ブリキの心臓(ロン七)

心とは、どこにあるんだろう。
頭だろうか、それとも心臓だろうか。
心とは、記憶とは、一体何なんだろう。
「七海、七海」
はっと気付くと、目の前にいるロンが私のことをじぃっと見つめていた。
「ようやく気付いた。君は割とぼうっとする事が多いね」
「そんな事ない」
「ふうん。まあ、いいけど。それより雨が降ってきたけど、いいの?」
「え?」
ロンに言われてようやく外から聞こえる雨音に気付いた。食事が終わったらすぐに次の街を目指そうと思っていたのに。肩を落とすと、ロンは近くを通りかかった店員にお酒の注文をした。
「ロン」
「だってこんなに雨が降ってるから今日はもう動けないでしょ? だったらちょっとくらい良いかなって」
「……」
ロンはお酒が強いので、一杯飲んだところで変わりないけれど、切り替えの早さに何ともいえない気持ちになった。
店員がロンのお酒とアイスクリームを持って現れた。アイスクリームを目の前に置かれて、戸惑っていると「七海、好きでしょ?」とロンは言った。ロンの紫色の瞳が私を見つめていた。

以前、こはるさんから聞いた事がある。ブリキの人形が感情を持った話。そのブリキは心が欲しいと言って魔法使いを探した。心が欲しいと願ったブリキの人形は作り物の心臓を得る…そんなお話。
結局雨は止まず、食堂の上にある宿屋に一泊することにした。部屋には二つのベッドはあったけど、ロンは私を自分のベッドへと引きずり込んだ。
「ロン、狭い」
「そう? 七海は温かいね」
ロンの手は私のおなかの前で組まれた。その触れあいには欲望が見えなかった。眠りに落ちた時だと、ロンの体からはもっと力が抜けるはず。だから今は起きているはずなのに、ロンは何もしてこなかった。
不思議に思い、体をよじろうとするとロンは小さく笑った。
「起きてるよ。早く七海が寝ないとオレが先に寝ちゃうかもしれないね」
「…今日のあなたは変」
「そうかな」
いつも私にお構いなしに眠ってしまうのに。先に眠りに落ちたロンの寝顔を見て、同じ夢を見れないだろうかと願って目を閉じるのに。
同じ夢さえ見れない事が悲しくて、願った次の日の朝はいつも少し悲しかった。
「心って」
「ん?」
「心ってどこにあると思う?」
こはるさんから聞いた物語を時々思い出しては考える。心とは、心臓のことなんだろうか。それとも脳のこと? 私が触れた記憶は、心なんだろうか。
「んー、そうだね」
ロンの手がゆっくりと上へ移動する。
「ロ、ロン…!」
ゆるりと左の胸をなぞられる。ロンの手は大きいから私の胸はすっぽりと収まってしまう。
「オレの心は、七海がいるかな」
「……」
「オレが興味を持つのは、愛情を注げるのは君に関する事だけだ。それってつまりオレの心には七海に関する事しか存在しないんじゃないかな」
「……」
心がどこにあるのか、という質問の回答としてはきっと不正解だ。私が知りたかったのは、私が消した記憶が心だったのか、そうじゃないのかだったのに。
「前にこはるさんから聞いたの。ブリキの人形が心を欲しいと願って、魔法使いに作り物の心臓を貰う話」
「へぇ、魔法使いなんているんだ。すごいね」
「問題はそこじゃない。作り物の心臓は心なのかなってずっと気になってた」
「ふうん。本人がいいんならそれでいいんじゃないかな」
興味なさげにロンは答えると、私の耳朶にキスを落としてきた。
「ねぇ、オレは七海が足りないよ」
「さっきアナタの心は私がいるって言ったのに」
「そうだね。いるね」
心がどこにあるかなんて考えたって結局答えは出ない。私が知りたいのはどこかの誰かの心じゃなくて、この人の心だ。
体の向きを変えて、向かい合わせの状態になる。
「ロン、抱き締めて」
滅多に言わない台詞を口にすると、ロンは壊れ物に触れるみたいにそっと抱き寄せてから、きつく抱き締めた。
私の心にも、ロンばっかりだ。

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