魔法をかけて(司玲)

私はとんでもない事をしでかしてしまった。

「司さん、見てください。新しいカップ麺出てますよ! ほら、春限定のカップ麺ですって!」
「玲さん、カップ麺なんて体に悪いですよ」

二人で来ていたスーパー。新商品の棚に陳列されていたカップ麺を手に取って司さんにアピールしてみたが、私の手からそっとカップ麺を奪い、陳列棚に戻してしまう司さん。いつもだったら買い物カゴに迷わずINするのに……
私と付き合うようになってから、司さんの偏食は大分収まった。とはいえ、カップ麺やピザといったジャンクフードは大好きなのは相変わらずだ。新商品が出れば迷わず買うし、家のキッチンにはうず高くカップ麺が重なっていたのに。

 

そう、あれはと昨日の夜の出来事だ。
お風呂から上がった私たちはつけっぱなしにしていたテレビから流れてくるバラエティー番組を見ていた。
その番組で取り上げていたのが、催眠術だ。

「司さんは催眠術、信じます?」
「そういうものは信じませんね」
「意外とかかっちゃったりするかもですよ? せっかくだし、やってみましょうか!」

司さんといると童心がくすぐられる事がよくある。
今日もそんないつものノリだったはず……だが。
ありきたりな催眠術――五円玉を糸でつるして、司さんの前でぶらぶらと揺らす。

「司さん、五円玉をよーく見てください」
「五円玉より玲さんの顔がみたいです」
「それは……これが終わったらいくらでも」
「飽きるまで見つめますね。いや、玲さんに飽きるわけがないからずっと見てしまいそうだ」
「そうなったら私も司さんのこと見つめ返しますから!」

他愛ないやりとりをしながら、五円玉をぶらぶら。
催眠術、何が良いかなぁと考えた私は視界の片隅にあったカップ麺を見て閃いた。

「司さんはカップ麺に興味がなくなーるー司さんはカップ麺に興味がなくなーるー」

何度かその言葉を繰り返した後、両手をパンと司さんの前で叩く。
すると、司さんは数回瞬きを繰り返した後、私を見上げた。

「司さん、どうですか?」
「どうと言われても……どうでしょう?」
「うーん。あ、カップ麺をお夜食に食べるっていうのはどうでしょう?」

いつもならそこでちょっと嬉しそうな顔をする司さんが眉間にしわを寄せて、顔をしかめた。

「カップ麺なんて、体に悪いもの食べるのは良くないですよ。玲さん」

かくして、私がかけた催眠術は成功してしまったのだった……
まさかかかると思ってなかったから、どうやって解いていいのか分からず新商品を見せれば元の司さんにもどるのでは!?と期待してやってきたスーパーでも撃沈。
肩を落としながら食料品を買って、家に戻る。荷物を置いた後、司さんが私を後ろから抱きしめた。

「玲さん、ごめんなさい」
「え?」
「催眠術、かかってないんです」
「ええ?」

驚いて司さんの方を向くと、司さんがなんだか申し訳なさそうに笑う。

「玲さんが張り切って催眠術をする姿が可愛くて、かかったふりをしてしまいました」
「そんな……!いや、そうですよね。催眠術なんてかかるわけないですよね」

言われてみればそうだ、と思いながらも本当に焦ったのだ。
私はほっと息を吐き、司さんにぎゅっと抱き着いた。

「司さんの大好きなもの、取り上げちゃったのかと思いました……」
「玲さん……」

体が悪くなるほど食べるのは反対だけど、好きなものは心の栄養にもなるだろう。私だって焼酎が飲めなくなったら悲しすぎる。

「玲さん、すいません」
「種明かし、もうちょっと早くしてほしかったけど、催眠術の才能があるのかもってちょっと夢みれたんで許します」

そう言って笑うと、司さんも安心したように微笑んだ。
額と額をこすりあわせると、司さんの顔がすぐ近くにあった。

「仲直りの証にキスをしても?」
「許しちゃいます」

くすくすと笑いあい、私たちは唇を重ねる。
そういえば催眠術の件で慌てふためいていたから、今日初めてのキスだと今更気づいた。

「玲さん、大好きですよ」

私が催眠術をつかえようがつかえなかろうが、今後絶対司さんの好きなものを禁止するようなことは言わないようにしようと彼の腕の中で心に誓うのだった。

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