朝、アイちゃんを家まで迎えにいく。
一緒に登校するのを無理やり習慣づけさせたんだけど、
玄関の前で待ってる俺を見てアイちゃんはたまに困ったような顔をする。
多分、迷惑なんだろう・・・わかっているけど止めるつもりなんてなかった。
「おはよ、湊戸」
「おはよう、アキちゃん」
アイちゃんは取り繕ったような笑顔で俺にそう言った。
他愛のない話をしながら今日も一緒に学校へ行く。
「ね、湊戸。今日の帰りどこか行かない?」
「今日は早く帰らないと」
「そっかぁ、残念だなぁ」
「ごめんね、アキちゃん」
思ってもいないくせに謝罪を口にしないで欲しい。
そんな事を言ったらアイちゃんは凄く困るんだろうな。
中途半端な距離を保ち続ける。
俺が一歩近づけば、アイちゃんが一歩離れる。
いつまで経っても俺たちの距離は変わらない。
そんな事を考えるだけで、呼吸が苦しくなるんだ。
なら他の人を好きになればいいって?
俺だってそう思ったことだって何度もある。
「ね、姫野くん」
「はーい?」
クラスの女の子に声をかけられる。
女の子は固まって行動するのが大好きな生き物だ。
俺に何か聞きたくても一人では絶対来ない。
そういうずるい部分、結構嫌いじゃない。
傷つかない術でしょう?そういうの。
「朝、いっつも一緒に来ている人って姫野くんの彼女?」
アイちゃんのことだ。
そうなることをどれだけ俺が熱望しているかなんて俺以外誰も知らない。
「ただの幼馴染だけど」
「なんだぁ、良かったー」
良かったって何がだよ。
アイちゃんと付き合ってなかったらお前と付き合うの?俺。
そんな馬鹿げた話があるものか。
幼い頃、俺を辛い暗い世界から救い出してくれた彼女以外誰を好きになるというんだ。
彼女が過去から一歩も動けないのなら、俺がその手を取らないでどうするんだ。
俺が、アイちゃんを心の底から笑わせたい。
もういない人になんていつまでもアイちゃんを囚われたままでたまるか。
「でも、俺あの子一筋なんだ」
とびきりの笑顔を彼女たちに向けるとそのまま教室を後にした。
茶化して好きだというのは、アイちゃんの逃げ道でもあるし、俺自身の逃げ道でもある。
屋敷で記憶を取り戻したとき、俺は吐き気がした。
だってそうだろう?
忘れて欲しいと願っていた相手が彼女の目の前で微笑んでいるんだから。
もって行かれる。全部全部。
彼女を、奪われる・・・!
「鴉翅くん、どうしたの?」
「え・・・?」
「なんだか顔色良くない」
心配そうに俺を見つめる紅百合ちゃんの顔を見て、一度深呼吸をした。
大丈夫、大丈夫。
「うーん、ちょっと具合悪いかなー。
紅百合ちゃんが添い寝してくれるんなら元気になっちゃう!」
「もう、そんな事ばっかり言って」
呆れたようにため息をこぼすと、俺の頭を優しく撫でてくれる。
その行為に驚いて彼女の顔を見れば酷く穏やかな顔をしていた。
「妹にもこうしてあげてたの。
こうやってやると落ち着くんだって」
子ども扱いか。されたいのは男扱いだけど。
でも、それでも彼女のぬくもりが心地よい。
「ありがと、紅百合ちゃん」
たまらなくなって目の前の存在をきつく抱きしめる。
「ちょっと、鴉翅くんっ!?」
好きだと本気で伝えたら逃げるだろう。
戯れに伝えても本気にされない。
好きだ、ねぇ好きなんだ。俺だけのアイちゃんになればいいのに。
君を幸せにしたいのに。
俺にはそれが出来ないんだね。
「ありがと、楽になった」
腕の力を緩めて身体を離す。
そのぬくもりを胸に刻むように。
「それなら良かった」
俺は諦めない。
たとえ今はまだ無理だとしても、いつか必ず君を振り向かせる。
だって俺たちは未来を目指していけるのだから。