あなたしか見えない(宮玲)

私の恋人は、ちょっと……いや、かなりのドジっ子だ。
バナナの皮を踏んづけて転ぶ人が漫画の世界以外にもいた事に驚いたこともあるし、電球を変えようと脚立にのぼって足を踏み外したと聞いた時には心臓が止まるかと思った。
そんな豪さんを可愛いなと思う事もしばしば……だけど、可愛いだけじゃないのが私の恋人である。

ある日の休日。
豪さんの家に来ていた私は、豪さんと一緒にお庭の手入れの手伝いをしていた。
雑草を根っこから丁寧に抜き、栄養剤を土に差し、最後にお水を撒こうという事になった。

「水まきが終わったら、一緒にシュークリーム食べましょう。玲さんが来るから焼いておいたんです」
「えっ、シュークリームですか!? 豪さんの焼くシュークリーム大好きです!」
「それは良かった。……おや?」
「どうかしました?」
「水、出ないですね」

確かに豪さんの持っているホースからは水が出てくる気配がない。

「蛇口開けるの忘れちゃったのかもですね。私が開けてくるんで、豪さんは構えててください!」
「分かりました」

私は庭の片隅にある水場まで小走りで駆けてゆく。
きゅっきゅっと蛇口を回すと、ホースの中に水が流れるのが見えた。

「豪さん、水そっちにいきますよー!」
「はーい!」

離れた場所にいる豪さんに声をかけると、豪さんは元気良く返事をしてくれた。が、彼の持つホースからは一向に水が出てこない。

「出てこないですね」
「おかしいなぁ……」

こちらから見ると確かに水は出ている。不思議に思いながら自分のいる位置から豪さんの元までホースを目で追うと、なんと豪さんがホースを踏んづけていた。

「豪さん!足!ホース踏んでるんで足どけてください!」
「え? ああ、本当だ」

豪さんは自分の足元に見て、ホースを踏んでいる事に気づくと照れ笑いを浮かべて、その足をどけた。
その時だった。豪さんに踏まれて、なかなか水を吐き出せないでいたホースが勢いよく水を噴射した。

「わわっ……!」
「豪さん上に向けちゃ……!」

豪さんは水の勢いに負け、私の制止も届かずうっかりホースを上に向けてしまった。突然の雨に打たれたみたいに豪さんがあっという間に濡れネズミになってしまった。

「豪さん……!!」

私は蛇口を慌てて閉め、豪さんの元へ駆け寄る。
豪さんは子犬のようにふるふると顔を振り、濡れた髪をかきあげる。
不謹慎ながら、その表情があまりにも色っぽくてときめいてしまう。

(水も滴るっていうやつだ……)

言葉を失っている私の方を見て、豪さんが困ったように微笑んだ。

「参りましたね、びしゃびしゃです」
「すみません、私がもっと分かりやすく言えばよかったですね」
「ホースを踏んでた事に気づかなかった俺が悪いですよ」

ハンカチを取り出し、豪さんの顔を拭くが髪や服からぽたぽたと水が垂れるのであまり意味をなさない。

「濡れたままだと風邪ひいちゃいますからお風呂入りましょう、豪さん」

まだ季節は春だ。暖かくなってきたとはいえ、濡れたままでは風邪をひくだろう。

「そうですね。入った方がよさそうですね。
玲さんも一緒に入る?」
「!?」

豪さんのずるいところは、こういうところだ。
一緒にお風呂だなんて。うっかり想像してしまって顔が熱い。
そんな私を見て、豪さんはくすりと笑う。

「顔が真っ赤ですよ。玲さんのえっち」
「なっ!!!」

えっちって……!確かに想像してしまったけど、えっちって言われるなんて……!
そして、その言い方はなんだかとても反則だ。もう何本を豪さんが打った矢が心臓に突き刺さっているので、キャパオーバーだ。

「あんまりからかってると玲さんに怒られちゃいそうなんで、俺はシャワー入ってきますね。お風呂は夜、一緒に入りましょう」
「え、豪さん……!」

なんだかとんでもないことをさらっと言い残して、豪さんは家の中へと消えていった。私は庭で綺麗に咲いているブーケンビリアの花を見ながら、頭を抱えるのだった。

 

 

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