アキちゃんは距離の取り方が上手なんだと思う。
ハルカなんて、アキちゃんと付き合うことになったと聞いて飛び跳ねて喜んだ。
未来のお兄さんとして文句なし!と太鼓判を押され、
お父さんに関しては何も言っていなかったが、反対しないということはそういう事なんだと思う。
朝、迎えに来ているアキちゃんと雑談を交わせるくらいの仲なのだ。
「アキちゃんって人づきあい上手だよね」
朝、登校中に私がぽつりと零すと一瞬驚いた表情になったが、すぐさま笑顔になる。
「え、急にどうしたの?惚れ直しちゃった?」
「もう、そういう事じゃないよー」
私が褒めると、アキちゃんはすぐ茶化す。
それは多分照れ隠しも含まれていることを私は知っているので、さらりとかわす。
「アキちゃん、ハルカに好評だし、お父さんも何にも言わないけど認めてる感じだし。
それに友達もたくさんいるし」
「アイちゃんの家族に好かれるのは大歓迎だけど、友達は別に良いよ。
相手をどうでもいいとかじゃなくて、自分の見せる部分を気をつけるだけで友達は出来るよ」
見せる部分、とアキちゃんは言う。
確かに明るくて軽口をたたくアキちゃんは親しみやすいだろう。
アキちゃんは人によって見せる部分をキレイに分けている。
私は意識して分けることが出来なくて、今もなんだか下手くそなままだ。
「俺の全部を見せるのは、アイちゃんにだけ」
繋いでいた手を持ち上げて、口元へ運ぶ。
まるで童話に出てくる王子様がお姫様に挨拶するときの口付けみたいで思わず頬が熱くなる。
「・・・朝からそんな事して」
恥ずかしくて、私はアキちゃんの口元から手を引き離し、歩く速度を速めた。
「早くしないと遅刻しちゃうよ!」
「はーい」
そんないつも通りの朝。
私はアキちゃんと一緒にいて、とても幸せだ。
「彼氏が迫ってきてばっかりで本当疲れちゃうんだよねー」
「愛されてる証拠でしょー?我慢しなさいって」
体育の授業。
今日はバレーボールの試合だったので、試合じゃない人はそれを見学する形になる。
同じチームの子たちとなんとなく話していたんだけど、気付けば自分の彼氏の話題へと流れていった。
私はあまりそういう話をするのが得意じゃないので、相槌を打つ程度にしていた。
「そういえば湊戸さんも彼氏いるよねー?後輩くん!」
「・・・うん、そうだよ」
話題を振られてしまい、びくりと反応しそうになったが堪えて頷く。
「毎日登下校してるもんね!いいなぁ、愛されてる感じするー!」
「えへへ、そうかな?」
引きつりそうな笑みを浮かべながら会話は続く。
アキちゃんならこういう時、どういう風にかわしてるんだろう。
「あ、そういえばさ!駅前のクレープ屋さん、新商品でたよね~!」
話題が別のことに流れると、気付かれないようにそっとため息をついた。
アキちゃんと付き合っていることを深く聞かれるのは恥ずかしい。
あまりそういう事は人に話したくないから。
大事に大事にしていきたい。
(早く、放課後にならないかなぁ・・・)
アキちゃんに早く会いたい。
そんな事ばかり考えていた。
「アイちゃん、何見てるの?」
帰り道、ぼんやりとショウウインドウにある大きなくまのぬいぐるみを見つめていると、アキちゃんに顔を覗きこまれた。
「え?なんでもないよ!」
私の視線の先をたどると、そこにあったくまを見て、アキちゃんはにやりと笑った。
「アイちゃんもまだまだ子供だなぁ」
「ち、違うよ!可愛いなって思ってただけで欲しかったわけじゃ・・・!!」
子供っぽいと思われるのが恥ずかしくて、つい否定をした。
アキちゃんはなんでもお見通しみたいな顔をして、私の手を取った。
「ほら、クレープ屋さんあるよ。
食べて帰ろう」
アキちゃんの手の平から伝わる暖かさに自然と笑みが零れた。
クレープのゴミを捨てて、戻るとアキちゃんが立ち上がった。
「ごめん、アイちゃん!俺ちょっとトイレ行ってくるからここで待ってて!」
「うん、分かった」
さっきまで座っていたベンチに独りで座り、私はアキちゃんを待った。
アキちゃんを待つ時間は好き。
もうすぐアキちゃんが戻ってくるなー、と安心するから。
同い年だったら一緒のクラスになったり出来たかもしれないけど、
同じクラスになったりしたらアキちゃんの人気にうんざりしちゃいそうだからやっぱりいいやってなる。
アキちゃんと私、と周囲の距離感はこれくらいが良い。
他の人に聞かれたりしたくない。
大事なものは全部自分の胸に秘めておきたいなんてわがままなのかなぁ。
「お待たせ、アイちゃん!」
「おかえりー」
走って戻ってきたアキちゃんを笑顔で迎える。
アキちゃんはいつも走ってきてくれる。
私を待たせないようにって気持ちなんだろう。
そういう事が嬉しいなんて他人に聞かせるの勿体ないじゃない。
「じゃあ、帰ろうか」
「うん」
再び手を繋いで歩き出す。
それから他愛のない話をしながら歩くとあっという間に家の前に着いた。
「送ってくれてありがとう、アキちゃん」
「いいえー。あ、あとアイちゃんこれあげる」
「え?」
アキちゃんはかばんの中から小さな包みを取り出した。
「開けてもいい?」
「うん、どーぞ」
テープを丁寧にはがし、袋を開くとそこにはさっきのくまのぬいぐるみがあった。
「アキちゃん・・・!」
「大きさはそれで許して。
欲しそうにしてたからさ、アイちゃん」
「嬉しい、ありがとう!」
きゅっと抱きしめるようにそれを胸に当てる。
「アイちゃん、ちょっとだけ抱きしめてもいい?」
「え?」
驚いて、顔を上げるとアキちゃんが顔を赤くしていた。
「いや、アイちゃんが可愛いから」
「ふふ」
可愛いのはアキちゃんだよって言いたくなったけど、アキちゃんはいつも私を喜ばせてくれるから。
私からアキちゃんの胸に飛び込んで、ぎゅっと抱きしめた。
「・・・っ!」
「アキちゃん、ありがとう。
アキちゃんの事、大好き」
「・・・うん」
少し強い力で抱きしめられ、私は頬をアキちゃんの胸に押し当てる形になった。
とくんとくん、とアキちゃんの鼓動が聞こえる。
付き合うことを決めたとき、私とアキちゃんの間には好きの大きさの違いがあったと思う。
だけど今は・・・
きっと私の方が好きという気持ちが勝っているんじゃないかなって思うくらいアキちゃんのことが好き。
でも、まだそれは暖めたいから言わないの。
そんな事を思いながらアキちゃんに抱きしめられていた。