キッチンのドアを開ける前に目を閉じて深呼吸。
緊張するのも仕方がない。
だって生まれて初めての事なのだ。
好きな人にチョコレートをプレゼントするだなんて・・・
「・・・ナチ、いますか?」
ドアを開き、中を伺う。
黄緑色とオレンジがかった髪が視界の隅に映り、ドアを閉じると近寄っていく。
「あれ?フウちゃん。どうしたっすか?」
「ナチ・・・いえ、アスカ」
彼の本当の名前を呼ぶのは何度目だろう。
緊張のあまり声が上ずってしまう。
アスカ、と名前を呼ぶと彼の表情が変わった。
いつもの朗らかな雰囲気ではなくて、なんというか空気がピシっと引き締まる。
「これ、アスカに」
背中に隠していた包みを彼の前に差し出す。
アスカは驚いたように目を見開いていた。
「私に、ですか?」
「はい、貴方にです」
「ありがとうございます、フウ様」
包みを受け取ると、にこりと微笑む。
仮面を被っている、と瞬時に思った。
ナチの時の貴方も、
アスカの時の貴方も、
どちらの貴方も私に本当の表情は見せてくれない。
それが酷く悲しい。
「フウ様?」
「あ、いや・・・なんでもないです」
あからさまに元気がなくなった私を見て、アスカが私の顔を覗きこむ。
目を伏せていた私は、驚いてその顔を見た。
あまりの近さに驚いて、一歩下がりそうになってしまうが、これはチャンスなのかもしれない。
「アスカ・・・」
私は彼の腕を掴むと、自分へと引き寄せて予告もなく口付けた。
勢いよく引き寄せたせいだろう。がつっ・・・と歯があたる音がして、思わず涙目になる。
一瞬の口付けだったから正直痛みしかなかったのだけれど、口元を押さえるアスカは顔を真っ赤にしていた。
「フウ様・・・、」
「あのっ、ごめん。痛いですよね?」
自分も涙目のまま、アスカに謝罪すると今度は彼に腕を引き寄せられた。
アスカの胸に倒れるように私は寄りかかった。
頬に彼の手が添えられる。
「フウ様、口付けというのはこういう風にするんです」
顔を少し上に向けさせられると、アスカの唇が私のそれに重なった。
舌でなぞるように唇を舐められるが、それは多分さっきぶつかった部分を心配してだろう。
それから啄ばむような口付けを数度与えられると、唇は離れた。
「・・・アスカ」
「フウ様、チョコレートありがとうございます」
アスカの腕が、身体が私から離れる。
「アスカ、私は貴方をもっと知りたいです」
なんでもいい。
どういうことで怒るのか
どういうことで笑うのか
どういうことで、幸せなのか
なんでもいいから貴方の一部に触れて、いつか全てを知りたい
「私も、貴女を知りたい。
けど、それは叶わないことです」
優しい体温も口付けも、何もかも私のものにはならない。
そんな気がしていた。
「ごめんなさい、アスカ」
だけど・・・
「私は貴方をあきらめません」
初めての恋なのだ。
初めて、誰かを愛おしいと思った。
「フウ・・・様」
「キス、嬉しかったです。
ありがとう、アスカ」
にこりと笑い、私はキッチンを後にした。
まだ、始まったばかりの恋。
ぽろり、と涙が頬に伝ったが、それは悲しいからじゃない。
これは決意。
アスカ、私は貴方に手を伸ばすのをやめないから。