ubriacone(ダンリリ)

※2018年10月に発行した「ローリングコースター」の再録です

 

先日、とんでもない失態を犯した。
パリスから届いた白ワインをリリィと二人で飲んだ夜のことだ。リリィの酔った姿を見てみたいという好奇心から彼女に酒を勧めた。それにあわせて飲んでいたらいつもより酒が回ってしまい、酔いつぶれてしまったのだ。リリィを酔わせる前に自分が酔いつぶれるなんて失態を犯しただけではなく、俺は普段心の内に留めている言葉を次々とリリィに向かって紡いでしまったのだ。
(記憶がなくならないという事がかえって辛い)
翌日、頭痛と共に次々と自らの行動を思い出しては頭を抱えた。リリィは「気にしないで。でもあんまり飲みすぎは駄目よ。体に悪いんだから」と頬を赤らめながら言った。

「ダンテ、随分浮かない顔をしているね」
「ニコラ」
ノックをしてニコラが執務室に入ってくると、俺の顔を見るなりそんな事を言う。
「そんな事はない。それより報告を」
「はいはい。 ダンテが心配していた街の様子だけど、ストラノの方も大分落ち着いてきていたよ。炊き出しに行っても問題はなさそうだね。念のため、護衛としてついていった方が確実だけど」
抗争が終わって、しばらく経ってようやくブルローネの街は落ち着きを取り戻してきたようだ。
「そうか、分かった」
「それで? 何に悩んでたんだい?」
報告を終え、 ニコラは楽しそうに俺に尋ねてくる。
リリィ絡みだと勘付いているのだろう。それが少し腹立たしくて眉間に皺が寄る。
「ああ、そういえばこないだ僕たちがいなかった夜彼女とワインを開けたらしいね」
「……」
「ダンテ、君は彼女とのことになるとこんなにも分かりやすい」
くくっと喉を鳴らして笑うアンダーボスを睨みつけるが、気にもとめない様子で言葉を続ける。
「そんな君の変化も、楽しいものだね」
ニコラは子供の成長を見守る親のように、目を細めて俺を見つめる。
「ニコラ、話は終わったんだ。俺は仕事がある」
「はいはい」
出て行けという事は伝わったようだ。ニコラは手をひらひら振ると執務室を出て行った。
パタン、と扉の閉まる音を聞いてから、俺は深く息を吐き出した。
リリィのことになると冷徹なカポでいられない。
そんな事はとっくの承知だ。だけど、他者からああやって指摘されるとどういう顔をしていいかわからない。もっとも、それも含めてニコラは楽しんでいるんだろうが。眉間を指の腹で揉み解していると、足音が近づいてくるのが分かった。この足音は――
「ダンテ、入ってもいいかしら」
ノックの後、リリィの声がする。返事をするとすぐドアが開いてリリィが入ってきた。
「お仕事、お疲れ様。ドルチェを作ったから休憩しない?」
「そうだな、少し休憩にしよう」
「ありがとう、ダンテ」
リリィは微笑むと、持ってきたドルチェとカフェラテをテーブルの上に置いた。今日のドルチェはトルタ・カプレーゼだった。俺が好きだと言った事を覚えていて、時々焼いてくれるのだ。それがたまらなく嬉しい。今日はリリィも一緒に食べようと自分の分も用意してきたようで、リリィは自分のフォークを持って、俺の様子を見ていた。あまり見つめられたままだと食べにくいのだが、俺の反応が気になってついつい見てしまうらしい。気にしないようにしつつ、フォークで一口サイズに割ったトルタ・カプレーゼを口に運んだ。
「美味しい」
「良かった!」
リリィの作るドルチェは美味しい。何を作っても上手だが、トルタ・カプレーゼは特に腕を上げたと思う。が――
「なんだかいつもと味が違う気がする」
「え、そう? ちょっと待って」
リリィも一口食べると、驚いたように目を見開いた。
「ごめんなさい、ダンテ。いつもよりブランデーが多く入っちゃったみたい」
ドルチェを作っている途中、レオとニコラが台所にやってきたらしい。その時に作りかけの生地をそのままにして離れてしまったそうだ。
「あの後、ブランデーをもう一回入れてしまったみたいね。作ってる途中に離れないように気をつけないと」
肩を落とすリリィを見ながら、二口目を食べる。
「いつもと味は違うが、これはこれで美味しい。気にすることはない」
「そう? ダンテがそう言ってくれるなら……でもあなたはもっと甘い方が好きでしょう? 今度は甘めの焼くわね」
「ああ、楽しみにしている」
ゆるりと微笑んで、カフェラレを飲みながらトルタ・カプレーゼを食べる。食べているうちに少し身体が熱くなってきたことに気付く。
「今日は少し暑いようだな」
「そうかしら、少し肌寒いと思っていたけど」
確かにリリィは薄手のショールを身に纏っていた。部屋を閉め切っているから熱が籠もったのかもしれない。これを食べ終えたら窓を開けようと思いつつ、トルタ・カプレーゼを口に運んだ。
俺の好物ということもあり、大きめに切り分けてくれたそれはまだ半分ほど残っている。
「ダンテ、顔が赤いわ。どうしたのかしら」
既に食べ終わっていたリリィが心配げに俺の頬に手を当てた。ひんやりとした手のひらが心地よくて思わず目を閉じる。
「本当だわ、ダンテ。少し熱いみたい。窓を開けるわ」
リリィが驚いた様子で、俺から離れそうとする。手が離れてしまった事に寂しさを覚え、俺はリリィの腕を強く引いた。
「きゃっ」
突然の事でリリィはバランスを崩し、そのまま俺の膝の上に乗ってしまう。
「ごめんなさい、ダンテ!」
慌てて膝の上から降りようとする体を後ろから抱き締め、首筋に額を押し付けた。
「おまえは冷たくて気持ち良いな」
俺の熱に驚いたのか、リリィの体がぴくりと反応する。
「リリィは抱き心地が良いからずっと抱き締めていたくなる」
「それは…ありがとう。ねえ、ダンテ。もしかして酔ってる?」
「おまえの足音が聞こえてくるだけで嬉しくなるんだ。さっきもドアがノックされる前からそわそわしてしまった」
「あ、ありがとう」
顔を上げ、リリィの首筋にそっとキスをする。花のように甘い香りがするのはきっとリリィの体からだ。
「リリィ、好きだ」
ずっと抱き締めていたい。ずっと触れていたい。その気持ちがぽろぽろと口から零れていく。
徐々にリリィの首筋が赤く色づいていく。
「リリィ?」
「ダンテ。あの…その、もう恥ずかしいわ」
振り返ったリリィの瞳が羞恥に濡れていた。そのあまりの可愛らしさに俺は堪えきれず、顔を引寄せようと手を伸ばして―
「そうだ、ダンテ。さっき言い忘れたんだけど」
ノックの意味を果たさないノックをして、ニコラが入ってくる。
「-っ!」
「あ、ごめんね。お邪魔しちゃったみたいで」
ニコラは俺とリリィの顔を見て、にっこり笑うと 「ごゆっくり」なんて言って部屋のドアを閉めた。
「~っ! ごめんなさい、ダンテ!」
リリィは全力で俺の手を振り払うと、物凄い速さで部屋を飛び出していった。
そこでようやく体の熱が引いていく。
「……またやってしまった」
まさかドルチェに入っているブランデーで酔うなんて。俺は深いため息をついて、すっかり冷えてしまったカフェラテを口に含む。
カフェラテの甘さが、この苦々しい気持ちを消してくれる事はなく。
(リリィにどんな顔をして会えばいいんだ…)
思わず頭を抱えて、机に突っ伏してしまった。

そのすぐ後、遠慮がちなノックの後に頬を赤らめたリリィが水を持って戻ってきた。
「ダンテ、次から気をつけるわ」
「…ああ、すまない」
ブランデーを入れすぎた事に対してか、それとも俺に酒を与えすぎないようにという事なのか。
渡された水を一気に飲み干すと、少し冷えた風が頬を撫でる。ちょうどリリィが窓を開けてくれたところだった。
「膝に乗るのはその……恥ずかしいけど、少しこうしているわ」
リリィはそう言って俺の頬を両手で包んだ。
「ひんやりしていて気持ち良いな」
「水を持ってくるついでに手を少し冷やしてきたのよ」
「おまえが冷たい思いをするのは良くない」
「その…私もちょっと、さっきので火照ってしまったからちょうど良かったの」
「……そうか」
「ええ。だから気にしないで」
リリィは優しげに微笑んだ。
その微笑みを見ると、胸が疼く。
そうだ、リリィといるといつもより酒が早く回ってしまう気がする。もしかしたらリリィの存在に酔っているからかもしれない。
(そんな事を考えるということはまだ酒が抜け切れていないんだろうな)
彼女の手に自分の手を重ね、リリィを見上げる。
「好きだ、リリィ」
酒の勢いではなく、心から今伝えたいと思ったから口にした。
「私もよ、ダンテ」
リリィの手のひらにそっとキスを送る。
リリィは幸福そうに笑ってくれた。

その夜、トルタ・カプレーゼに沢山のブランデーを入れたのはニコラだと発覚した。
「まさかダンテがあれくらいで酔っ払うとは思わなかったよ」なんて悪びれもせず言うものだから思わず銃をつきつけたのは仕方がないことだろう。

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