恋人はずるい人(宮玲)

「玲さん、まだ怒ってます?」
私の恋人が少し困ったような、悲し気な声で私に問いかける。
「怒ってはいません…! 多分」
「じゃあ、こっち見て?」
「それは嫌です!」

それは数十分前の出来事だった。テーブルの上に置きっぱなしになっていた豪さんのスマホ。誰かから電話が来たのか、ブーブーとスマホが振動し始めたのだ。
「豪さん、電話みたいです!」
「すいません、今手が離せないんで持ってきてもらえますか?」
庭先に出ていた豪さんがそう叫んだ。なので、私は豪さんのスマホを手に取り、彼の元へと急いだ。液晶画面に表示されていた名前は桐嶋さんだった。が、豪さんの元にたどり着く前に電話は切れてしまったのだ。
「あっ……! 切れちゃった。…………ん?」
着信が切れ、スマホの表示はロック画面に戻ってしまう。が、そのロック画面がとんでもないもので私はその場で固まってしまった。
「すいません、玲さん。わざわざ持ってきてもらって……玲さん?」
庭に出ようとしたあたりで立ち止まっていた私の元へ豪さんが戻ってくる。動かない私に不思議そうに小首をかしげながら、豪さんが私の名前を呼んだ。
いつもだったらそれだけの仕草で胸がときめいてしまう。いや、今も正直きゅんとしてしまったんだけど。今はそれどころじゃないので私はぐっと胸きゅんを押しとどめた。
「豪さん、これはどういうことですか?!」
私はスマホの画面を豪さんに向けて突き出した。
「あ、見つかっちゃいましたね」
豪さんははにかんだ笑顔を見せながら「すいません」と笑ったのだ。
ロック画面には、私の寝顔が設定されていたのだ。

「寝顔を撮ったなんて聞いてませんよ!」
「すいません、言い忘れてました」
「それにロック画面にするなんて……!」
「玲さんが可愛すぎていつでも見れるように……って思ったんですけど、ロック画面じゃ誰かに見られてしまう可能性がありましたね。すいません」
「……豪さん、スマホを私の方に向けるのやめてください」
「寝顔の代わりに起きてる可愛い玲さんを撮りたかったんだけど駄目?」
その聞き方はずるい。とてもずるい。手で顔を隠しながら、豪さんの方をちらりと見る。にこにこと笑みを浮かべた豪さんは肩肘をついてこちらを見ていた。
「今日はちょっと顔がむくんでるんでダメです」
写真を撮る事になるんだったら昨日いっぱいお酒を飲むんじゃなかったと今更しても遅い後悔をする。
「そんな玲さんだって可愛いですよ」
「~っ、今日はダメです!もっとコンディションが良い時にしましょう!」
「そこまで言うなら仕方ないですね。今日は諦めます」
そう言って、ようやくスマホをテーブルの上に置いた。私はほっと胸を撫でおろし、手をどけて豪さんに向き直った。
すると豪さんはまるで綺麗な花を見つけたみたいに笑みをこぼす。
「やっとこっち見てくれた」
ああ、豪さんはずるい。ロック画面に私を設定してくれた事だって本音を言えば嬉しかった。寝顔が照れ臭かっただけだ。
「今度豪さんの寝顔撮らせてくださいね?」
「玲さんだったらいつでもいいですよ。なんだったら今晩でも」
豪さんの手が私の手をそっと握る。豪さんの言った意味を瞬時に理解してしまった私は顔が熱くなった。
「それは……!その」
しどろもどろな私を見て、豪さんは幸せそうに笑うばかりだった。

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