私の好きな人(ソウヒヨ)

授業が終わると、隣の席の疑部くんが気だるそうに鞄を指に引っ掛け、私を見下ろす。

「ヒヨリちゃん、かーえろ」
「ごめん、疑部くん!私、先生に呼び出されてて…」
「え~、なにしちゃったの?」
「こないだの進路相談の書類出し忘れてただけです!」

疑部くんは呼び出しを食らっていないということはきちんと提出したのだろう。
ちょっと裏切りじゃないかと思いながら彼を見つめ返す。

「ふーん、じゃあ早く出してくれば?早くしないと先に帰っちゃうかもよ」
「えっ、待っててくれるの?」
てっきり置いてかれると思った。
心外だと言わんばかりに顔をしかめた疑部くんは
「そりゃー、彼氏ですから。大好きな彼女の事くらい忠犬のように待つけど?」
なんて言葉を口にする。
「忠犬って…疑部くんに似合わない言葉」
「早く行かないとこの場でチューします」
「!!! いってきます!」
「いってらっしゃーい☆ 下駄箱で待ってるねー」

ひらひらと手を振る疑部くんを残し、私は急ぎ足で職員室へと向かった。
息を切らしながら先生の元へ行くと「早く出せとは言ったけど、そんなに急がなくてもよかったんだぞ」なんて言われてしまい、少し…いや、大分恥ずかしかった。

用事が終わり、職員室を出ると同じ学校なのに滅多に出会わない獲端くんと遭遇した。彼は私に気づくと「げ」と失礼な声を出し、くるりと反転した。

「ちょっと!その反応は失礼だと思う!!」
「うるせぇんだよ。疑部といい、お前といい、どうしていちいちうるせえんだ」
「獲端くんの反応が失礼すぎるからだと思います」
「なら自分の彼氏、ちゃんと躾けておけよ。マジでうざい」
「しつけって…犬じゃないんだから」
「ある意味、犬の方が利口かもな。お前たちより」
「なっ!獲端くんより犬の方が愛嬌あって可愛いしね!」
「は?愛嬌の話なんてしてないだろ」
「利口な話もしてません」

どうして獲端くんとはいつも言い合ってしまうのか。
そう思いながらもぽんぽんと中身のない言い合いを続け、気づけば下駄箱までたどり着いた。私の下駄箱の前に座り込んでいた疑部くんは私たちに気づくとふっと柔らかく笑った。

「ヒヨリちゃん、僕を待たせておきながら他の男と楽しそうにしてるのはちょーーーっとよろしくないんじゃないかな?」
「楽しくなんてしてないよ!待たせちゃったのはごめんね?」
「はーーーバカップル。さっさと帰れ」
「ケイちゃんも一緒に帰る?」
「帰るわけないだろ」

しっしと犬を追い払う動作をすると、獲端くんは自分の下駄箱へと立ち去ってしまった。

「ケイちゃんは素直じゃないんだから。じゃ、かえろっか」
「うん」

さっき一瞬だけ見た淋し気な横顔。
それから私たちを見て、柔らかく笑った事。
その瞬間がひどく印象的に感じた。

「ねえ、疑部くん」
「ん?」

結局、獲端くんは一緒に帰らずいつものように私と疑部くんは二人並んで歩いている。彼の手が私の手に時々触れるのに、握ってこないのが逆に意識してしまい、ちらちらと手を見てしまう。

「さっき、私が獲端くんと一緒にいてヤキモチ妬いた?」
「んー、どうしようかなぁ」
「なんで質問にどうしようかなって言うかなぁ」
「だって妬いたっていったらヒヨリちゃんに器の小さい男って思われるかもしれないし、妬いてませんっていったらヒヨリちゃんががっかりするかもしれないし」
「私の反応を期待して回答しないでください」
「えー」

飄々とした疑部くん。
手を伸ばせば、ひらりとかわされそうで。
でも、体当たりすればあっさりつかまってくれそうで。
なんというか、つかみどころがあるんだかないんだか。
でも―

「!」

さっきから何度も触れた手の小指をきゅっと握る。
疑部くんは驚いたらしく、私をちらりと見る。

「えへへ」
「なにそれ、超かわいいんですけど」
「私がこういうことするのは、疑部くんだけです」

好きな人には触れたいし、触れられたい。
誰かを本気で好きになって初めて知った。
疑部くんを好きになり、疑部くんが私を好きになってくれ、彼氏彼女になったけどまだまだ知らないことはたくさんある。
だけど、私しか知らない疑部くんもたくさんいる。
今だって、小指をつないだだけなのに、顔を赤くしている。

「可愛いんだから」
「は?」

疑部くんは私のこと、可愛いって言ってくれるけど、疑部くんだって可愛いんだから。
にこにこと笑うと、疑部くんはわざとらしいため息をついた。

「ちょっとだけ妬いたよ、さっき」
「ごめんね。そんな気はした」

掴みどころはなく、飄々としていて、自分のペースに他人を巻き込むことが得意なくせに、たまに私のペースに巻き込まれちゃう。
それが悔しいのか、たまにふてくされる。
でも、そこが可愛く思えてしまうのは、恋の力なのかもしれない。

私の好きな人は、可愛い人だ。

 

 

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