死というものを我は恐れている。
それは自分自身が死ぬということではない。
大切な存在が死んでしまうということを恐れている。
鬼と同化した玉依姫が、全てを諦めて死を選ぶという。
抱きしめた身体はとても華奢で、力を込めたら折れてしまいそうだった。
けれど、強く抱きしめないと夜の闇に攫われてしまうのではないか。
そんな事は決してさせない。
我の妻だ。我以外のものがこいつを奪うことは許されない。
生涯、我のものだ。
初めて出会った日のことを思い出していた。
人形のような、感情の見えない女。
復讐の道具としてしか見ていなかった。
愛なんて、なかった。
いつからだろう。
情が芽生え始めたのは。
決定的な何かはなかったと思う。
ただ、気付けば惹かれていた。
無為に過ごした三年間には、全く動かされなかった感情が、
今動き始めるだなんて誰が予想していたか。
あの頃に、死んでいたとしても愚かな女だとしか思わなかったのに。
今はどうしようもなく、愛おしい。
共に生きたい。そんな事を願うようになった。
「空疎様、こんなところにいらっしゃったんですね」
河川敷で日光浴をしていると、詞紀がやってきた。
「詞紀・・・!あんまり動くと腹に!」
「大丈夫ですよ。あんまり動かないのは身体に良くないと聞きました」
だからと言って黙って坂になっている河川敷まで来させるわけにはいかない。
立ち上がり、すぐ詞紀の傍らに寄り添った。
腰を抱くと、くすりと詞紀が笑った。
「空疎様は心配性ですね」
「当たり前だ。貴様と我の子だぞ、元気に生まれてくれないと困る」
「ふふ、そうですね」
以前よりも腹が膨れてきた。
たまに触れると、中から胎児が蹴り上げてくるのを感じることがある。
元気に育っているようで安心する。
「ここは冷える。違うところに行こう」
「そうですね、では少し散歩に付き合っていただけますか?」
詞紀は微笑むと、我の腕にその腕をからませてきた。
子を宿してから、以前よりも大胆というか、自分から我に触れてくることが増えた。
「空疎様、照れていらっしゃいますか?」
「何を言ってる」
「だって、頬が赤くなってます」
「うるさい、馬鹿者」
自分から触れることはためらわないが、詞紀から触れられることには未だに慣れない。
それが可笑しいのか、そんな我を見て詞紀は微笑む。
「空疎様、先ほどは何を考えていらっしゃったんですか?」
「ん?」
「空疎様、なんだか穏やかな表情をされていたから」
貴様との出会いから、今までを振り返っていたといったらどうするのだろう。
きっと、人のことを笑えないくらい頬を赤らめるんだろう
「さあな」
幸福だ。
愛おしい貴様が隣にいて、もうすぐ貴様と我の子にも出会える。
幸福以外なんという言葉で表現すれば良いのだろう。
「なあ、詞紀」
「はい」
宮までの道のり。
二人で寄り添って歩くだけなのに、こんなにも満たされた気持ちになるなんて。
「我は良い父親になるだろうか」
「勿論です。空疎様は素敵なお父様になります」
考える間もなく、詞紀は得意げに言う。
「貴様も、良い母になるな」
「・・・空疎様がそうおっしゃるなら、きっとそうなりますね」
「ああ、当然だ。
貴様は我の妻だからな」
こどもが生まれたら、聞かせてやろう。
我と貴様の出会いを。
我が、貴様を誰よりも愛しているか。
我と貴様を繋ぐ存在が、どれだけ嬉しいのか。
「空疎様、私はとても幸せです」
「ああ」
来年の今頃にはもう二人ではないのだな。
愛おしい妻、詞紀-
我はどうしようもなく、幸せだ