今日は学校全体が落ち着かない。
だってバレンタインデーだ。仕方ない。
去年までは家族とトモセくんと、女友達にあげるくらいしかなかったのに、今年は違う。
「ねーねー、ヒヨリちゃん。さっきからすっごーく挙動不審に見えるけど」
「え!? そう?」
「毎日キミの事を見てる僕が言うんだから間違いないと思うなー」
昼休み。屋上に移動して、二人で昼食を食べる。
私はお弁当だけど、疑部くんはいつもの菓子パンを頬張っている。
ああ、お昼に甘いもの食べたらチョコレートなんて食べれないんじゃないかな。
そんな心配をするなら疑部くんのお弁当も作ってくればよかったと少し後悔しながら私は卵焼きを口へ運ぶ。
「ねえ、ヒヨリちゃん」
「なに?」
「俺もその卵焼き食べたい」
「うん、いいよ」
私が使っているお箸を渡そうとすると、疑部くんは目を閉じて、大きく口を開いた。
「あーん」
「えっ!?」
「早くしてほしいなー」
「それはちょっと恥ずかしいんじゃないかな」
「このまま口を開けてる方が恥ずかしいと思うんだけどなー」
屋上には他の生徒もいる。見られているわけじゃないけど、急に視線が気になって顔が熱くなる。早く早くと催促する疑部くんに観念し、私は卵焼きをえいっと疑部くんの口に突っ込んだ。
「ん、美味しい」
「…それは良かったですね」
「ヒヨリちゃんってば一気に疲れた顔になってる」
「疑部くんは恥ずかしくないの?」
「えー、そんなことよりキミの反応見る方が面白いし☆」
疑部くんはこういう人だ。
私は火照った頬を意識しないようにしながらお弁当を平らげた。
お弁当箱を片付けた後、私は背中に隠していた袋を膝の上に移動させる。
綺麗にラッピングした小さな箱を取り出し、疑部くんに差し出す。
「はい、疑部くん。ハッピーバレンタイン」
「ヒヨリちゃんからの本命チョコ?」
からかうような口調で疑部くんが尋ねてきた。
「彼氏に贈るんだから本命チョコですけど?」
「あー、怒んないで怒んないで。ありがとね、ヒヨリちゃん」
笑顔を浮かべて、私の手からチョコを受け取ろうとする疑部くんを避ける。
疑部くんは驚いたように私を見つめているが、その視線を無視して私はリボンをしゅるっと解いて、箱を開く。
一番きれいに出来たトリュフを5個、詰め込んである。
そのうちの一つを指でつまみ、私は疑部くんの口元へと近づけた。
「はい、疑部くん。あーんして」
「…!」
さっきの仕返しだ。言う方の私も十分恥ずかしい。
だけど、疑部くんは目を丸くして、顔も真っ赤だ。
「ヒヨリちゃん、それは反則でしょ」
顔を赤くしたまま、疑部くんは口を開いて、ぱくりとチョコを食べた。
「ん、美味しい」
「良かった」
「こういう大胆な事は人がいるところでしてはいけません」
「疑部くんだってさっきやったじゃん」
「あれはふざけただけ。キミがあーんして、とか言うの可愛すぎてやばいと思うんですけど?」
恥ずかしさを誤魔化すように疑部くんがまくしたてるように話す。
それが可愛くて、気づけば私の頬は緩んでいた。
「だからそういう顔も禁止」
「えー、どういう顔?」
「俺の事が大好きって顔!」
自分が今、どんな顔をしているのかは分からないけど。
多分疑部くんの言う通り、彼の事が大好きだという顔をしているのだろう。
でも、きっと私の目の前にいるこの人も、私の事を大好きって顔をしている。
それを言ったらまた恥ずかしがりそうだから黙っておこう。