「い…累…」
遠くなのか、近くなのか定かではないが、愛おしい人が僕の名前を呼んでいる。
それはひどく心地よい。思わず手を伸ばしてしまうほどに。
「きゃっ」
両腕の中に閉じ込めた可愛い人が、小さく悲鳴をあげる。
「もう累、寝ぼけているの?」
「ツグミ…?」
ぼんやりとした意識の中、ゆるゆると昨夜の出来事を思い出す。
明日は休日だという彼女を部屋に招き入れ、帰らないでほしいとねだればまるで天が味方したかのようなタイミングで激しい雨が降った。
「これじゃあ、帰れないわね」
少し困ったように微笑むと、ツグミは僕の腕の中に納まった。
それからとびきり彼女を甘やかして、眠りについた…というところまでは覚えている。つまりほぼ全てだろうけど。
彼女との思い出は何一つだって取りこぼしたくはない。
「ねえ、外を見て。昨日の雨が嘘みたいに綺麗に晴れているのよ」
「そうなんだ」
「もう…全然興味なさそうね」
「僕が興味あるのは、今腕の中にいる人の事だけだから」
甘えるようにツグミの肩にすり寄ると、くすぐったそうに身じろきする。
その時に昨夜の名残を見つけて、愛おしさがこみあげてきた。
「ツグミが起こしてくれたから、今日は良い日になりそうだよ」
「そんな事なら毎日起こしましょうか?」
「それは是非お願いしたいね」
見つめあって微笑みあい、啄むような口づけを落とす。
「ツグミといると、よく眠れるから眠るのも一緒がいいな」
「もう…累ったら」
今度は少し長めの口づけ。
ツグミの瞳にうっすらと涙の膜が張る。
それが零れる瞬間が、いつも魅力的で何度見ても見惚れてしまう。
もう一度、と唇を寄せるとツグミの両手が僕と彼女の間に現れ、僕の唇を押しやる。
「ねえ、累…私はあなたを起こそうとしたはずなんだけど」
「もう少しだけ、こうしていたいな。たまにはいいと思うんだけどな」
ツグミの手のひらにそっと唇を寄せると真っ赤になった彼女は降参したようにその手をどける。
なんて幸せな目覚めなんだろう。
幸せを噛みしめながら、ツグミにキスを送った。