「はぁー、お疲れ様です」
「声が死んでるぞ」
「いやもういつも通りで凄いですね、峻さん」
ここ一ヶ月の間、大小問わず案件が勃発しまくり、睡眠時間・休日を削りに削りまくったのだ。それがようやく終わった金曜日の夜。
峻さんのバイクに乗って、彼のマンションまでやってきた。
エレベーターの中で繰り広げられる会話はいつも通り。
峻さんは疲れのにじまないような声だけど、目元にうっすらクマが見える。
(そりゃ私より忙しかったから疲れてるよね)
横顔を盗み見しながら私はそっと自分の胸元を手で覆う。
実はマトリに入ったばかりの頃にブラウスでも透けない色を…!と下着をベージュに一新してしまったのだ。
それから峻さんとお付き合いするようになって、揃えた可愛い下着。
今日の夜は一緒に過ごせると思ったので、思い切って可愛い下着をつけてきたけど、さすがに疲れた顔をしている峻さんを見ると今夜はお披露目の機会はなさそうかなと少しだけ肩を落とす。
エレベーターが目的の階に着くと、私より先にすたすたと歩く峻さん。
開錠し、ドアを開けると私に先に入るように促す。
「おじゃましまーす」
家主は背後にいるけれど、家に挨拶してることにして私は声をかけた。
靴を脱いで、脇にずらしてから顔をあげると、乱暴に靴を脱いだ峻さんと目があった。
「靴の脱ぎ方お行儀悪いですよ」
「うるせぇ」
一瞬何が起きたか分からなかった。
壁に背中を押し付けられるようにして、峻さんが私に覆いかぶさっている。
触れている唇は熱く、角度を変えて何度もキスが交わされ、逃げ腰だった私の舌をあっという間にからめとって、熱を分け与えられる。性急なキスに驚いて、峻さんの胸を押すが、その手も片手でまとめられてしまう。
「しゅ、んさんー!」
「悪い、我慢できねぇ」
峻さんの瞳は、さっきまで疲れを滲ませていたはずなのに、そんなものはマンションの廊下に捨ててきたというみたいに熱のこもった瞳で、私をとらえる。
ああ、そんな瞳で、そんな切羽詰まった顔で見られたら心臓が壊れるんじゃないかと思うくらい激しく高鳴る。
「後でちゃんとゆっくりするから」
だから今は付き合ってくれ、というように彼の手が私の服の中に滑り込む。
「待って!!!」
私は渾身の力を込めて、その手を掴んで制止した。
「…嫌だったか」
拒絶だと思ったのか、さっきまでの熱は消え失せていつもの峻さんに戻る。
「いえ、嫌なんじゃなくて」
言うか言わないか悩んで、言葉を濁していると峻さんが早く言え、というように視線をよこす。仕方ない…私は笑われる覚悟を決めて、口を開いた。
「じゃあ、はっきり言いますね!!!私、今日は可愛い下着なんです!!」
「は…?」
「だからちゃんと見てから脱がせてほしいというか。あ、今日は可愛い下着つけてるんだなって峻さんに思ってほしいというか…て、聞いてます?」
峻さんは私から顔をそむけながら口元を覆い、肩を震わせていた。つまり盛大に笑っている。
「いや、笑われる覚悟でいいましたけど。そんなに笑わなくても」
「お前って、本当に――」
ふわっと体が浮いた。
落ちないように慌てて峻さんの首に腕をまわす。
「ちゃんとじっくり見てやるよ、どれだけ可愛い下着なのか」
「…ご期待にそえるか分かりませんが」
「お前が何を着てようが、どんな下着をつけてようか構わないんだけど、俺のためにっていうのがぐっときた」
寝室のドアを開き、ベッドにそっと下ろされる。
さっきとは比べ物にならない程、丁重な手つきで私に触れ、峻さんは私の上に覆いかぶさる。
どっちの峻さんも好きだけど、私を求めてくれる瞳が、たまらなく愛おしい。
「峻さん、だいすきです」
私が微笑んで伝えると、返事の代わりに甘いキスが返ってきた。