「ーっ!!!」
勢い良くベッドから飛び起きたせいでスプリングの軋む音がした。
胸に手をあてなくてもわかる。
ドッドッとまるで100メートルを全速力で走ったばかりのように鼓動が脈打つ。
それから体にかけていたタオルケットを恐る恐る覗き、思わず深いため息が出た。
「バウンサー」
洗面台でごそごそやるにはリスクが高すぎる。
こんなときにバウンサーがいて良かったなんて思うなんていたたまれなかった。
ため息をつきながら部屋を出ると、ほぼ同じタイミングで瀬名の部屋のドアが開いた。
「あ、おはよう。陀宰くん」
「…!あぁ、おはよう」
あまりの気まずさに瀬名の顔を見ることが出来ず、視線をそらすとパタパタと瀬名の足音がきこえ、俺のすぐとなりで止まる。
「なんだか顔が赤いけど、もしかして風邪とか?」
ひょいと俺の顔を覗き込んでくる瀬名の顔には俺が心配だと書いてあるみたいで更に顔が熱くなる。
「いや、大丈夫だ。心配してくれてありがとな」
「大丈夫なら良いけど…あまり無理はしないでね」
「あぁ、おまえもな」
並んで階段を降りると、既に起きていた何人かの姿がある。
俺と瀬名が並んでいる事にめざとく気づいた萬城は眉間にシワを寄せ、俺たちを見る。
いつもならあまり気にしないが今日の夢のいたたまれなさを思い出して、俺は萬城の視線や夢の残滓から逃れるように視線を逸らした。
全員揃うとテーブルにつき、朝食がはじまった。
今日も獲端が朝から焼いたであろうクロワッサンやクルミパンが大きな皿に盛られ、色とりどりのサラダにスクランブルエッグ、ベーコンとまるでホテルの朝食のようなラインナップがずらりと並んだ。
(確かに獲端が作るものはうまいが…)
うまいんだが、どうせなら瀬名の手料理が食べたい等とは口が裂けてもいえない。
ベーコンに醤油をかけようと手を伸ばすと、またもや同じタイミングで手を伸ばした瀬名と指先が触れた。
「ーっ!」
「わっ、ごめんね」
「あ、いや」
動揺を圧し殺そうとしたが、今日はうまく出来ず、醤油差しが派手に横倒しになる。
「バカ!なにやってんだ!」
「悪い」
「ごめん、陀宰くん」
慌てて手をのばした獲端が俺たちの間から醤油刺しを奪い、慌てて拭き取る。
「瀬名、謝る相手まちがってんだろーが」
「むっ、獲端くんはもう少し謙虚になった方が良いとおもうけどなぁ!」
「はぁ~?!」
気づけば醤油刺しのことなんて話題から消え、獲端と瀬名の口喧嘩が始まる。
まぁまぁ、と誰かが仲裁にはいり、すぐに収まったが、相変わらず俺はやたらと瀬名を意識してしまい、ため息がこぼれた。
そんな調子で一日を過ごした俺は、時折ちらつく夢の中の瀬名を頭から追いやり、熱めのシャワーを浴びて、ソファーで涼んでいた。
タオルで顔を押さえていると、背後から誰かが近づく気配がした。
「だーざいくん!」
「ーっ!」
それはまたもや瀬名だった。
冷たいグラスを俺の頬にぴたりと押し付け、驚いた俺が目をぱちぱちとさせていると悪戯が成功したことが嬉しいのか、少し子供じみた笑みを浮かべていた。
(そんな顔、ずるいんだよな)
あんまり可愛い顔を見せないでほしい。
俺だって男なんだから…俺にあんな夢を見せる隙を与えないでほしい。
瀬名は何一つ悪くないのについ恨みがましい気持ちになってしまった。
「ハチミツレモンをソーダで割ったの、さっぱりしてて美味しいよ」
「あぁ、ありがと」
受けとると、瀬名は俺のとなりに腰かけた。
なんだかいつもより近く感じる。
そわそわと落ち着かない気持ちでいると、瀬名はソーダを一口飲んで、俺の方を向いた。
「なんか、今日の陀宰くん。やっぱり様子おかしかったなーっておもうんだけど」
「そんなことは…」
「私、なにかした?」
さっきは笑っていたのに、今は不安げに揺れる瞳。本人は意識してないところがずるい。
そんな顔をされたら抱き締めたい、なんて思ってしまう。
「あー…いや、違う。瀬名は悪くない」
「でもなにかあるんだよね?」
「……」
「できたら教えてほしいな。陀宰くんがどうしても話したくないなら無理にとは言わないけど…」
「……」
言うべきか言わざるべきか…
考えあぐねた結果、俺はしばしの沈黙の後口を開いた。
「今日、瀬名の夢を見たんだ。だからちょっと気恥ずかしかっただけだよ。心配させて悪かった」
「夢?」
「あぁ」
「なんだ、夢か」
瀬名は安心したように微笑む。
それを見て、俺もほっと胸を撫で下ろした。
「でも、どんな夢だったの?」
「それはあんまり覚えてないんだ。ただ瀬名がでてきた夢だったんだけどな」
「そうなんだ」
まさか、瀬名と……の夢だなんて言えるわけもなくそこだけは守り通すことにした。
「じゃあ、今日の私の夢には陀宰くん出てくるかな」
「え?」
「だって陀宰くんの夢に私がでてきたなら、私の夢にも陀宰くんでてくるかもしれないでしょ?」
「…瀬名は俺の夢、みたいのか?」
思ってもみなかった言葉に俺は思わず問い返すと、瀬名は自分が何を口走ったのか理解したらしく、顔を真っ赤にして、立ち上がる。
「お、おやすみなさい!!」
「……おやすみ」
パタパタと駆けていく瀬名を見送ると俺はじわじわと体が熱くなるのを感じた。
「あんなの、卑怯だろ…」
俺の夢をみたいって。
可愛すぎてどう処理していいか分からない。
頭を抱えそうになりながら、瀬名がくれたソーダを一気に飲み干す。
(まぁ…今日も、瀬名の夢を見ても悪くはない)
朝のいたたまれなさも、今日の無能さも、今さっきの瀬名で全部ふっとんでしまった。
夢の中では抱き締めた彼女を、いつか現実でも抱き締められるのだろうか。
(…いやいや、だから今だけは夢のなかでだけでもとか)
誰に言い訳をしてるのかわからないが、そんな事を考えながらベッドに潜り込んだ日に見た夢は、獲端と凝部に振り回される夢だとか。
夢も現実もなかなか思い通りにいかないものだ、昨日とは違うため息をついて、俺は目覚めるのだった。