ナッちゃんって彼女に呼ばれる度に自然と笑顔になる。
彼女の声で名前を呼ばれるのが心地よい。
彼女が関わる事柄はほとんど幸福に近い。
「んー・・・」
アイちゃんの家で二人で勉強をしているときの事。
アイちゃんの顔を見ると眉間に皺を寄せて参考書と向き合っていた。
何の教科なのか覗いてみると数学だった。
彼女は理系科目が苦手らしくて、いつもこうやって眉間に皺を寄せている。
普段は明るく笑顔ばかり見せてくれるのに、勉強のときはさすがにそうもいかない。
くすり、と笑うとアイちゃんがちらっと僕を見て少し膨れた。
「ナッっちゃん、今笑ったでしょ?」
「え、うん。
アイちゃん、眉間に皺寄ってるよ」
人差し指で彼女のそこを軽く押すと、少し頬を赤らめた。
「えぇ、やだ・・・」
僕の手をどかすと、テーブルの脇にあったアイスティーを啜った。
「どこ分からないの?」
「ここなんだけど」
参考書を僕のほうに見えるようにしてくれたが、折角なのでアイちゃんの隣に移動する。
肩と肩が触れ合う距離。
あ、アイちゃん良い香りする。
多分これ、僕があげた石鹸の香りだ。
そう気付くと自分の体温が上がるのを感じる。
「これはここの公式を使って・・・こう」
「あ、そっか。
分かった、ナッちゃん!ありが・・・」
丁寧に解き方を説明すると、アイちゃんはぱっと笑顔になり僕の方を向いた。
至近距離でこちらを向かれたから、思ったよりも顔が近くてアイちゃんが固まってしまった。
そういうところも、可愛くて好きなんだ。
「うん、良かった」
額にそっと口付けるとにこりと笑う。
「・・・もう、ナッちゃん」
恥ずかしそうに微笑むアイちゃんは可愛い。
勉強の邪魔をするのは良くないし、これくらいで我慢しておかないと。
自分に言い聞かせるようにして、僕は元いた位置に戻る。
「でも、理系苦手ならそれを使わない大学受ければいいと思うよ?」
アイちゃん達は高校3年生。つまり受験生だ。
僕は一足先に大学生になり、彼女の勉強を見ながら自分の課題をやったりしている。
「・・・だって、ナッちゃんと同じ大学に行きたいんだもん」
「・・・え?」
志望校は内緒だといわれていたので、そこまで突っ込んで聞いたことがなかった。
恥ずかしそうにアイちゃんは言葉を続ける。
「中学校も高校も別々だったでしょう?
だから・・・大学は一緒がいいなって」
「アイちゃん・・・」
本当にこの子は僕をどこまで惚れ込ませたら気が済むんだろう。
「ありがとう、アイちゃん」
彼女の手をきゅっと握る。
「楽しみにしてるね、一緒の学校通うの」
「・・・うん!私、頑張るから!」
むんっ、と気合を入れ直して参考書に向かう彼女を見つめる。
あんまり見てると勉強に集中できないって怒られちゃうから程ほどに気をつけないと。
「あ、ナッちゃんナッちゃん!」
「ハルカ!ナッちゃんに失礼だよ!」
「お姉ちゃんだってナッちゃんって呼んでるじゃん!」
「私はいいのー!」
帰る時間になって居間に二人で行くとハルカちゃんがそこにはいて、僕を見て笑顔で寄ってきた。
屈んでと言わんばかりに手を大きく動かすので、ハルカちゃんの背の高さにあわせるように中腰になって耳を傾けた。
「お姉ちゃんね、ナッちゃんが大学で他の女の子と仲良くなってないか心配してたよ」
「・・・!」
ぼそぼそ、と僕にしか聞こえない大きさでハルカちゃんは言うと、僕から離れてにっこりと笑った。
「ナッちゃん、また来てね!」
「うん、ありがとう。ハルカちゃん」
階段を駆け上っていくハルカちゃんを二人で見送るとアイちゃんが不思議そうな顔をしていた。
「ハルカに何を言われたの?」
「うん?」
にこりとアイちゃんに微笑むと腕を掴んでぐいっと自分へと引き寄せた。
それからきつく抱きしめると、アイちゃんは驚いたらしく身体を固くしていたが恐る恐る背中に手を回してくれた。
「アイちゃん、大好きだよ」
耳元でそっと囁く。
「うん、私もナッちゃんが好き。大好き」
受験が終わるまで色々と我慢しようと思っていたけど偶には良いよね?
身体を少し離すと、アイちゃんの顎を片手でそっと上を向かせつつ、軽く屈んでそっとキスをした。
この幸せがいつまでもいつまでも、続きますように。
僕たちはまだ恋の途中にいる。
この気持ちが愛に変わるまで、大事に育てていこう