初詣(夏深)

夏彦の手をとり、私は少し足早に歩く。

「おい、危ないぞ」
「大丈夫よ、昔は着物で過ごしていたんだから」

久しぶりに身につけた着物は、まるで昔の記憶を呼び覚ますようだった。
辛い記憶じゃない。懐かしい、と穏やかな気持ちで思えるようになったのはこの人のおかげだ。
普段の洋装も好きだけど、やはり和装は身体に馴染む。
少し浮かれた気持ちで歩いていると、つるりと地面が滑った。

「きゃっ」

転びそうになった私を夏彦は受け止めると、だから言っただろうといわんばかりの表情になる。
繋いだ手をきゅっと握り、ぽつりと呟く。

「おまえに何かあったら、俺がこまる」
「・・・ごめんなさい。ちょっと浮かれていたわ」
「浮かれていた?」
「夏彦と一緒に初詣に行けるなんて思っていなかったから」
「・・・!」

最近は徹夜続きだった為、なかなか二人でゆっくり過ごせないでいた。
だから今朝、夏彦が初詣に行こうと誘ってくれた時凄く嬉しかったのだ。
実家から持って帰ってきた荷物のなかから着物を引っ張り出し、私はうきうきと身につけた。

「・・・その、」
「?」

ごほん、と咳払いすると夏彦は私の手を握りなおした。

「着物、よく似合っている」
「ありがとう、夏彦」

参拝客ですっかり行列が出来ている中、私たちもそれに並ぶ。
沢山出ている屋台を見ると、七海のことをふと思い出した。
あの子、ああいうもの好きそうだし、こはるも喜びそうだわ。
そんなことを考える相手が出来た事が嬉しい。
そして、一緒に初詣に行きたいと思う相手が出来た事・・・それがなんだかくすぐったい。

「でも夏彦が誘ってくれるなんて思わなかったわ。
夏彦ったらこういうの好きそうじゃないもの」
「ああ、好かんな」
「じゃあどうして?」
「・・・お前が好きそうだからだ」

じんわりと、夏彦の言葉が胸のうちに広がるようだ。
自分が好きじゃないものなのに、私のために誘ってくれるなんて。

「ありがとう、夏彦」

ゆっくり進む列のなか、私は神様じゃなく夏彦に感謝した。

きっと彼は、来年も私を誘い出してくれるんじゃないだろうか。
そんな未来を想像して、私は小さく微笑んだ。

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