分からない、分かりたい、知りたい人(ミズヒヨ)

射落さんの助手になって、数日が経った。
自分としては全く役に立てている気がしない日々の中、射落さんに「助かるよ、ありがとう」という言葉をもらってよいのだろうか。そんな事を夜、ベッドの中で一人悶々と悩んでいた。

「眠れない……」

考え出すときりがない。私が転がる度に監視者さんがふわふわと宙に浮きながら右へ左へと付き合ってくれる。
それが可愛いな、と監視者さんに手を伸ばしぎゅっと抱きしめる。
射落さんから見れば、私も似たような存在なのではないだろうか。
自分の後ろをついてくるだけで、何も出来ない…

(いや、監視者さんは色々出来るし!!!それに私は監視者さんの事を可愛いと思ってるけど、射落さんが私の事を可愛いって思ってくれてるかなんてわかんないし…って!自分で何考えてるんだろ!!!)

可愛いと思ってほしいという自分の心にうっかり気づかされ、私は監視者さんごと転がる。

「はぁ……なんかダメだ。お水飲んでこよう」

監視者さんから手を離し、部屋を出る。しん、と静まり返った廊下に足音を立てないようにそっと歩き出す。
階段を下りてリビングにいくが当然のように誰もいない。
リビングを通り抜けて、キッチンで水をコップ一杯飲むと、昂っていた気持ちがようやく落ち着いた。

「そうだ」

ふと、ある事を閃いた私は冷蔵庫を開ける。
お目当てのものを見つけ、私はそれに手を伸ばした。

 

 

翌日——
当番だった朝食も終わり、その日も射落さんのお手伝いで午前中は図書館で調べものをした。お昼に一旦戻ってきて、また外で調べものをしていたが、私はちらちらと太陽の位置ばかり気にしていた。(ここの太陽の位置があてになるとは言わないけど)

「瀬名くん」
「はい!」
「実はちょっと小腹が空いてきたんだ。今日はこのへんにして、宿舎に戻ろうか」
「え?」

予想していなかった言葉に驚いて、目をぱちくりさせると射落さんはにっこりと笑った。

「瀬名くん。僕に気を遣わないで用事がある時は優先していいんだよ」

私を気遣う優しい言葉に、嬉しさよりも悲しさがちらつく。

「私が射落さんの事より優先したい事なんてあるわけないじゃないですか!」

あ、言ってしまった。慌てて口をおさえてももう遅い。射落さんはそんな私の手を取って、私の顔を覗き込むように距離を縮める。

「そんな可愛い事、君に言われるなんて光栄だね」
「……滅相もございません」

精いっぱい大人ぶった言葉を言ってみるが、射落さんのツボに入ったのか笑われるばっかりで、恥ずかしくなる。

「とりあえず宿舎に戻ろうか」
「はい……」

微妙な空気のまま、宿舎に戻るとリビングには誰もいなかった。
私はほっと胸を撫でおろす。

「お茶でも淹れてくるから瀬名くんは座っていたら。あ、ジュースの方が良いかな?」
「いえ!射落さんの方こそ座っててください!私が準備してきます」

キッチンへ行こうとする射落さんを慌てて引き留め、返事も聞き終わらないうちにキッチンへ駆け込んだ。
お湯を沸かしながら、冷蔵庫の中を確認する。
瀬名と書かれたメモを貼ったタッパーを取り出して、お皿に移し替える。
そして紅茶を準備し終わると射落さんの元へと持って行った。

「お待たせしました」

ソファでバックナンバーの確認をしていたのか、映像を再生していた射落さんの前にお皿とティーカップを置く。

「おや、これは…」
「アップルパイです」

射落さんは前からずっとアップルパイを食べたいと獲端くんに言っていた。
が、今のところ獲端くんがアップルパイを作った事はない。
もしかしたら射落さんに喜んでもらえるのでは、と昨夜閃いたのだ。

「瀬名くんが作ったの?」
「はい……射落さん、アップルパイ食べたいって言ってたので」
「覚えててくれたんだ。嬉しいな」

フォークを手に取り、一口分を口へ運ぶ。
一晩寝かせたアップルパイはしっとりしていて、リンゴの甘みも十分に出ているだろう。ドキドキしながら射落さんの感想を待っていると視線がぶつかった。

「美味しいよ。今まで食べたアップルパイの中で一番美味しい」
「射落さんは褒めすぎです!……でも嬉しいです、ありがとうございます」
「毎日僕の手伝いで大変だろうに、ありがとう。瀬名くん」
「いえ!私なんて全然力になれてないのに…だからせめて射落さんを喜ばせたいなって」

フォークを置くと、射落さんは私の肩をそっと抱き寄せた。
突然の事に心臓が跳ね上がる。

「君は本当に……優しい子だね」

そっと髪を撫でられて囁かれる言葉はどうしようもなく甘く感じてしまう。

(私の中では射落さんが男の人とか、女の人とか関係なくて……射落さんが大好きで。でも射落さんの事が分からなくて、それだから知りたくて…)

溢れ出そうになる気持ちをなんとか押し込めると、それと同じタイミングで射落さんが私から離れた。それが少し寂しくて、射落さんを見つめると

「もしかして欲しかった?」
「え!?」
「でもこのアップルパイは僕のだから」

悪戯っぽい笑みを浮かべて、また一口アップルパイを口に運ぶ。

(…アップルパイの事か。私はてっきり)

「これを食べ終わったら、うんと甘やかしてあげるよ。瀬名くん」

まるで私の心を見透かすように、射落さんは笑った。

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