ファーストキス(緋紅)

ある日を境に彼女が僕のまわりをうろつくようになった。

「緋影くん、緋影くん!」
毎日些細な質問をぶつけ、その返答を聞くと脱兎のごとく逃げていく。
一体何をしたいのかさっぱり分からない。

早朝の誰もまだ起きていない時間に読書をするのが好きだった。
なのに最近はペースを乱されていて、静かな時間なんて滅多に訪れない。

「なぜだ……」

思わずぼやくと、元凶がひょっこり顔を出す。

「緋影くん、おはよう!今日も朝早いね!」
「……ああ」
「私、飲み物淹れるけど緋影くんも何か飲む?」
「じゃあ同じものを」
「はーい」

紅百合は朝からいつも通りの調子だ。
鼻歌まじりに飲み物の準備をしているのか、ご機嫌な様子が伝わってくる。
紅百合が起きてくるまで集中して読んでいた本は、今はもう文字を目で追ってもうまく頭に入ってこない。
しばらくして彼女がカップを二つ持って戻ってくる。

「はい、どうぞ。熱いから気を付けてね」

テーブルに置かれたカップに手を伸ばす。レモンのスライスが浮かんでるそれを一口飲むと、甘酸っぱい味が口に広がった。

「ホットレモネードだよ。昨日ウサギちゃんがレモン持ってきてくれたんだけど、余っててもったいないから使っちゃった」

聞いてもいない事をしゃべると、紅百合はじぃっと僕を見つめる。

「その、口にあわなかった?」
「こういう飲み物はあんまり飲まないから正直よく分からない」
「そっか……」

言葉が見つからなかったのか、その後は大人しくレモネードを飲む。
「あ、そうだ。今日も質問、いい?」
「好きにしてくれ」
「えーとね」

謎のメモ帳を広げると、紅百合は質問を始める。

「ファーストキ…!?」
「は?」
「え、えーとね!ファーストキスはいつかって…いう質問を…」

自分から言い出したくせにどんどん声が小さくなり、顔は真っ赤だ。
僕は何も言わず、レモネードを口にする。
そういえば小説で読んだ事がある。

「一説によるとファーストキスは、レモンの味らしい」
「え!?」

思ってもみない事を僕が口にするから紅百合は驚いたらしく、すっとんきょんな声をあげる。

「なんなら試してみるか?今ならレモンの味がすると思うが」
「な、な!!!試しません!!!」

紅百合はメモ帳を胸に抱きしめるようにして、勢いよく立ち上がると

「ご協力ありがとう!また明日も宜しくお願いします!」

などとなぜか敬語で締めて、自分の部屋へと逃げて行った。
その後ろ姿を見送った後、体から一気に力が抜ける。

(何をらしくない事を言っているんだろう、僕は)

自分のペースを乱され、そんな事を言うなんて。
真っ赤になった彼女が可愛いなんて思ってしまうなんて。

彼女が淹れてくれたレモネードを飲んで、さっきは感じなかった苦みを覚えた。

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