もう逃げられない(九玲)

気持ちを、素直に言葉にするのは難しい。大人になるにつれて、どんどん自分は思いを素直に伝えられなくなっている気がする。
それは特に――恋愛面で、とても痛感している。
私は今、九条壮馬さんに恋をしている。

金曜日の夜。今日は九条家のホームパーティーに招いてもらった。宮瀬さんの作る料理は家庭料理の味の良さを持ちつつ、料理のプロが作るような味わいもあり、今日も舌鼓を打った。
手土産に持ってきた大吟醸も桐嶋さんと新堂さんによってあっという間になくなり、とても楽しい時間を過ごさせてもらった。
色々とお酒を飲んだせいか顔が火照っている。宮瀬さんがデザートを用意するといってキッチンに消え、それの手伝いをすると言ってカナメくんも席を立った。
桐嶋さんと新堂さんは筋トレの話で盛り上がっており、その様子を目を細めて九条さんが見守っていた。
「九条さん、すいません。ちょっとお庭を散歩してきてもいいですか?」
「ああ、構わない」
「ありがとうございます。すぐ戻りますね」
「いや、その必要はない。私も行こう」
そう言って九条さんは席を立つ。
「さあ、行こうか」
私をエスコートするために差し出された手。握り返して良いものか、一瞬悩んだけどお酒の力を借りて、えいっと手を取った。
「……! はい、お願いします」
九条さんは小さく笑ってくれた。

外に出ると心地よい風が頬を撫でる。火照っていた肌が少し冷えると、酔いも抜けていくような気がした。
「今日はお誘い、ありがとうございました。とても楽しかったです!」
「そうか。貴方が来ると場が華やぐからな」
「滅相もないお言葉です……」
九条家も顔面偏差値がこの上なく高い。右をみても左をみても正面を見てもイケメンしかいない。マトリでイケメン耐性がついた気になっていたが、イケメンはイケメンだ。三日見たって慣れるものではない。そんな中に平々凡々な私がいたって花を添えられるはずなんてないのだ。
「ふむ。どうやら私の言葉を信じてないようだな」
「信じてないというかなんというか。私に気を遣ってくださっている事は分かってます。ありがとうございます」
月明りの下でみる花たちは日中と違う顔をしている。可愛らしいはずのチューリップが、今は神秘的な美しさを持っているように見える。
「……場が華やぐという言い方が失礼だったな」
九条さんは私の肩をそっと引き寄せた。トン、と九条さんの胸に肩がぶつかる。近くなった距離に驚き、顔をあげると九条さんの顔が思いのほか近い場所にあって息を飲んだ。
「貴方に会いたかったから、会えて嬉しかった」
「……ええと」
勘違いしそうになる。だって今の九条さんの表情は、さっき桐嶋さんや新堂さんを見守っている時と同じだったから。まるで私の事が大切みたいだと、錯覚してしまいそうになる。
「私も、皆さんにお会いできて……嬉しかったです」
だから勘違いしていないという返事を選択して、縮まった距離を適正な距離に戻そうとする。だけど、九条さんはそれを許さない。
「俺は“貴方に会えて嬉しかった”と言っているんだが。貴方は違うのか?」
九条さんの手が私の腰に回る。触れている部分からじわりと熱が侵食していく。
「九条さん、なんだかそれって告白みたいに聞こえちゃいます。私だから良いけど、他の人だったら勘違い……」
冗談にして誤魔化そうとする。だって九条さんが私を好きになるわけない。彼の世界にはきっと魅力的な人であふれているだろう。わざわざその中から私を選ぶ事なんて――
「貴方が好きだと言ったんだが」
「-っ!」
その言葉が、私の心臓を鷲掴みにした。
「貴方が好きだと言ってるんだ」
「九条さ、」
九条さんは私を抱きしめる。私の頬は九条さんの胸に押し当てられる。すると、ドクンドクンと九条さんの鼓動が聞こえてきた。
(……なんだか早い。もしかして九条さんもドキドキしてるのかな)
九条さんが私にドキドキするなんて。恐る恐る顔を上げると、九条さんと視線がぶつかる。
好きだと認めてしまったら、胸のなかで膨らんでいた感情が爆発してしまうんじゃないかな。それがなんだかちょっと怖い。だけど、もう押し込めておく事なんて出来そうにもない。
だから私は勇気を出す事にした。
「私も、九条さんの事が大好きです」
その言葉に、九条さんは今まで見た事のない優しい笑顔を私にだけ見せてくれた。

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