なんでもない時間(ハルネリ)

ハルくんの集中力は凄い。
絵を描く人をハルくんしか知らないから他の人はどうなのか分からないけど、ハルくんは一度筆を握ると、瞳の色が変わる。

「…何じっと見てるの」

「気付いてたんだ」

「そりゃ、じっと見つめられたら誰だって気付くよ。
課題終わったの?」

「ははは、まだです」

私は大学の課題を、ハルくんは部屋に飾ってある花をスケッチしていた。
本当はハルくんが来るまでに終わらせるつもりだったのに、思いのほか捗らず締め切りももうすぐ…ということでハルくんに付き合ってもらうことにしたのだ。

「そんなちんたらやってたらおばあちゃんになっちゃうよ」

「頑張ります…」

ハルくんから課題へと視線を戻し、私も強く鉛筆を握る。
ハルくんみたいに筆を持った途端、集中力が上がればいいのになんて考えながら鉛筆を走らせた。
部屋には私とハルくんの鉛筆の音が響く。
ああ、こういう時間も好きかもしれない。

それからしばらくして、ようやく課題が終わった。
思い切り伸びをすると、ハルくんと目が合った。

「お疲れ様」

「ハルくんもスケッチ終わった?」

「うん、終わったよ」

はい、とハルくんはスケッチブックを私に差し出した。
それを受け取り、ぱらぱらと開くと、思いがけない絵が現れた。

「ハルくん、花描いてたんじゃなかったの?」

「おばあちゃん、俺が見てても全然気付かなくてびっくりしたよ」

スケッチブックには課題をやっている私の姿が描いてあった。
見られていることに全く気付かなかったことが凄く恥ずかしいけど、私を描いてくれたことがそれ以上に嬉しい。
ずりずりと移動し、ハルくんの隣にぴったりとくっついてみせる。

「ね、ハルくん。私の鼻、もっと高い気がする」

スケッチブックに描いてある自分の鼻を指差すと、ハルくんは「言うじゃん。」と笑って私の鼻をつまんだ。

「これで絵と同じくらいの鼻になるんじゃない?」

「そ、そんなこと」

「ぷっ」

鼻をつままれたまましゃべると変な声になっていて、ハルくんは私がしゃべるだけで愉快そうに笑う。

「じゃあ、ハルくんも」

私は仕返しにハルくんのほっぺたに手を伸ばし、頬をつねる。
思いのほか、柔らかい頬に私はふふ、と笑ってしまう。

「人のほっぺたつまみながら笑うなんて気持ち悪いよ」

「ハルくんだって人の鼻つまんで笑うなんて気持ち悪いよ」

他の人が見たら何が面白いんだろうって思うかもしれないけど、私とハルくんは手を離した後もなんだか可笑しくて笑っていた。
一通り気が済んで笑い終わったところで、私は用意していたパウンドケーキの存在を思い出した。

「そうだ、ハルくんおなか空いてない?パウンドケーキ焼いたのあるんだけど」

立ち上がろうとした私の手をつかむと、ハルくんは私を引き寄せた。
突然のことに驚いて口を開こうとすると、不意に唇が重なった。

「パウンドケーキも食べるけど、先にあんたが食べたくなった」

「…っ」

ハルくんの言葉に一気に体温が上がる。
顔が赤くなっていることだろうって自覚していても、抑えることなんて出来ない。
赤くなった私を見て、ハルくんは嬉しそうに目を細めた。

「なんてね」

「~っ、もう!ハルくんの意地悪!」

ハルくんの胸をぽかっと叩き、身体を離す前にかすめるようにハルくんに口付ける。

「お返しっ!」

恥ずかしさを誤魔化すようにそれだけ言ってハルくんから離れると、ハルくんは頬を赤くしていた。

「ハルくん、顔真っ赤」

恥ずかしかったらしく、ハルくんは不機嫌そうに私を睨む。

「早く持ってこないと同じことするけど」

「すぐ持ってきます!」

慌ててキッチンに移動すると、私は思わず噴出してしまう。
ハルくんも同じだったらしく、声が聞こえた。
なんでもない時間。
ハルくんと一緒ならどんな事でも楽しく感じるんだ。
そんな当たり前のような特別な事を嬉しく思いながら、飛び切り美味しい紅茶を淹れる為にティーポットに手を伸ばした。

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