君と食べるご飯 プロローグ(メイ)

一人になったリビングで俺は天井を見上げていた。

「はぁ」

自分の選択に後悔はしていない。していないつもりだ。けれど、この広い宿舎で一人きりだと考えてしまう。俺の選択は正しかったのか、と。

「自分一人が帰る事も、他の誰かを一人残して帰る事も俺には選択できなかったからしょうがないよな」

俺一人が残ると言った時の疑部くんの顔はひどかった。掴みどころのない奴だと思っていたけれど、あんな顔をするんだと驚いてしまったし、少しだけ嬉しかった。もしかしたら疑部とは友達になれたのかもしれないと考えた途端、腹の虫が音を立てて主張を始めた。

「忘れてた…飯」

何もしていなくても人の体は不思議なもので、腹は空く。そっと自分の腹を撫でて、空腹をやわらげる。

「バウンサー、簡単に食べれるもの出してくれ」

俺の後ろにいたバウンサーに指示を出すと「リクエスト、受け付けました。組成を開始します」と無機質な音声が流れると、俺の目の前にサンドイッチが現れた。それを手に取り、頬張る。今食べたのは卵サンド。美味いと言えば美味いんだが、つぶした黄身のぼそぼそした感じが少し口に残る。もったいないとは思ったが、半分食べたところでサンドイッチをテーブルの上に戻す。一人で食べる飯は驚く程味気ない。

「…静か、だな」

何回この言葉を口にしただろう。その度に返ってくる言葉がない事に気持ちが沈む。何もしゃべらなければ、何も食べなければ、きっと孤独は浮彫にならない。

眠くはないが、もう眠ってしまおう。二階に上がるのも面倒くさくて、俺はソファの上にごろりと寝転んだ。

「バウンサー、毛布を出してくれ」

「リクエスト、受け付けました。組成を開始します」

バウンサーは同じ言葉しか発しない。それでもないよりはマシだ。毛布も、バウンサーも。バウンサーが出した毛布にくるまり、俺は目を閉じる。脳裏に浮かんだのはクラスメイトの女の子だ。授業中、彼女の横顔を盗み見る事が好きだった。時々視線に気づいた彼女は「今やってるのはここだよ」なんて俺が居眠りでもしてて先生の話を聞いていなかったと誤解し、ページ数を教えてくれるのだ。違うと否定すればどうしてみていたか尋ねられるだろうから俺はあえて「ありがとう」と返していた。居眠りをしてると思われるのは心外だけど。委員会で居残りをしたり、たまに一緒に帰ったり。何気ない時間を共に過ごした、俺の好きな子。

(瀬名は元気だろうか)

異世界配信にかかわる人物の記憶はすべて消えると聞いた。俺の事なんて忘れてしまっているんだろう。

けれど、願ってしまう。瀬名の記憶の片隅にでも俺が存在しますように、と。

そんな事を考えながら眠りに落ちたのに、夢も見ず俺は暗闇の中に一人ぼっちだった。

 

 

そして目を覚ます。誰もいないリビングを抜け、面倒だったのでキッチンで顔を洗う。バウンサーに出してもらったタオルで顔を拭き、俺は昨日残したサンドイッチにもう一度手をのばす。今度はレタスとチーズとハムがはさんであるサンドイッチだ。俺が悪いんだけど、出しっぱなしにしていたサンドイッチはすっかりぬるくなっていて、うまさは半減だ。

「美味いものが食べたい」

きっとグラタンを出してくれとバウンサーに言ったら出てくるだろう。でも、美味しくは感じない気がした。それを確認することが怖くて、俺は簡単な食事しかリクエストしない。

なんとかサンドイッチを口に押し込んだ。

「…今日はどうするかな」

すっかり増えた独り言。返事なんてない言葉の数々に意味なんてないだろう。

「図書館でもいくか」

何か手掛かりになるものがあるかもしれない。きっともう残っていないやるべき事を探して、俺は重い足取りで宿舎を出るのだった。

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