以心伝心(宮玲)

今日は久しぶりの休日。
家の近所に新しくオープンしたというカフェに豪さんと二人で来ていた。
オープンしたという噂を聞きつけて、私たちのように足を運んだお客さんで店内は大変にぎわっているが、一つ一つの席の間隔にゆとりがあるおかげだろう、そんなに混雑しているという気持ちを与えないのがとても上手な店づくりだなと感心してしまう。
私が注文したのは本日のお魚プレートで、ぶりの照り焼きがとても美味しかった。豪さんはハンバーグプレートを食べ、「桐嶋さんが喜びそうな味付けです」と顔をほころばせていた。
そうして、最後。運ばれてきたデザートを食べながら、私たちはゆったりとした時間を過ごしていた。
「美味しいものを、好きな人と食べるのって幸せですよね」
私がしみじみと呟くと、豪さんがくすりと笑う。
「玲さんは美味しそうに食べるから、見ていて気持ち良いです」
「豪さんも結構表情変わるから楽しいですよ」
「え? そうですか?」
「この味付けは誰が好きそうだとか、どうやったら家で作れるのかなとか考えてるのが分かります」
「……さすが玲さん」
ここのところ、本当に忙しかった。食事はほぼコンビニ。仕事しながら食べれるように、とおにぎりやパンが続いていた。
おにぎりやパンだって美味しいけど、このお店のお料理――お魚や野菜の味が体に染み渡るようだった。今後も通おうとひっそりと心に決めたところで、不意に豪さんの視線が突き刺さっている事に気づいた。
「……?」
豪さんが見つめているのは、私の顔。だけど、目を見ていない。いつも豪さんは話す時、私の瞳をじっと見つめる。その熱烈な視線に照れてしまう事もあるけど、目と目を見て話をするって気持ちが伝わりやすくていいなと思っていたのだ。
その豪さんが見ているのが瞳ではなく……私はどこを見ているか気づいた。そう、唇だった。
仕事が忙しい日々が続いて、時々メッセージを送ったり電話はしていたけれど、豪さんに会えるのはおよそ一か月ぶりの出来事だった。
今日も、「玲さん、疲れてるだろうから」とお昼前にこのお店の近くで待ち合わせをした。この店を出た後はスーパーで買い物をして、豪さんの家に行く予定だ。
(もしかして、豪さん……!)
恋人としてのスキンシップを求めてるんじゃないだろうか。そう気づいたら、心が落ち着かなくなった。
「あの、豪さん?」
「はい」
ちょいちょいと手招きをして、豪さんと顔を近づける。お耳を拝借とジェスチャーをすると豪さんがこちらに耳を向けた。
そして、私は勇気を振り絞り、彼の耳に唇を寄せる。
「豪さん、キス……したいんですか?」
私の言葉に豪さんが驚いたように目を見開き、こちらを向いた。
「私も、その……!ずっとしてないし、したい気持ちですけど!!さすがにここではちょっと……なので家に帰ったら」
「玲さん」
豪さんはふわりと微笑むと親指で私の口元をぬぐった。
「…え?」
「クリーム、ついてますよ。って言おうかと思って見つめちゃいました」
「~っ!?」
いい大人が口元にクリームをつけていたから、それを指摘するか悩んでいたのに、それをキスしたいと勘違いするなんて……!頭をテーブルに打ち付けたい気持ちでいっぱいだ。
「ああああ、それはとんだ粗相を……!」
恥ずかしくて両手で顔を覆う。穴があったら今すぐ入りたい。いや、掘りたい。
「玲さん」
そんな私の両手を豪さんがそっと握る。目の前の豪さんは少し頬を赤らめながら、優しく笑う。
「俺もしたいなって思ってたんで、家に帰ったらいっぱいしましょうね」
「……!」
「だって家に帰ったらいいってさっき言ってましたよね」
「……いいました」
「楽しみだなぁ」
ご機嫌な恋人を目の前に、私は何も言えなくなった。

スーパーに寄る予定を変更し、豪さんに手を引かれながらそそくさと家に帰った後の出来事は……二人だけの秘密だ。

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