヴィルヘルムがね、綺麗な女の人といるところを見たって話を聞いてね・・・
凄くもやもやしたの。ごめんなさい」
「・・・ラン」
「私のためだったのね、ありがとう」
「ばーか」
腕を回されて、きつく抱きしめられる。
「俺はお前以外、眼中にねーよ」
「うん、私もヴィルヘルムが好き」
今度は私から彼へ贈り物をしよう。
身に着けるもので、私を思い出すようなそんな品物。
いつでも私は貴方を想っていると伝えたいから。