素直に言えない(神玲)

明日は久しぶりに合わせる事が出来た休日。
急ぎの仕事を一通り片付けて、玲の自宅を訪れる。

「神楽さん、見てください!これ!借りてきたんです!」
じゃーんと言う効果音がつきそうな雰囲気で玲が僕に見せたのは、つい最近面白そうだと二人の話題にのぼった映画だった。
「へぇ。よく見つけたね」
「ちょうど返却になったタイミングだったみたいでラッキーでした。早速見ましょう」
テーブルの上にはグラスと軽いオツマミ。
(ちゃんと作ってるし…自分だって早く帰ってきたわけじゃないのに頑張って)
マトリという職業は決して楽なものじゃない。早くない時間に帰った日なんて、出来合いのものを並べたっていいはずなのに。
僕が来るから一生懸命作ったんだろう。
薄く切ることに失敗したらしい真鯛のカルパッチョに箸を伸ばし、口に放り込む。
玲はそわそわした様子で缶ビールを飲みながら、僕の反応を待っている。
「ねぇ。この鯛、厚すぎ。もっと薄く切れなかったの?」
「うっ…すいません、なかなかうまくいかなくて…あ、でもこっちの方気持ち薄めですよ!」
「……味は悪くないけど」
「! 本当ですか!?ありがとうございます!」
僕のたった一言でしょぼんとしたり、花のような笑みを浮かべたり、本当に忙しい。思わず小さく笑うと、泉も釣られたように微笑んだ。
映画はよくある悲恋もの。
僕が見たかったのはこの世界観に落とされた衣装の数々と背景とのマッチングだ。
エメラルドグリーンの海よりも、人物に目が行くアングルや、配置。とても上手だった。
「……っぐ、」
ふと隣から鼻をすするような音が聞こえてくる。ちらりと盗み見ると目を真っ赤にして、いつ涙が溢れてもおかしくない様子で映画にのめり込む玲の姿があった。
(本当、感情が顔に出すぎ)
笑ったり、怒ったり、困ったり、泣いたり。
くるくると変わる表情はまるで子供のようだ。
だけどーー
「玲」
名前を呼ぶとその瞳は僕のようを向いた。どんなに物語にのめり込んでいても僕の声に瞬時に反応する。嬉しくないわけがない。
そっと唇を重ねると堪えていた涙がぽろりと溢れた。
「か、神楽さん!」
「泣きたいならさっさと泣けばいいのに。ぐずぐず我慢してる方が気になる」
「そ、それは大変失礼しました…でもなんで」
なんでキスしたかなんて。そんな理由を求めなきゃいけない間柄じゃないでしょう。
「あんたの流す涙は他の事のためじゃなくて、僕のためが良いなって思っただけ」
「うっ…それは、その……」
目だけじゃなく、頬まで赤くなった泉を見て、僕は自分の失言に気づいた。
「もう良い、映画の続きに戻れば?」
「だって神楽さんが映画にヤキモ…」
「はぁ?なにいってんの、冗談言わないで」
「切り返しが早い…!ふふ、ありがとうございます」
ようやく玲はテレビに顔を戻す。けれど、甘えるように僕の肩にもたれかかり、指をからめて、くすくすと笑う。
「なに」
「明日楽しみですね」
僕もだよ、とは決して返せないけど。残っていた缶ビールを煽るように飲み干した。

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