「ねえ、凝部くん」
俺の彼女は危機感がない。いや、あるのかな?
トンっと肩を押せばあっという間にひっくり返るだろうし、その上に覆いかぶさってみせれば顔を真っ赤にするけど、「嫌だ」とは言わない。
彼女としてはきっと自覚なく、俺の理性を試すような事ばかり。
今日も休日の昼下がり。俺の部屋に上がり込んで、ヒヨリのために用意したクッションをぎゅっと抱きかかえながら俺の背中を見ている。
「ん~、なーにー?」
かたかたとキーボードの音だけが響く部屋。
こんな場所に来たって楽しくはないだろう。
それならどこか彼女が好きそうな場所にデートに連れて行ってやればいいだろうと思う自分もいるのだが、今はその余裕が心にはない。焦燥感ばかりが俺を責め立てる。
「ちょっと休憩しませんか」
「休憩するほどやってません」
「私が来てからずーーーーーっとパソコンを見ていると思います」
「それはそうかもねぇ」
休みの日。
愛おしい彼女と密室で二人きり。
意識をそっちに向ければ、多分色々な事がしたい欲が溢れる。
一度溢れたら自制がきかないのでは、と俺は思っている。
だからあんまり煽らないでくれ。そういっても彼女には意味がないだろう。
「分かった!じゃあ、休憩がてらゲームしようよ」
「何が分かったの?ヒヨリちゃん」
くるっと椅子を回転させ、ヒヨリを見下ろす。
「スピードか、大富豪か、神経衰弱?」
「ま、たまには良いっか。やる?」
「え、いいの?」
「自分から誘ってきたくせに~」
まるでご主人様に構ってもらえる事が嬉しいわんこのようにヒヨリの顔はぱぁっと明るくなる。
そういう素直なところも好きなんだよなぁ。
「神経衰弱!たまにやると楽しいよね。弟たちともよくやるよ」
「よくやってるなら他のが良いんじゃないの?」
「凝部くんとはまだやってないし。やりましょう」
「それじゃあ、勝った方のいうことをなんでも一回聞くっていうご褒美つきでやろっか☆」
「え、凝部くん神経衰弱得意?」
「さあ、どうかな?」
ヒヨリは少し困った表情を浮かべたが、首を左右に振ると「よし!頑張る!」と気合を入れた。
それからカードを切り、裏面にして並べる。
神経衰弱は割と得意だ。
一人でも出来るからたまに手だけ動かしたい時とかやったりしていた。
だから油断していたというわけではないんだけど、それよりもただ彼女の方が得意だったらしい。
強運の持ち主だとは思っていたが、初めてめくるカードも次々とペアを引き当て、気づけばヒヨリの圧勝で戦いは終わった。
「やった!私の勝ち!!」
子どものように万歳をして喜ぶ彼女。
負けたのは悔しいけど、彼女の笑顔が見れたなら安いものかもしれない。
「で、俺に何をお願いしたいの?もしかしてあれやらこれやら?」
恋人の階段を昇ろうってお誘いなわけはないと分かっているが、顔を赤くする彼女は何度見ても可愛くて愛おしいからついついからかってしまう。
「私が良いっていうまで目を閉じてください」
「えー、やらしーー」
「お願い聞いてくれるんでしょ!?」
「はーい」
何をされるのか少しわくわくしながら目を閉じる。
ふわりと彼女の優しい香りが鼻腔をくすぐったと思ったら、唇にあたたかな感触が押し当てられた。
「!」
驚いて、思わず目を開けるとすぐそばには目を閉じた彼女の顔。
恥ずかしさからか、耳が真っ赤になっていることが視界の片隅で確認出来た。
「私が良いっていうまで閉じてっていったのに!」
「だって、まさかそんな大胆な真似されるなんて俺も思ってなかったし!」
彼女の体が俺から離れる。
じわじわと熱が体を駆け巡るみたいに熱くなる。
ああ、これはやばい。
だから言ったじゃん。無自覚に俺の理性を煽るのが得意だって。
そういうところ、本当気を付けてほしい。好きだけど。
「だって、あんまりキス…してなかったから。たまにはしたいと思うんです」
「キミって本当に……」
毒か薬か。
前に話した事があった。あの時も彼女は俺にとって毒だと言ったけれど、これは猛毒。全身を駆け巡って、俺を作り替えていってしまう。
「あーーー、もう!」
離れた体を抱き寄せ、ぎゅうっと抱きしめる。
「よし、決めた。デートに行く」
「え?」
「キミが好きそうなファンシーなお店に行って、ごてごてした可愛いもの買ってあげる」
「私、ファンシーなもの好きなんて言った?」
「顔に書いてある」
「えー、そんな事ないよー」
「細かい事は気にしないの。ほら、行こう。それとも僕に押し倒されたいの?」
ヒヨリの返事を聞かないで彼女の手を取って立ち上がる。
ああ、外は暑そうだな。もう夏は終わったのに、残暑はいつまで厳しいんだ。
「ふふ、優しい彼氏!」
「キミは優しくない彼女!」
「失礼な!」
蛍光灯の明かりの下で見るより、太陽の下で笑うキミの方が可愛いなんて多分もう何回も思ったけど、キミの笑顔を見るとやっぱり好きだと心が緩んだ。